01


通りがかった薄暗い路地の先に、見るからに柄の悪そうな風貌と出で立ちをした男が一人。そして、その男の正面には、こちらは見るからに一般人でありそうな学生服を身に着けた平凡そうな男が一人。
その状況に一瞬眉をひそめ、ただ単に絡まれているのか、それともカツアゲかと?一歩路地に足を踏み込れる。

(俺の縄張りでくだらねぇことしてんなよ)

しかし、路地に入り近付いて見れば、何と胸ぐらを掴まれていたは不良の方で、その顔色も真っ青だった。

「ほら、もっとあるんだろ?ここは古典的にジャンプでもしてみるか?」

「ぐっ…やめ……!」

「あぁ、でも。今は電子マネーが主流だから跳んでも意味ないか」

「そりゃそうだ。…って、違うだろ!何してんだてめぇは!」

思わず突っ込みを入れながら会話に割り込めば、こちらに気付いていたのか、平凡そうな顔の男は不良の胸ぐらを締め上げたまま俺の方を見て、きょとりと不思議そうに瞬きを繰り返す。

「何って、カツアゲされたから、仕返してるだけだけど?」

それが何かと常識を語る様な冷静さで語られて、見つめ返される。
そこで気付いたが、不良と平凡な男の更に向こう側にもう一人男が転がっていた。不良の仲間なのか、派手な髪色と服装をしている。この場から今にも逃げたいと言わんばかりに地面の上をずるずると這い出していた。
俺の視線が自分を通り越していることに気付いたのか、平凡な容姿の男は自分の背後を振り返り、足下を見下ろす。そして、どうするのかと思えば、逃げ行く背中の上に右足を乗せた。

「ぐぇっ!」

「仲間を見捨てるのか?脆い友情だなぁ」

「ち、違う!俺は…た、助けを呼びに!」

「ふぅん。ま、俺には関係ないけど。友達は選んだ方が良いんじゃない?」

はいっと、平凡な容姿の男は掴んでいた胸ぐらから手を放すと、不良の背中に伸せていた右足も下ろす。

「俺は優しい一般人だから、お金はちゃんと返してあげるよ。良い勉強になっただろ?」

急に手を放され、咳き込みながらよろめいた不良の右手を平凡な容姿の男は問答無用で掬い上げ、上向かせた掌の上に二つの財布を握らせた。
途端、解放された二人の不良は財布を片手に恥も外聞もなく、一目散に路地から逃げ出した。

「お礼もなしかよ」

それで気が済んだのか、目の前に残った平凡な容姿の男が不良達を追うことはなかった。

「俺って優しいよな」

「は?」

「だってちゃんと金も返してやったし」

それが、どこにでもいるような平凡な容姿をした男、十朱 文人(とあけ ふみひと)16歳とその地域一帯を縄張りとして頭を張っている総長、青都 芳邦(あおと よしくに)18歳の出会いであった。

 

それじゃぁと、良いことをしたとでもいうように鼻歌交じりで上機嫌に去って行った十朱をその日は不可解な物を見る様につい見送った青都だったが…。
無害そうで平凡な容姿の十朱は良いカモなのか、その日から数日が経過したある日、十朱は不良と思わしき二人組の男に通りの道でわざとぶつかられていた。

「いってぇ!今ので骨折れちまったぜ。あー、いてぇ…慰謝料払ってくれんだろうな!」

「当然だよな?こちとらバックに組が付いてるんだ」

「…良いですよ。ここじゃ何なんで、薄暗くて調度良いあのビルの裏に行きましょうか」

因縁をつけられたにも関わらず十朱は何故か得心したような無害な笑顔で、不良二人組を率先してビルの裏側にあたる薄暗い路地に入って行く。

「アイツ、まさか…」

そして、それを自分は運が良いのか悪いのか、青都は偶然目撃してしまっていた。
舌打ちを一つ漏らして青都は急いで三人の後を追った。

そうしてビル裏では、予想通りの光景が今にも繰り広げられようとしていた。

「で、折れたのは何処です?」

嫌に冷静に問い掛けて来る十朱に相手が右腕と言うと十朱はへぇと怪しげに瞳を細め、不良の右腕に手を伸ばす。

「――おい!今度は何しようとしてんだてめぇ!」

しかし、そこに滑り込んできた鋭い声が十朱の動きを阻んだ。
同時に十朱に絡んでいた不良二人組はその声に大げさなほど肩を跳ねさせ、声を掛けてきた青都が何者か気付くと素早く身を翻した。

