@俺についてくればいい


「俺についてくればいい」

そう言われたのはいつだったか、もう随分前の事になる。

高校生の時、両親を事故で亡くし、親戚もいなかった俺はどういうワケか父親の勤めていた羽崎財閥総帥の元に引き取られた。

そのまま高校にも通わせてもらい、大学を卒業。俺は恩返しをするべく今現在、羽崎財閥で秘書として働いていた。

「それで、この後の予定ですが…」

ペラリ、と予定の書き込まれた手帳を捲る。

「呉羽」

「はい、何でしょう?」

呉羽とは俺の名前だ。本名、呉羽 亮。今年で25歳。

「いい加減敬語やめろ」

ジロリ、と睨まれるがそれは立場上無理だった。

「出来ません。貴方は羽崎財閥総帥で私は貴方に遣えるただの秘書にすぎませんから」

そう、俺の目の前にいるのが俺がただ一人遣えるべき主、羽崎 修吾。

今年で18歳の現役高校生にして最年少で羽崎財閥総帥の座についた男。

また、数多いる秘書の中から、俺を自分の秘書にと選んだ男だ。

俺についてこい、と言ったあの言葉も目の前の男が俺に言ったものだった。

大学卒業後に、当時の総帥の手により中学生だった修吾に引き合わされた。

その時の俺は、当然総帥の下で働くと思っていたので修吾に出会って、後数年したら修吾の元で働いて欲しいと言われた時には物凄く困惑した。

しかし、総帥と同じ強い瞳の輝きを灯した目で、力強くついてこいなんて言われてしまえば俺は頷くほかなかった。

それを今、修吾が覚えているかどうかは分からないがきっと忘れている。

あんなただの一言。

俺はコホン、と一つ咳払いをして、先程の続きを述べる。

「この後、二時からは東陽財閥の東陽 卓(トウヨウ スグル)様と面会予定となっております」

「あぁ、あのジジィか。用もねぇのにアイツも暇人だな」

「羽崎様、口は慎んだ方がよろしいかと」

この部屋には俺と修吾しかいないが油断は禁物だ。いつ誰に何処で聞かれてるか分かったものじゃない。

「そうは言っても本当の事だろ。それと、東陽との面会に呉羽はついて来なくていいからな」

「何でですか?」

いつもなら一緒について行き、側に控えているのだが。

修吾はしばらく考える素振りを見せたが返事は変わらなかった。

「とにかく着いてくるな」

「…分かりました」

理由は聞けなかったが、修吾なりに何か思う所があるのかもしれない。

俺は椅子から立ち上がった修吾に着いて行き、扉を開く。

「おやぁ、これはこれは羽崎様。何時もお世話になっております。こちらの秘書の手違いでちょっと早めに来すぎちゃいましてねぇ」

執務室から二階にある応接室に向かおうとした途中で、案内係の女性に連れられた東陽が正面からやって来た。

「呉羽、お前はここまででいい。戻ってろ」

「はい」

小声でそう言われ、俺は前からやって来た東陽に会釈だけして下がらさせてもらう。

俺が言われた通り元来た道を戻ろうとすれば背後から東陽が声を掛けてきた。

「おやぁ、呉羽さんは何処へ?御一緒しませんか?」

俺はちらり、と振り返り申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「申し訳御座いません。お申し出は嬉しいのですが他にまだやらなければならない仕事がありまして…」

そう返せば東陽は残念そうな顔をした。

「そうですか」

「えぇ、申し訳御座いません」

俺は後の事を案内係の女性に任せ、お辞儀をしてその場を後にした。



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