02


約束の三時、俺は同じクラスの奴と街で知り合った友人と駅前で落ち合った。

「来てくれたのか、小太郎!」

「一応…約束したからな」

「うんうん。お前ってそういう奴だもんな。良い奴」

向こうのお嬢様学校の方々とは別の場所で待ち合わせで、こっちも後一人拾ってから行くぞ。男四人、女四人で、カラオケだ!と、張り切って歩く友人の後を俺はのんびりと付いていく。

「けど、本当に良いのか小太郎。お前、彼女いるんじゃ…」

「へ…?」

すると隣に寄って来た同じクラスでよくつるむことのある弥生(やよい)が俺にそんなことを言ってきた。

「違うのか?その指輪、いつも触ってるだろ」

また無意識に弄っていた襟元から覗くチェーンを、弥生は目線で指して続けて言う。

「体育の着替えの時見た。高校入って同じクラスになってからずっと、お前その指輪身に付けてるよな」

「あー…、そうかも。ずっと、貰ってから何となく。大切にしろって言われたからかな」

これが無いと今じゃ違和感さえ感じる。

「でも、別に彼女とかじゃないし。心配いらないよ」

「そうか?なら良いけど」

途中で一人合流し、俺達はお嬢様学校の生徒四人を連れてカラオケボックスへと入って行った。

俺は出口に近い場所に座り、適当に選曲する。
その隣に、髪を肩口で切り揃えた小柄な女生徒が座ってきた。
ふわりと甘い匂いが鼻腔を擽る。

「………」

俺がちらりとそちらを見ればちょうど視線が絡まり、女生徒は薄く赤く頬を染めながら話しかけてきた。
名前や好きな曲、学校のこと。

俺は普通に世間話をするように会話を繋げ、気付けばカラオケボックス内はやたらと盛り上がっていた。皆でわいわいと騒ぐこの雰囲気は結構好きで、途中から俺はこれが合コンだとかは忘れて普通に友達を相手にするように楽しんだ。

そして三時間ぐらいしてお開きになる。
これはお嬢様学校に通う相手の都合らしい。

カラオケボックスを出た頃には陽が沈みかけていて、街中にはネオンが灯っていた。

「じゃ、男共はお嬢様を送って行って解散なー!」

気に入った女生徒を送ってけってことか。
俺は誰でも良かったが、向こうから声を掛けられたので、隣に座って居た女生徒を送って行くことになった。

「じゃ、かえ…」

その時、何処からか俺は名前を呼ばれた気がして動きを止めた。
聞き慣れたその声。俺の愛称。

不意に動きを止めて、辺りを見回し出した俺にまだ解散していなかった女生徒と弥生達が不思議そうに俺を見た。

「どうした小太郎?」

「声が…」

弥生に答えながらきょろと目線を動かした先に、こちらに向かって駆けてくるその姿を見つける。

「………コタ!」

「あ…、兄貴。そんなに慌ててどう…っ」

言葉は何故だか続かなかった。
兄貴の後ろにその姿を見付けて、目を見開く。

ここには居ないはずの人。子供と大人の境界線を越え、すっかり精悍な顔付きになったその人。

「――小太郎」

記憶の中にある身長は伸び、髪色は茶髪から金髪に。耳に付けたピアスは変わらず、俺の鼓膜を揺らす低い声もあの時のまま…。

「元気にしてたか?」

「さ…えきさん…?」

「どうした?俺のこと忘れたか?」

すぐ側まで歩み寄って来た冴木さんは、持ち上げた右手でくしゃくしゃと俺の頭を撫でてくる。
兄貴は兄貴で弥生達に挨拶をして、急な用が出来たから俺を連れて帰るとか言ってるし。

