Dお前の未来は俺がもらう


side 呉羽


修吾の宣言から三日、俺はいつも通り修吾と共に会社に出社し、秘書室にて仕事をこなしていた。

「そろそろ休憩でも入れますか」

室内に設置されている時計に視線をやり、朝、執務室で書類と向き合っていた修吾を頭の中に思い浮かべ俺はクスリと笑った。

「そろそろ飽きて机に突っ伏してる頃かな」

トントン、と処理し終えた書類を揃え引き出しにしまう。

そして、秘書室を出ようとした所で机の上に置かれている電話が鳴った。

修吾か?

「はい、秘書室ですが?」

『―――――』

「分かりました。すぐ行きます。はい、失礼します」

カチャ、とフックを押して通話を切り、静かに受話器を元に戻した。

修吾にはもう少し頑張っていてもらうか。

俺は秘書室を出て、向かう先を修吾のいる執務室から会長室に変更した。

―コンコン、と軽く二度ほどノックをして中に声をかける。

「呉羽です」

中から入りなさい、と威厳のある渋い声が返り、俺は一言失礼しますと頭を下げて室内へ入った。

室内には俺を呼び出した張本人、修吾の父親であり俺の恩人でもある羽崎 政信(マサノブ)がよく来た、と朗らかに笑う。

そして、その後ろには当然のように彼の秘書が控えていた。







side 修吾


机に右肘を付き、室内にある置き時計に視線をやる。

それから一向に開かれることのない扉へその視線を移す。

「遅い…」

いつもなら呉羽が来て休憩にしましょう、とお茶をいれてくれる時間だ。

しかし、その時刻はとうに過ぎていた。

待ちきれなくなった俺は机に設置されている受話器を手に取り秘書室へとかけた。

が、コール音が鳴るばかりで会いたい相手は出ない。

「チッ、いねぇのか?」

今日は呉羽に外出予定はないはずだし。

およそ丁寧とは言えない手つきで受話器を置き、俺は椅子から立ち上がった。

そしてその足で秘書室へ向かったのだが、目的の人物は何処にもいなかった。

「俺に無断で何処行ったんだ?」

一度執務室に戻るか、と俺は踵を返す。

そこへ、待って下さい!と女性特有の高い声がかかった。

声のした方へ振り向くとそこには見覚えのある女性が肩で息をしながらこちらへ向かってくる所だった。

「貴方はたしか案内係の…」

「はい。羽崎様に覚えて頂いてるとは光栄です」

彼女が誰かを認識して脳ミソが仕事モードに切り変わる。

「それで、そんなに慌ててどうした?」

「あ!そうでした!先程、呉羽様が出掛けに私共の所へ参りましてコレを至急羽崎様に渡して欲しいと」

そう言って彼女は小さく折り畳まれた紙を俺に差し出した。

小さく折り畳まれた紙を開けば、呉羽にしては些か雑な字で会員制の料亭の名が走り書きされていた。

「これは!」

まさかとは思うが…、俺の頭の中に四日前の会話が過る。

「それと、呉羽様とは別につい数分前まで政信様がこちらに…」

彼女の台詞に俺の予想が確信に変わる。

あっのクソ親父!

グシャと手の中にある紙を握り潰し、急いでこの手紙を持ってきてくれた彼女に礼を言って別れる。

足早にエレベーターへ向かいながら携帯を取り出し、車を玄関に回しておくよう指示を出す。

そして、エレベーターに乗り込み、一階を押して壁に背を預けた。

一度落ち着くように息を吐き出し、静かに目を閉じる。

「呉羽、お前は俺の秘書だろ?なら俺の側から離れるな…」

黙って行かず、俺にその事を教えてくれたのは嬉しかったけどな。信頼されてる証のようで。

ポーンと一階に着いたのを合図に扉が開き、俺は瞑っていた目を開けてしっかりと前を見据えて足を踏み出す。

公私共に俺にはお前が必要なんだ。

何だかんだ言いながらいつだって俺を、羽崎 修吾である前にただの修吾として見ていてくれるお前が。

「待ってろ呉羽」

運転手に行き先を告げれば車は滑るように走り出した。







side 呉羽


会長室に呼び出されたと思えばいきなり連れ出され、料亭へと連れてこられた。

俺の目の前にはテーブルを挟んで黒髪を背に流した小柄な女性とその隣に東陽。

そして俺の隣には何故か政信様。

考えたくはないがこれは例のお見合い、というやつなのだろう。

「羽崎様、このような場を設けていただきありがとうございます」

「いやいや。呉羽も仕事ばかりでなくそろそろ好い人を見つけるべきかとちょうど私も思っていたところで」

にこやかに交わされる会話の横で俺は仕事用の笑顔を顔に貼り付けて、心の中では別の事を考えていた。

咄嗟に走り書きをした紙は修吾に届いただろうか?

