02
それから自宅へ着くまで修吾は一言も口を開かず、俺を腕の中に抱き締めたままだった。
どうしたんだよ修吾?俺がいない間に何かあったのか?
どうしたらいいんだと悩んでいるうちに車は自宅へと着き、修吾に手を引かれて俺は車を降りた。
「あの、羽崎さ…修吾?」
そして、無言のまま俺は修吾の部屋へと連れていかれた。
ソファーへ座らされ、修吾は何やら鍵の付いた机の引き出しを開けている。
「修吾…」
その様子に声をかけるも返事は返らず、俺はだんだん不安になってきた。
心配かけて、更に迷惑までかけて。いくら修吾が頼れって言ってくれたからって何やってんだ俺は…?秘書としても主の修吾に仕事を抜け出してまで来てもらうなんて…。秘書失格だな。
呆れられたかも。
気づけば修吾の顔を見れなくなり俯いてしまった。
その耳にカタリ、と音が入り修吾が俺の前に立つのが分かった。
「呉羽、左手出せ」
「…何で?」
「いいから」
出さないでいると焦れた修吾がグイと俺の左手を強引につかんで持ち上げた。
「しゅう…」
修吾、何をと口を開きかけ俺は固まった。
ヒヤリ、と冷たい金属が薬指を通る。
「これは…」
「虫除けだ。今日みたいな事が起こらねぇようにな」
そう言って修吾は填めた指輪に唇を寄せた。
チラと視線だけ上げればそこには愛しそうに指輪に口付けを落とす修吾がいて、瞬時に俺の顔に熱が集まる。
やばいっ。なんて顔するんだよ。
俺はますます顔を上げられなくなって俯いたまま修吾から左手を取り返す。
「あ、ありがとな。何か俺、修吾に迷惑ばっかかけてて情けな…」
「なぁ、呉羽。俺は自惚れてもいいのか?」
俺の言葉は最後まで紡げず修吾に遮られた。
え、と聞き返す前に膝を折った修吾にまたしても俺は抱き締められた。
「俺が見合いをするって勘違いした時お前泣きそうな顔して、そうじゃねぇって知ったら安堵したよな。さっきお前を迎えに行った時なんか安心したように俺に微笑んでさ」
俺そんな顔してたのか!?
修吾の腕の中で俺は動揺を隠せず更に顔を赤く染めた。
「俺、嬉しかったんだぜ。お前が俺を好きなんじゃないかって思って」
「…そ、れは…その」
修吾の吐息が耳にかかる。
「俺はもうずっと前からお前が好きだった」
そして、熱い吐息と共に熱っぽい声が耳に流し込まれた。
「呉羽は?」
「俺は…」
でも修吾は俺なんかじゃなくちゃんとした女の子と…。
そう答えようとしたところで修吾に先手を打たれた。
「俺はお前の本当の言葉しか欲しくねぇ。家の事なんてどうだっていい。呉羽、俺を選べ」
ぎゅっと背に回った腕に力が込められた。
こんなにも想われて、嬉しくない筈がない。
だって俺は…。
見ない振り、考えない振りをしてきた心はもう誤魔化せそうにない。
俺は瞼を伏せて自ら修吾の背に腕を回した。
「俺も…好き…」
小さな声でポツリと沈めてきた想いを解放した。
「呉羽っ」
すると痛いくらい強く抱き締められ、唇を塞がれた。
「んっ…は…ぁ…」
「愛してる、呉羽」
くたっ、と力の抜けた体を修吾に支えられ俺は頬を赤く染めた。
「初キスでディープかます奴があるかっ」
顔を修吾の胸に押し付け恥ずかしさをまぎらわす様に文句を口にしてみた。
けど、修吾は更にその上をいった。
「ぜってぇ幸せにする。だから…」
左手をとられ、指輪を填めた薬指に修吾の唇が触れる。
体を少し離し、修吾が俺の目を真っ直ぐ見つめた。
「お前の未来は俺がもらう」
心臓がばくばくと鼓動して俺の顔は一気に熱くなった。
「〜っ、年下の癖に生意気です!」
「何を今さら。始めから俺はこんなんだったろ?」
少年の様に嬉しそうに笑った修吾に俺の胸がまたドクリと高鳴った。
あぁそうだった。俺についてくればいい、なんて可愛げもなく言われて俺はついて来たんだ。
きっとその時から俺は修吾に捕まっていたのかもしれない。
だからってあっさりとは認められない。俺にも年上としてのプライドがある。
俺は赤い顔のまま修吾に口付けられた指輪に自らの唇を寄せた。
「これは婚約指輪として貰っておきます」
プロポーズはまたいつか結婚指輪を用意してからにして下さい。
これぐらいの意地悪は許されるだろ?
「分かった。じゃ、買いに行くか」
「え?」
「結婚指輪。式は海外で挙げような」
しかし、修吾にはまったく通用しなかった。
逆ににっと男らしい顔でそう告げられて俺の方が完全に陥落した。
「〜〜〜っ」
「呉羽可愛い過ぎ」
口元を手で押さえて顔を反らした俺に修吾が柔らかく笑った。
その夜、俺と修吾の左手薬指には同じ指輪が輝いていた。
09.05.21(完)
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