「わ、悪い!やっぱ大丈夫だったわ!」

「お、おぉ…気のせいだった!じゃぁな!」

脱兎の如く逃げ出した二人に構わず、十朱は駆け寄って来た青都と向き合う。

「何って、本当に骨折したらどれぐらい痛いか教えてやろうと思って」

「あ?骨折したことあんのか?」

「いや、この前骨折した奴がいて、めちゃくちゃ痛そうにしてるの見ただけ」

「だからってなぁ…お前、あいつ等が本当に組の人間だったらどうしてたんだ」

「どうも何も見るからに馬鹿っぽそうだし、ヤクザがこんな無害で大人しい学生に何の得があって声を掛けて来ると思うのさ。金に何かならないだろ」

一目見てそう結論を出した十朱はだからこそ路地裏に引き込んだのだと、これまた常識を語る声で青都に説明した。

「お前なぁ…」

「なに?」

「本当に無害で大人しい奴は自らそんなことしねぇんだよ。普通は逃げるわ。それに自分で無害とか言ってる時点で終わってんだろ」

「どこが?」

「はぁ…、お前人からズレてるって言われねぇか?」

「別に」

アンタが初めてかも?と小首を傾げて十朱は僅かに自分より高い位置にある青都の顔を見上げた。

「まぁいい。次からは気を付けろ」

「…お人好し」

溜め息交じりに告げられた台詞に十朱はポツリと零し、これが本当に噂の総長様かと内心で青都に関する噂を思い返していた。

この目の前で自分を心配する青都 芳邦はこの地域一帯を仕切る族の総長で、泣く子も黙る容赦の無さと圧倒的強さで不良共を従えているという。それならば先程も、この前の不良共も青都の顔を見るなりさっさと逃げ出したことに納得がいく。が、何故この男は見ず知らずの自分の事を心配そうに見て来るのだろうか。

「ほら、さっさと表通りに出て帰れ」

しっしっと追い払う様に手を払われ、十朱は不思議に思いながらも青都に背を向けた。

「ったく、あいつ等…一般人に絡みやがって」

これは一度締め上げるかと、青都は十朱を追い払った表通りとは逆方向に歩き出す。
その時ふと足元に何か落ちている事に気付き、拾い上げてみればそれは表紙に校章の入った生徒手帳だった。青都の通っている学校の物ではない。

「十朱 文人か。あいつ、大事なもん落っことしてんじゃねぇか」

生徒手帳に記載されていた学校名は進学校のものだった。規則も緩い青都とは真逆の学校であり、それこそ十朱の所業が発覚したら退学になりかねない。だが、その前に十朱の通っている進学校とこの町は随分と離れていた。

「あいつ、家がこの辺なのか?それとも…」

まぁ、良いと。次に会った時に生徒手帳を渡してやろうと青都は生徒手帳を己のポケットにしまった。だが、その日から青都は十朱の姿を見ることはなく。



イライラと耳に入ってくる報告に腕組みをしたまま青都は思考を巡らす。

「あいつ、今度は何がしてぇんだ」

十朱の姿を見ることは無くなったが、その代わりのように次々としょうもない報告が上がり始めていた。
誰それがカツアゲにあった。でも、お金は返ってきた。誰それが泣かされた。でも、慰められた。誰それが殴られた。でも、冷えピタを貰った。誰それが…エンドレス。全て、目には目を歯には歯をがモットーな十朱の仕業だと青都には直ぐに分かった。その無害そうな平凡な容姿の男がという情報から一発だった。

「で、何でまたてめぇらがあいつにちょっかいかけてやがんだ。お前らにも一般人には関わるなって言っただろうが!」

その原因に心当たりが無いでもない青都は、傘下の人間を集めて再度忠告の声を上げる。

「だって、総長がそいつを探してるっていうから」

「俺らはただ、そいつを捕まえて総長の前に連れて来ようと思っただけなんス」

それを、相手が何を勘違いしているのかことごとく返り討ちにあっただけの話だ。

「あぁ、まぁ、あいつは人の話を聞かない節があるからな。て、そうじゃねぇ!あいつに渡すものがあるのは本当だが、誰も探せとは一言も頼んでねぇ!」

怒鳴る総長に集められた面々は誰もが気まずそうな顔で隣の奴と顔を合わせ、その中から代表して副総長である男が答える。

「そうは言うけどな、お前が町に出るたび誰か探す素振りをしてるのが悪いんだぜ」

「あ?」

「自覚なしかよ。お前が言うその預かりもの、生徒手帳か?それを手元に置いて、町では誰かを探す素振り。そりゃ、力になってやろうと思うじゃねぇか」

「なっ、ちげぇし!俺はあいつがまた何処かで何かやらかしてねぇか監視してるだけだ!」

「いやいや、今更否定されてもうちの総長様が平凡を追いかけてるって噂になってっから」

「まじか…頭がいてぇ…」

しかし、それだと理由はともかく十朱の方も青都が十朱を追いかけていると耳に入っているのではなかろうか。それでも逃げ続けているというのは何故か。
青都はとにかく、今後十朱にちょっかいを掛けるのは止めるようきつく通達を出し、自ら謎を解きに街中へと足を運んだ。

 

「あれ?総長さんじゃん。どうしたの、そんな所で座り込んで」

これまで青都の前に姿を見せなかった十朱は糸も容易く最初に遭遇した路地で、似たり寄ったりな状況で発見出来た。その元気すぎる姿に青都も若干拍子抜けして、呆れた様子でその光景を前にしゃがみ込んでしまった。

