02
腕の中にすっぽり収まるその小さな体で、どれだけ耐えてきたのか。
溢れる涙は途切れる事を知らず。
小さな体を震わせて。
「もういいんだ。これからは俺がいる」
「レイっ…」
離さないようにギュゥッと俺の服を掴むナギに口付ける。
「今度こそ俺が守る」
お前の心も身体も。
それだけの力を手に入れた。無力だった昔とは違う。
「もう俺の前から消えないでくれ」
「んっ…ん、…うん…」
何度も何度も頷くナギに愛しさが募る。
「ナギ」
指先で涙を掬い、目尻にキスを落とす。
「泣くな」
「だって…止まら…なっ…」
「泣くな、ナギ…」
ソッと後頭部に手を差し込み、優しく口付ける。
「ふっ…んっ…んんっ…」
舌先で唇をなぞり、労るようにゆっくりと舌を絡めるとナギの頬に朱が走った。
「…っは…」
いつしか涙は止まり、俺は唇を離した。
「ナギ、…愛してる。お前だけを。ずっと…」
そう、ずっと。
昔から想うのはお前だけ。
コツッと額を合わせ、視線を絡める。
「…っ、…ぉれも…レイが好き。…レイがいれば、何も要らないっ」
最後に一滴、涙を溢しナギはありったけの想いを言葉に乗せた。
離れていた分を埋めるようにソファーの上でお互い抱き締め合う。
…もう絶対離さない。この先何があろうと。
腕の中に取り戻した愛しい温もりを、強く優しく抱き締める。
…もう絶対離れない。この先何が待ち受けていようと。
背に回された力強い腕、広いその胸に顔を埋める。
-お前がいれば何も要らない-
決意と想いを胸に…。
どれぐらいそうしていただろうか、…ふいに胸にかかる重さが増した。
「ナギ…?」
少し身体を離し、視線を落とせばナギは目元を赤くさせたまま瞼を落とし、眠ってしまっていた。
泣き疲れたのか、安心したのか。赤くなってしまった目元に唇を寄せて口付ける。
「まるであの頃に戻ったみたいだな…」
突然突き付けられた別れの日に、涙を溢すナギへ約束とキスを送ったのは遠い昔。抱き締めて、腕の中で眠りに落ちるナギを愛しいと想ったのはいつだったか、…もう覚えていない。
「随分遠くへ来た…」
「んっ…」
甘える様に擦り寄ってきたナギを優しく抱き締め直し、その髪に指を絡める。
この想いは狂気。いつかお前を傷付けてしまうかもしれない。
「…それでも手放せない俺を許してくれ―」
心から溢れ出る想いは全て本物だから。
眠るナギの吐息をソッと奪った。
ふっと意識が浮上する。目を開けると、いつ移動したのかベッドの中でレイに抱き締められていた。
「レイ?」
眠っているのか規則正しい呼吸に、ソッとレイの頬に手を伸ばす。
「温かい…」
夢なんかじゃない。
レイに触れて、じわじわと伝わる熱を感じて確かめる。
背に回されたこの腕にどれだけ焦がれ、欲したか。レイは知らない。俺だって本当は…。
「ごめん、レイ。…行ってくる」
触れていた指を離し、そっと腕の中から抜け出した。
誰にも見つからないよう部屋を出ると、足を進め、地下に降り、目の前に現れた鉄の扉を静かに開く。
瞳を細め、出来るだけ感情を殺した。
あんなにも俺を想ってくれるレイ。俺もその想いに応えたい。その為には―。
中へ侵入を果たした俺は暗闇の中で神経を研ぎ澄まし、目を凝らした。手の中にヒヤリと冷たく光る銀の刃を持って気配を絶つ。
この先にいる人間は、流石というか俺に気付いて目を見開いた。
「―っ!?お前は…!」
変わり果てたその姿に、もう威圧感も畏怖も一切感じなかった。
「…俺に生き延びる術を教えてくれた事には感謝してる。生きてアイツにも会えた。だが、アンタとはもう二度と会うことはない」
アンタの望んだ心を持たない人形。暗殺者ルークは今夜アンタと共に死ぬ。
これが、ルークとしての最期の仕事だ。
「さよなら、ボス」
「待っ――!!」
返り血を浴びぬよう一瞬で背後に回り、その胸に刃を突き立てた。
「さよならルーク」
俺はレイと生きる。
その為に邪魔になるものは要らない。
突き立てたナイフから手を離し、顔を上げればそこには…
カツン、と靴音を鳴らし部屋の中へ入って来るレイがいた。
「寝てたはずじゃ…」
「お前がいなくなるまではな」
ナイフに、血の付いた手。何をしていたかなんて一目瞭然で。
レイは俺の側で立ち止まると、血で汚れた俺の手を両手で包み込んだ。
「後悔、してるか?」
「…してない」
きっぱりそう答えた俺にレイは口端を吊り上げて笑った。
「そうか」
「レイ…?」
不思議に思って名を呼べば次の瞬間、俺は強く手を引かれ腕の中に抱き締められていた。
「ごめんなナギ、…ありがとう。俺を選んでくれて。お前は俺が幸せにする。お前の居場所はここだ」
強く胸の中に抱かれ、耳元に寄せられた唇が甘く言葉を紡ぐ。
「うん。…俺の生きる場所はレイの側だけだよ」
愛しいと告げる眼差しに頬を染めながら、俺も想いを口にした。
そして、近付く距離にソッと瞼を伏せる。
「今も昔もこの先もずっと愛してるナギ、お前だけを…」
「俺も…レイだけだよ」
交わる吐息が、俺にもう独りじゃない事を教えてくれた。
この先何が起ころうと、二人が離れる事はもうない―。
[ASSASSIN end.2009/11/11]
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