03
家へと到着して、冴木さんは客間へと通される。
兄貴は冴木さんを案内した後、仕事が少し残ってるからと自室へと引き上げていってしまった。
そして俺はというと冴木さんの後に付いて、一緒に客間へと足を踏み入れていた。
冴木さんは荷物を適当な場所に置くと、ソファに座って俺を手招く。
「……?」
車中で熱くなった頬が、まだ熱を持ってるようで俺はそれを気にしながらそろそろとソファに近付く。ポンポンと冴木さんの隣を叩かれて、俺は素直に隣に腰を下ろした。
「さっきは格好悪い話聞かせちまったな」
「別に…」
苦笑を浮かべた冴木さんに俺は首を横に振り、いつもより熱くなった身体に戸惑いを覚える。
「そうか?まぁ、小太郎とも長い付き合いだし格好付けても今更か」
冴木さんの居なかった五年間は知らないけど、兄貴とつるんでた小・中・高の頃の冴木さんを俺はずっと見てきた。
「そうじゃなくて。冴木さんはいつも格好良いよ」
何をしてても、俺の目に映る冴木さんはいつだって格好良かった。
「小太郎…お前って」
「……?」
「どれだけ俺を惚れさせれば気が済むんだ」
すぐ隣から伸びてきた手が俺をぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。
耳朶を掠めた唇が甘く囁く。
「小太郎、好きだよ。愛してる」
「…っ…俺は…」
かぁっと頬に血が昇り、頭の中が一瞬で真っ白に染まる。
「うん?俺は…?」
「おれは…冴木さんのこと好きだけど、…同じ好きか分からない」
ぴったりとくっつくように抱き締められて、どきどきと弾む鼓動が重なる。俺の言葉を聞いた冴木さんは小さく笑って、俺から身体を離した。
「大丈夫、小太郎の好きは俺と一緒だよ」
右手を取られ、冴木さんの胸に押しあてられる。
「あ…」
どきどきと小刻みに振れる鼓動に、手を添えた胸が熱い。
「小太郎と一緒だろ?」
「うん」
頷けば手を離され、首に掛かっていたチェーンをゆっくり外される。
留め金を外し、チェーンに通されていた指輪が抜き取られた。
それを見ていた俺の左手を取り、冴木さんは薬指に指輪を添える。
「五年前、この指輪は予約のつもりでお前にあげたんだ」
すっと薬指に指輪を入れながら冴木さんは告げた。
しかし、指輪は薬指の中程で止まってしまい、それ以上奥には入らなかった。
「ん?やっぱり想像じゃ駄目か…、新しく買い直すか」
指輪を引き抜かれそうになって俺は指を握る。
「いい。俺はこれがいい」
「だけど、それじゃ入らないだろ?」
俺は薬指の指輪を抜いて、チェーンに戻して首にかけ直した。
「指に入らなくても、こうしてるだけで落ち着くから」
そう言って俺は目に入った冴木さんの襟元から覗いたチェーンに指を伸ばす。
「小太郎?」
チャリと音を立てて引き出したチェーンの先に同じデザインの指輪が通されている。
俺はその指輪を指先でなぞり、ポツリと溢した。
「こうしてれば冴木さんと一緒」
言いながら口許を緩めれば、また冴木さんに抱き締められる。
「あー…お前ってほんと、俺をどうしたいの」
「どうもしないけど?」
顔を上げて首を傾げれば額に唇が押しあてられた。
「なぁ、小太郎」
そして真剣な目をした冴木さんと視線が絡まる。
すっと引き締まった空気に俺は落ち着かなくなった。
「………」
「そんな不安そうな顔するな」
いきなりの変化に戸惑った俺に冴木さんは纏っていた空気を和らげる。
頭をくしゃくしゃと撫でられ、気が緩んだところで冴木さんは真摯な口調で言った。
「卒業したら俺と結婚しよう」
「え…?」
「結婚を前提に付き合って欲しい」
「えっ…待って。だって、結婚は出来な…」
「出来る。海外なら結婚も出来る」
今まで出来ないと思っていた常識がいきなり引っくり返される。
それよりも先に指輪を貰い、結婚を申し込まれ、最後に付き合いを申し込まれる。何もかも順序が逆で、応えようと思って気付いた時には俺の中に答えは一つしか浮かばなかった。
「あ…、俺…」
「もうずっと前から小太郎が好きなんだ。離れればこの想いも少しは変わるかと思ったけど、駄目だった。想いは募るばかりで」
そもそも始めから俺には一つしかなかった。
俺はずっと兄貴と冴木さんを見て育ってきた。
これもまた逆に言えば、俺は兄貴と冴木さんしか見ていなかった。
「…好きなんだ、小太郎」
「俺…他の人に告白されても好きになれなかった。女の子も可愛いとは思うけど付き合いたいとは思わなかった」
ぽつぽつと思ったことを口に出して、冴木さんの肩口に頭を乗せる。
「でも…冴木さんとなら。きっと、俺、ずっと前から冴木さんのこと好きだったんだ」
「小太郎…」
俺は胸元で揺れる指輪をぎゅっと握り締める。
「だって、この指輪は返したくない」
「…うん」
優しく耳元で頷かれ、俺は顔を上げて冴木さんと見つめ合う。
「だから俺、冴木さんと結婚する」
「ん…ありがと小太郎。凄く嬉しい」
ふっと表情を緩めたいつもの冴木さんに安心感が沸き上がり、自然と俺の表情も緩んだ。
「絶対幸せにする」
頭を優しく撫でられ、頬を滑り下りてきた手に頤を掬われる。
静かに近付く距離に俺は瞼を下ろしていた。
「………」
優しく温かいぬくもりに包まれ背中を預ける。
ソファに座った冴木さんの足の間で、俺は背中から冴木さんに抱き締められるようにして座っていた。
「冴木さん…」
「ん?」
「また海外行くの?」
お腹の前に回された冴木さんの手に触れて、何となく握ったり開いたりして弄ぶ。両手を好きにさせていた冴木さんは俺の耳に唇を近付けると、内緒話をするようにひっそりと言った。
「小太郎が高校を卒業したらな」
「じゃぁ…」
「ん、小太郎の側にいるよ。また前みたいに、それ以上に一緒にいられるな」
弄っていた手を取り返されてぎゅうぎゅうと抱き締められる。昔と違って擽ったいうえに恥ずかしい。でもそれ以上に嬉しさを感じてゆるゆると頬が緩んだ。
それから仕事を終え客室を訪れた兄貴に冴木さんが報告すると、俺は良かったなと兄貴に頭を優しく撫でられた。
昔から変わらない温かい光景がそこにはあった。
end.
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