廻る輪廻
ぽぅと灯る淡い光。ぬるく吹いた風がその淡い光を今にも消さんと儚く揺らす。
星も月も無い、暗い夜の中で彼の人は口端を吊り上げ笑う。
“泣くな、安心して眠れねぇだろ。…笑え、ヒビキ”
頬に触れた冷たい手が溢れる涙を拭う。
“っ、笑えるかよ!…嫌だ、俺を置いて逝かないでくれっ!”
その手を汚す深紅の血が自分の物だったらどれほど良かったか。
“そりゃ無理だ…”
“ジン!”
“…だがな、俺は欲張りなんだ。死んでからもお前を手放すつもりはねぇ”
紅く、燃えるように紅い瞳とは裏腹に頬に触れていた熱のない手が力なく落ちていく。
“っ、ジン!嫌だ、待て!”
“良く…覚えておけ…ヒビキ”
未来永劫、輪廻が巡ろうともお前は永遠に俺のモノだ。
“ジン――っ!!”
悲痛な叫びが心を締め付ける。彼の人を抱き締めたまま、…後を追い、俺もまた目覚めることの無い長い眠りについた。
「ジ…ン…っ、…はっ」
そこでいつも途切れる夢。
気付けば頬を濡らす涙。
何度止めようとしても、俺の意思とは関係無く両目から溢れ落ちる。
「また、あの夢か…」
くしゃりと、額に落ちてきた銀の髪を掻き上げる。
すると露になる切れ長の鋭い蒼の瞳。銀の髪も蒼の瞳も生まれつき持っていた色で、周囲が厭おうとも何故か隠そうとは微塵も思わなかった。
それは全寮制の男子校という外界から切り離された空間に放り込まれた今でも変わらない。
一月前に購入したばかりの真新しい制服を着て、人気の無い寮内を歩く。
「………」
始業の鐘は一時間も前に鳴り、寮に人が居ないのは当たり前だった。
そんな中、寮を出て校舎へ向かう俺も当たり前になっていた。
この学校へは好きで入ったわけじゃない。
それでも足は、割り振られた一年F組へと向かう。
通り過ぎる他クラスの教室から、様々な感情を乗せた視線が横顔へ突き刺さるのを感じながら廊下を進む。
「氷の貴公子様の御登校だ」
「今日も格好良い〜」
それらを無視して今日もまた無意味な一日が始まる。
遠慮も何も無く教室の前扉を開けば教師の冷ややかな目。
「またお前か、菅谷 響(スガヤ ヒビキ)」
クラスメイトからは好奇の視線が向けられる。
入学式を欠席し、初日の授業をサボり、一度も朝からまともに登校したことのない俺がそんなに気になるのか。
恒例となった教師の嫌みを右から左に聞き流し、窓側の一番後ろの席に着く。
「……ジン…か」
教壇に立つ教師の声に掻き消されるぐらいの小さな声でその名を呟けば疼く胸。
“会いたい”
この学校へ入学してからあの夢を見る回数が増えた気がする。
お陰で朝は目を冷やしてからではないと到底人前になど出られない。
この胸を締め付ける程切なく愛しい想いは日々強さを増し、俺を狂わせる。
「“どうして側にいないんだ”」
苦しくて恋しくて胸が焼けつきそうなほど強烈に俺は…夢の中の彼の人を求めていた。
ぴくりとペンを持つ右手が止まる。書面に落としていた顔を上げ、まるで何かを探すように視線をさ迷わせた。
「…会長?どうかなさいました?」
その様子に、副会長席に座っていた生徒が声をかける。
しかし、返ってきたのは鋭い眼差し。生まれつき紅い光彩を放つ瞳。漆黒の髪に交じるひと房だけ紅い髪も生まれつきだ。
手にしていたペンを書面の上へ転がし席を立つ。
「少し休む」
「はぁ…、それは構いませんが」
止められた所で聞くはずもない言葉を背に、生徒会室から繋がる仮眠室へと姿を消した。
後ろ手に仮眠室の鍵をかけ、男二人は余裕で眠れるであろうベッドに腰を下ろす。
元から緩めに締めていたネクタイを乱暴に右手で引き抜き、胸元を寛げると内に隠った熱を吐き出した。
「ふぅ…」
そっと瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がるその姿。
「近くにいるのか…?」
幼い頃から繰り返し見る夢がある。
それは何処とも知れぬ場所で、ヒビキという名の少年と俺が笑い合っている夢。どこへ行くにも一緒で、俺はその少年がとてもとても大切で…愛していた。
今も変わらず。
けれど俺はヒビキを置いて逝ってしまった。
あの泣き顔が脳裏に焼きついてしまったかのように頭から離れない。時が経つに連れ気持ちは焦るばかりで。
「まだ泣いてるのか?」
蒼い瞳から溢れる滴に唇を寄せ、泣くなと囁き、この腕の中に抱き締めたい。
抱き締めて、もう二度と離さない。
“ヒビキ…”
日々降り積もる想いが熱を加速させる。愛しい、恋しいと心が欲する。
想えば想うほど内に宿った熱がこの身を焦がし、心が会いたいと哭く。
「たとえ輪廻が巡ろうとも…」
ゆっくりと瞼の下から現れた切れ長の鋭い紅い瞳が爛々と輝く。その強き想いが遠き日の中で告げたのと同じ台詞を口から溢れさせた。
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