02


紫頭はそのまま壁に激突して気を失った。

「誰だ!?」

俺を押さえ付けている仲間達は紫頭がやられたのを見て、暗い路地から伸びる足の持ち主に警戒と敵意の視線を向けた。

「誰だ、だぁ?てめぇら俺の浬に何してやがる」

俺は聞き慣れたその声に、涙でにじむ視界の中何とかその姿を捉えた。

「…せんぱぃ」

洋一は殴って一方的に別れを告げたはずの俺に変わらず優しい笑みを向けてくれた。

それにより、恐怖とは別に涙が止まらなくなる。

「…っ、ふぅ。せんぱぃ」

ぼろぼろと泣き出した俺から、視線を残りの三人に移し、洋一は俺も聞いたことがないぐらいの低音で言う。

「てめぇら、覚悟は出来てんだろうなぁ?」

「あぁ?何だコイツ。邪魔しやがって!!」

「ふざけんなよ!!」

「おらぁ!!」

三人は怒り心頭で一斉に洋一に殴りかかった。

「ふざけてんのはてめぇらだろ」

洋一は殴りかかってきた男の腕を掴むと背負い投げの要領で投げ飛ばし、一人を巻き添えにする。

そして、最後の一人には顔面に強烈な右ストレートを打ち込み、続け様に腹に蹴りを入れてコンクリに沈めた。

「ったく、雑魚どもが…。浬を泣かせてんじゃねぇ」

パンパンと手を叩くと上半身を起こしてコンクリに座り込んでいる俺の前まで来て、しゃがみこむ。

「大丈夫か、浬?」

「だい、…じょぶなワケないだろ」

洋一は自分の上着を脱ぐと俺に被せる。

俺は慣れ親しんだ洋一の香りに包まれて再び瞳を潤ませると、それを誤魔化すように口を開いた。

「何で此処にいんの?」

「お前を探してた」

「何で?」

「お前が別れるなんて言うからだ」

「だって…」

俺は数分前に頭をよぎった自分の考えを思い出し、恐怖で言葉が続かなかった。

「だって、何だ?」

洋一は聞き逃すまいといつになく真剣な表情で聞き返してくる。

「〜っ。だって…先輩、俺のこともう好きじゃないんだろ?もしくは俺で遊んでるとか…。だから浮気するんだろ?」

自分で言ってて悲しくなり、俺は上着をぎゅっと握ったまま顔をうつ向かせた。

「はぁ〜、お前な…」

洋一にため息を付かれ、俺の涙腺は壊れたように水を流し始める。

やっぱりそうなんだ…。

気付かなきゃ良かった。

俺いつの間にこんなに先輩のこと好きになってたんだろ?

今更気付いたって遅いのに…。

ぽたりと地面に雫が落ちて、俺の視界もぼやける。

「浬。別れる必要はねぇよ」

「でも…」

俺がうつ向いたままそう言うと、洋一は俺の頬を両手で挟んで顔を上向けさせる。

そして、次々と溢れ落ちる涙を舌で優しく掬いとって言う。

「俺は遊びでお前と付き合ってるワケじゃねぇ。お前が好きだから付き合ってんだ」

「じゃぁ、何で…浮気すんの?俺のこともう好きじゃなくなった?」

「んなワケねぇだろ。俺は今も昔もお前だけが好きだ。ただ…」

急に歯切れの悪くなった洋一に俺は泣いて赤くなっているであろう目を向けて続きをじっと待つ。

「俺が他の奴と一緒にいるとお前必ず嫉妬すんだろ?付き合い始めて、いや一方的に付き合い始めた感じで今だ好きだって言って貰えない俺としちゃ、その顔見んと俺も好かれてんのかなって実感できてさ。つい…」

「…本当に、俺が嫌いになったからじゃないの?」

不安に揺れる俺の瞳に真剣な表情をした洋一の顔が写る。

「だから、それはありえねぇ。何度も言うけど俺が好きなのは、愛してんのは浬だけだ」

そう言って洋一は俺を力強く抱き締めた。

「〜〜っ。せんぱぃ」

そっか、良かった。俺、先輩に嫌われたワケじゃなかったんだ…。

好きでいていいんだ…。

ようやく自覚した先輩への気持ち、解けた誤解、俺は嬉しくて抱き締めてくる洋一の背に自らの腕を回した。


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