「驚いた顔も可愛いな」

「へ…?」

「この後、うちに来ないか小太郎」

「冴木さん家?」

「そ。話したいこともいっぱいあるし、お前にお土産も買ってきたんだぞ」

「こら、待て東護。運転手は俺だ。コタは家に連れて帰るんだよ」

話をつけ終わったのか、兄貴が口を挟んでくる。
俺は兄貴に背を押され、歩き出す。

「じゃぁ、お前ん家に泊めてくれ。それなら良いだろ?」

俺を間に挟み、隣を冴木さんが歩く。

「…仕方ない。コタの嫌がることはするなよ」

「俺…?俺がなに?」

いきなり現れた二人に頭が混乱して、話についていけない。
なによりも何で、冴木さんがここに…。

「悪い、コタ。お前を驚かせてやろうと思って東護が帰って来ること教えなかった」

ごめんな、と兄貴は言いながら俺に向かって済まなそうな顔をする。

「そりゃ驚いたけど…でも、何で?」

「ん?コタの何では何に対して?」

「冴木さん、何で帰って来たの?」

「それは俺に酷いんじゃないか小太郎。俺が帰って来たら嫌だった?」

兄貴に訊いてみれば、冴木さんがすかさず口を挟んできた。
兄貴は苦笑を浮かべて、冴木さんは何だか眉を寄せて俺の顔を覗き込んでくる。

「嫌じゃないけど…嫌だ」

正直に思ったことを口にすれば、二人は途端に神妙な顔になって、俺はポツリと言葉を続けた。

「俺も迎えに行きたかった」

「……っふ、そうか。そりゃ悪いことしたな小太郎」

「本当にごめんな、コタ」

歩いた先にあった駐車場に停められていた見慣れた兄貴の車に乗り込む。
運転席に兄貴が座り、俺は後部座席で冴木さんの横に座った。

エンジンが掛けられ、ゆっくりと車が動き出す。

「小太郎」

「ん?」

横に座っていた冴木さんに話し掛けられたと思ったら、伸びてきた手が体に回され引き寄せられる。

「冴木さん?」

昔と違って俺の頭は冴木さんの肩口にぶつかり、吐息が耳を掠めた。

「んー、久し振りの小太郎の感触」

背中に回った手がぎゅうぎゅうと抱き締めてきて、もう片方の手でくしゃりと頭を撫でられる。

「ちょっ…」

「小太郎。俺が居なくて寂しかったか?」

抱く力が弱まり少し身体が離され、頭を撫でていた手がするりと頬を撫で、顎に掛けられた。

顎を持ち上げられ、ジッと見つめられる。

「小太郎?…寂しくなかったか?」

「……最初は少し寂しかったけど、今はつまんねぇ」

「そうか」

返事を聞くと冴木さんは小さく笑って、顔を近付けてきた。
目元に唇が触れて、その擽ったさに瞼を閉じる。

「可愛い、小太郎」

ひっそりと掠れたような声が囁いて唇に吐息が触れた。
温かく柔らかい感触が唇に重なり、伝わってくる。

「ん…」

「まだ言ってなかったな」

触れて、そっと離れた唇がゆるりと言葉を紡ぐ。

「ただいま、小太郎」

「あ…おかえり、冴木さん」

「ん」

嬉しそうに表情を崩した冴木さんに、五年前の面影を見付けて、俺も何だか嬉しくなった。

また顎にかけられていた手で頭をくしゃくしゃと撫でられ、冴木さんの腕の中に抱き寄せられる。
動いた拍子に首にかけられていたチェーンがチャリと音を立て、俺は思い出して冴木さんの肩口から顔を上げた。

「そういえば…」

「ん?」

「冴木さん、何で俺に指輪くれたの?大切なものなんだろ?」

シャツの下からチェーンを引っ張り出し、指輪を見せて言う。
冴木さんはチェーンに通された指輪を親指と人差し指で摘まむと、ふっと瞳を細めた。

「肌身離さず持っててくれたのか」

「冴木さんもそうしてるし。大切にしろって言われたから」

「お前って…本当どこまで可愛いんだ」

破顔して、冴木さんはぐしゃぐしゃと俺の頭を掻き混ぜてくる。

「ちょっ…冴木さん…!」

「可愛い…小太郎、好きだよ」

「え…?好き?」

きょとんと見返した俺に冴木さんは温かな笑みを浮かべたまま、さらりと会話を続ける。

「――好きだよ、小太郎」

「でも…」

「ん、小太郎は俺のこと嫌いだったか?」

意地の悪い吐息が耳朶を掠めて肩が震える。無意識に指輪へと触れて、掌の中に握りこんだ。
その手を包み込むように冴木さんの手が重ねられる。

「小太郎?」

「……好き。…でも、俺、冴木さんとは付き合えない」

「どうして?」

「だって俺、女じゃないし。冴木さんの彼女にはなれないよ。結婚も出来ない」

どうしてと不思議そうな顔をする冴木さんの肩口に額を押し付けてぼそぼそと言えば、額を押し付けた肩が小刻みに震えた。

「冴木さん?」

「あぁ…ごめん。ちょっと嬉しくて」

「嬉しい?」

クツクツと笑った冴木さんは俺から視線を外して、運転席にいる兄貴へと目を向ける。

「聞いたか、絢人。小太郎は結婚を前提にした付き合いなら付き合ってくれるって」

ちょうど赤信号で停まって、兄貴が振り向いた。

「コタがそれで良いなら俺はコタを応援するよ」

いつもの優しい笑顔で言われて、俺は何だか安心して頷く。

「東護のことで困ったことがあったらすぐ俺に言うんだぞ」

「小太郎が困るようなことはしない。俺が何年待ったと思ってる」

「コタが小学生の頃からだから…かれこれ十年ぐらいか」

顔を前に戻して、兄貴はアクセルを踏む。

「そう考えると長い片想いだったな。しまいにはこれ以上側にいられないとか言って海外まで行くし」

「うるせぇ、あの時は俺も若かったんだ。流石に中学上がったばっかの子供に手ぇ出したら犯罪だろ」

くすくすと笑って語られた、冴木さんの海外行き決定の話に俺の頬は知らずじりじりと赤く熱を持っていった。



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