「お前ってそういう奴だよな…、期待を裏切らない」

「うん?ちょっと待ってて。こいつ等に世間の厳しさを教え込んでから話を聞いてあげるよ」

十朱相手に何をしたのか、今回の犠牲者は二人で済んだようだった。
這う這うの体で逃げていく男達を見送り、十朱が青都を振り返る。

「で、俺を探してたみたいだけど用件は何?」

「知ってて逃げてたのか」

「うーん、まぁ…いつも何かと因縁付けられて捕まってたから。たまには逃げ回るのも面白いかなって。それにアンタが普通は逃げるって言ったんじゃないか」

やはりどこかズレた感覚を持つ十朱に青都は溜め息を一つ。

「あー…、もう、お前俺のチームに入れよ。その方が楽だ。所在は掴めるし、手を出され難い。何より俺が楽だ」

「え?嫌だ。てか、無理でしょ。俺はアンタと違って何処にでもいる一般人で無害の上に優しい平凡な人間だし」

「っ、こんだけ問題起こしまくってて何処が平凡だ!優しいとかどの口が言うんだ。お前の脳みそ腐ってんじゃねぇのか?」

「失礼な。俺はこれでも進学校に通う超優秀な生徒だぞ」

「あぁ…そうか。変に拗らせた口か。良く分かった。詳しい話はうちで聞かせてくれ」

よっこいしょと勢いをつけて立ち上がった青都に対し、十朱は「嫌だけど」ときっぱりとその誘いを断る。

「行ったら行ったでなし崩し的に俺をチームとやらに入れる気だろ?」

「分かってんじゃねぇか」

ニヤリと口角を上げて笑った青都に十朱は馬鹿でも分かるでしょと肩を竦めた。そして、どういう意図があるのか十朱は話を元に戻す。

「そういや、何で俺を追ってたわけ?」

「あぁ、忘れる所だった。お前、この前生徒手帳落としてったろ。ほら」

いつ十朱と会っても良いようにポケットに入れていた十朱の生徒手帳を青都は顔の高さに掲げて見せる。それを見て十朱は自分の着ている制服の内ポケットをごそごそと探り出した。

「あれ?ないや…」

「何だ、落とした事にも気付いてなかったのか」

十朱の不思議そうな顔に青都は呆れた様に溢す。

「うーん、ま、いいや。それ、アンタが預かっててよ」

「は?」

「必要になったら自分で取りに行くから。じゃ」

「じゃ、じゃねぇよ!待て、十朱!」

ひらりと伸ばされた青都の手をかわし、十朱は身を翻す。

「っ、足はえぇな、おいっ…!」

なるほど、これなら仲間が撒かれるわけだ。って、感心してる場合じゃねぇ。

青都は十朱を追って街中を走り回る羽目になった。加えてそれが余計に総長が平凡を追いかけ回しているという噂に信憑性を持たせる結果になるということに、この時の青都は気づかなかった。

「さすが、総長さん。俺を見失わずにちゃんと追ってきてるな」

実のところ平凡過ぎる容姿とは裏腹に十朱は足も早ければ頭の回転も早かった。
その惚けた言動と凡庸とした態度に騙されがちだが、その瞳は新しい遊びを見つけた子供のように輝いていた。

「ヤバい…、楽しいな。ドキドキする」

追いかけられるのがこんなにも楽しいとは。意外とお人好しだった総長さんとはまだまだ遊びたい。だから、青都のチームの人間には手加減して遊んでいたのだ。
そんな十朱の我が儘に振り回されているとは知らない青都は、その後正式に十朱の確保命令をチーム内に通達したのだった。



その数日後…

「ちぇ…捕まっちまった」

「残念だったな十朱。ま、本気を出せばこんなもんだが、こっちもこれ以上面倒事を増やされると困るんだ」

「はぁー…アンタ、せっかち過ぎるって言われない?必要になったら俺が取りに行くって言ったのに。これじゃ俺が面白くないよ」

「あ?それは…俺のチームに入っても良いって意味か?」

「さぁ?…どうかな」

肩を竦めた十朱に青都は今日も翻弄される。

「ところで、お客様を招待しておきながらお茶菓子とか飲み物とか出て来ないの?」

「誰が客だ。チッ、しょうがねぇ。こいつに何か出してやれ」

ふてぶてしくも自分で自分のことをお客様と言い、ここでその要望を撥ね付けようものなら十朱の事だから本当に帰りかねない。そう素早く弾き出した青都の解答は正解だったらしい。
目の前で美味しそうにクッキーを摘まみ、炭酸を飲む十朱をこの場に引き留める事には成功したようだった。

「はー…お前に関わると調子狂うぜ」

「それはどういたしまして」

「誰も褒めてねぇ…」

いや、…本当は十朱に会ったあの日から青都の日常は狂い始めていたのかも知れない。
青都の不可解なものを見る眼差しに、僅かに興味を交えた十朱の視線が絡まる。
何、クッキー欲しいの?とまったく検討違いな事を言って、指先で摘まんだクッキーを突き付けてきた十朱に青都は仕返しも兼ねてそのクッキーごと指先をかじってやった。



end.




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