任せると言った以上頼りにしてるからな修吾。

「……ですか?」

「えぇ。今は羽崎様の元で…」

女性の方から話しかけられ俺は失礼にならないよう一つ一つ丁寧に笑顔で答えていく。時折こちらからも質問を重ねながら。

それは第三者から見れば良い雰囲気に見えた。

そんな二人の様子を東陽はにこにこと笑顔で、政信はどこか見守るような暖かい眼差しで見ていた。

お見合いが始まって三十分が経過した頃、障子の向こう側、廊下が騒がしくなった。

荒々しい足音と女性の引き止めるような甲高い声が徐々にこちらへ近づいて来ているような気がする。

「何事でしょうか?」

邪魔が入ったとばかりに笑顔を引っ込めて言う東陽に、不思議そうに首を傾げた女性。

どこか愉快そうに笑みを深めた政信に、迎えが来たと自然と安堵した俺の視線が廊下に面した障子に向けられた。

スパン、と勢いよく開かれた障子の向こうから予想に違うことなく修吾が現れた。

「なっ!」

驚きを露にする東陽親子、特にその親へと視線すら向けずその手前に座っていた女性に視線を向けると修吾は鋭い眼差しを和らげ微笑んだ。

「失礼。私は呉羽の主人の羽崎 修吾と申します」

仕事用の顔でそう告げた修吾に、女性は僅かに頬を染めて自らも名を告げた。

修吾がどうするのか見守る姿勢でいた俺は、修吾が乱入してきてから一度も言葉を発さない政信が気になって横目でチラッと見た。

東陽が話を振ってきたとはいえ、セッティングしたのは政信だ。

怒っているのかと内心冷や汗をかきながら政信を見るも政信はどこか満足そうに、もっというなら悪戯が成功した後に見せるしてやったり的な笑みをその顔に浮かべていた。

「単刀直入に申しますとこのお話なかった事にして頂きたい」

「何をっ!」

頬を染めながらも冷静に何故ですか?と問う女性と声を上げる東陽。

修吾は東陽を無視して続ける。

「このお話を頂いてから呉羽と話し合いを重ねた結果、彼はまだ結婚について考えていないと私に言いまして。本来ならこの場で彼自身の口から申し上げるべきなのですが彼はどうも私達に遠慮しているようで…」

苦笑気味に肩を竦めた修吾の視線が俺に向けられる。

次いで女性がそうでしたの?と困ったように問いかけてきた。

俺はその話に合わせるように歯切れ悪く頷いた。

「えぇ、まぁ…」

「ですから貴女には大変申し訳ないのですがこのお話はなかったことに。それに貴女の様に可愛らしい方ならお見合いなど為さらずとも素敵な方に出会えると思いますよ」

にっこりと微笑み、畳み掛けるように口を開いた修吾は座布団に正座していた俺の腕を掴むとグィと立たせ、引っ張る。

「では仕事がありますので失礼します。…呉羽、行くぞ」

腕を引かれ、部屋を出る時に背後をチラリと見やったが女性が気分を害した様子はなかった。

むしろ頬を染めてポーッとしていた。

修吾の仕事用の笑みに落とされたな。

俺は自分の前をずんずん歩く修吾の背にため息を一つ吐いた。

それから料亭を出た所に停車していた車に乗せられた。

バタンとドアが閉められ、運転手が車を発進させる。

「自宅へ向かえ」

「え?会社じゃ…」

てっきりそのまま会社へ戻るのだと思っていた俺は修吾の告げた行き先に驚いた。

「文句あるのか?」

「いえ…」

「じゃぁいいだろ」

急に不機嫌になったと思ったら今度は抱き締められた。

「え?」

ぎゅうっと抱き締められ、修吾の顔が肩に埋められる。

「ちよっ!?羽崎さ…!」

「良かった…」

肩口から僅かに聞こえた消えそうなその声に俺は抵抗するのを止めた。



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