04
頬を撫でる風が火照った頬に心地好い。
遠ざかる電車の姿が見えなくなるまで僕は駅のホームに立っていた。
まだ胸がどきどきしている。
数分前まで隣にいた彼のことを思い出し、そっと息を吐く。
「夢、みたいだ。でも…」
彼の声を思い出す。
「――緒方…海星」
そして教えられた名前を宝物のようにひっそりと呟く。
じわじわと込み上げてくる嬉しさに頬が緩むのを止められない。
一方的に見ていただけの距離があっという間に縮まり、髪に触れてきた彼の指の感触を思い返して頬が熱くなる。
「また明日だって…」
別れ際彼から告げられた言葉に胸がいっぱいになる。
明日も彼に会える。
それだけでもう、彼がなんで僕にそう告げたのか理由なんてどうでも良かった。
しまりのない顔で僕は浮かれたまま改札へと足を向ける。
鞄の中には取り出されることの無かった文庫本と返ってきた折り畳み傘。
駅を出て見上げた空はとても綺麗な夕焼け色で、先程別れたばかりなのに何故か僕は無性に彼に会いたくなった。
「海星…」
初めて知った彼の名前を呟いて、会いたいと想う心を宥める。
明日会えるんだからと心を誤魔化して僕は家へと足を進めた。
初めて交わした約束に僕は本当に浮かれていた。
約束の翌日―…
カタン、カタンと揺れる電車内で顔を合わせた日和と海星は顔を合わせるなりお互い苦笑を浮かべた。
「悪い」
「ううん、僕こそ」
昨日と同じように隣に座った海星に日和は首を横に振る。その手に文庫本を入れた鞄はない。
気まずげに口を開いた海星の手にも鞄はない。
それどころか二人とも学生服を着てはいなかった。
今日は…
「休みだったの忘れてたぜ」
「それは僕もだよ」
土曜日。
互いに通う学校は休みの日だった。
それでも二人は約束を守り、平日に走っている電車に近い時刻の同じ電車の同じ車両に乗った。
「…せっかくだから、このまま何処かに出掛けねぇか?」
すぐに夕方になっちまうけど、近場なら。
どうだと提案してきた海星に日和は一もなく頷き返す。
「出掛けたい。…か…海星、と」
「…!…っ、なら決まりだな。…日和」
「―っ、うん!」
始めはぎこちなく、相手の名前を呼んで。
帰る頃には自然と口にする。
彼と僕、アイツと俺。
この日から幾つかの季節を巡った今も二人は同じ電車の、同じ車両に並んで乗っている。
end.
13.06.30-拍手より移動
[ 24 ][*prev] [next#]
[top]