02
一人で仕事をするという事は必然的に判子を貰いに行くことも、書類のコピーも、不備を見つけた書類を突き返すことも自分でしなければならない。
「チッ…めんどくさいな」
ペンを置いて席を立ち、生徒会室には生徒会長しか開閉出来ない専用の鍵を掛けていく。
苛立たしげに廊下を進む俺に、周囲の生徒はいつものごとく道を開けていく。
「会長だ……」
「ねぇ、あの噂聞いた?」
こそこそと交わされる会話。誰が流したか検討はつくが、生徒会長に関する悪い噂が校内にはいくつか流れていた。
仕事をしないだの、生徒会室に生徒を連れ込んで毎日遊んでいるとか。その他諸々。数えるのが馬鹿馬鹿しい位くだらない、根も葉もない噂だ。
そんなものに付き合ってやるほど俺は暇じゃない。
じろじろと向けられる視線の中を俺は無視して歩く。それでも、今はそれすらうっとおしいと感じていた。
…その視線が、途中から落ち着き無くきょろきょろと動く。
「何だ……?」
暫くしてそれが前方からやって来る奴のせいだと気付いた。
「旗屋か」
生徒会と風紀は口も利かぬほど仲が悪い。と、生徒の間では認識されている。しかし、それも生徒達の勝手な思い込みだ。別に仲は悪くない。むしろ…。
いや、基本的に俺も奴も特にお互い話を交わすような用事がないから話さないだけだ。
コツ、コツと、近付く距離に周りにいた生徒達が息を呑む。ぴりぴりとした空気が廊下を包み、…俺は旗屋とただ擦れ違った。
背後ではほっと息を吐く生徒達の声が聞こえる。
その無意味さに俺は嘲笑の意味を込めて笑った。
視線も合わせず通り過ぎた旗屋に俺も興味を示さず職員室に足を進めた。
「清水」
ガラリと職員室の扉をスライドさせ、派手な外見の割に真面目腐った顔で机に向かう生徒会顧問を呼ぶ。
「あ?龍ヶ峰か。いい加減、先生を付けろ」
席を立ち、たいして気にしていないことを清水は呆れたように口にする。
「知るか。それよりコレに判子」
ずいっと目の前に二枚の紙を突き付け、さっさと用件を済ます。
「あ〜、ちょっとそこに座って待ってろ」
職員室に設けられた応接室を顎で指し、清水は受け取った紙を持って何故か自分の机を通り過ぎる。
「おい!清水!」
聞こえている筈なのに清水は俺の声を綺麗に無視した。
「チッ、…ただでさえ時間が惜しいっていうのにあの野郎」
俺は仕方なく応接室のソファに腰を下ろし、清水が戻ってくるのを待つ。
そして、程無くして戻ってきた清水の手にはマグカップが二つ。
「ほら、龍ヶ峰」
「いらない。それより書類」
いらないと言ったのに清水はマグカップを俺に押し付けてきた。
「後でな。少し休憩したらどうだ龍ヶ峰。顔色が悪いぞ」
顔を覗き込むように見てきた清水に俺は眉を寄せ、睨み返す。
「気のせいだ」
早く書類を返せと再度要求し、俺はマグカップの中身を味合わずに胃に流し込んだ。
ガタンとテーブルの上に音を立てて置き、まだ何か言いたそうな清水を黙らせ席を立つ。
「これで良いだろう?早くしろ」
「はぁ…。ったく、あんま無理すんなよ」
清水は苦笑し、判を押した書類を取りに自分の机に向かった。
「まぁ、俺じゃたいして力にはなれねぇだろうが、何かあったら言えよ」
職員室を出る前、書類と共に清水から渡された言葉に俺は瞳を細め口端を吊り上げた。
「ふん、誰にものを言っているんだ。お前に頼るなんてありえないな」
「ははっ、相変わらず言うな。まぁ、それでこそ龍ヶ峰だ」
頑張れよと見送られ、俺は次の仕事に取り掛かる為に生徒会室へと戻った。
たいして時間も経たずに戻ってきた旗屋に、室内にいた風紀委員達は首を傾げる。
「所詮噂は噂か。踊らされてる馬鹿共を見るのは滑稽で愉快だが…」
ふっと独り言を呟きながら旗屋は委員長席に腰を下ろした。
「委員長?」
「俺のお気に入りまで汚してくるとは」
ヒヤリとナイフの様に研ぎ澄ませた眼差しで、積まれた書類の山を見る。
旗屋は肩を揺らすと、聞いている者がゾッとする様な低い声音で吐き捨てた。
「どうしてやりましょうか」
龍ヶ峰 狼は俺の一番のお気に入りなのだ。それを自分達の欲望の為に身を弁えず、噂とはいえ汚すとは。
「お前達、書類は集まりましたか?」
「はっ、はい!」
「既にこちらに!後は龍ヶ峰会長のサインを頂ければ…」
「では、そろそろ風紀を乱す塵と共に役立たず共を始末するとしますか。…ねぇ、お前達?」
チラリと向けられた視線に室内にいた委員達は顔色も悪く体を震わせ、コクコクと声も出せずに頷いた。
「宜しい…」
廊下で擦れ違った龍ヶ峰は判りにくくはあったがどこか疲れた様子で、ろくに寝ていないのか目の下に薄く隈が出来ていた。
彼の性格上弱音は吐かないだろうし弱味なんてもってのほか、誰にも見せない。むしろ彼のプライドがそれを許さないでしょう。
龍ヶ峰は旗屋と同種の人間だ。だから惹かれたのかも知れない。同族嫌悪という言葉があるが旗屋は違う。
旗屋は会長となった龍ヶ峰を一目見て彼だと思った。自分と対等、いや、それ以上の存在。
しかし、かといって積極的に話を交わそうとか、会いに行こうとは思わなかった。
何故なら、この距離に旗屋は満足していたのだ。
それを…
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