学園のルール


時期外れの編入生。
生徒が集まる食堂で、
我等が会長 高至 泰牙(コウシ タイガ)と編入生がキスをした…。


―学園のルール―



澄み渡る青空。
カシャンと、背中がぶつかり音を立てる金網。
ぎりぎりと締め上げるよう両手で掴まれた胸ぐらに、触れれば切れそうなほど鋭い眼差し。
普段クールな男がその冷ややかな瞳に熱を宿し、射殺さんとばかりに睨み付けてくる。

その様子に…心の底から笑みが溢れた。

「ククッ、天下の風紀委員長様がこんなことしていいのか?」

「るせぇ、黙れ」

ぎりりと更に締め上げてくる腕に苦しそうな表情一つみせず、泰牙はゆるりと口角を上げた。

それが気にくわなかったのか剣呑な雰囲気を纏う風紀委員長、榎木 智也は胸ぐらを掴んでいた右手を離すと拳を握る。
そして、僅かな迷いも感じさせない鋭い拳が泰牙の顔面目掛けて繰り出された。

―ガシャン

「っと…あぶねぇな」

しかし渾身の一撃は体を捩って回避した泰牙の頬を掠めるだけに終わる。

「避けるな」

再び臨戦態勢に入った智也を見て、泰牙は浮かべた笑みを引っ込めた。

「本気か?」

「知ってるだろ。俺はお前と違って冗談は好きじゃない。…だから、これで終わりだ」

ぐんっと胸ぐらを掴んでいた腕を力任せに引き寄せ、体勢を崩した泰牙の腹に智也は持ち上げた左膝を埋める。
だが、それよりも先を読んでいた泰牙によって智也は膝を上げる前に体を密着させられ、足技を封じられた。

「っ、…」

「それこそ冗談だろ。まだ、いや、永遠に終わらせやしねぇぜ」

智也の腰に腕を絡め、泰牙が耳元で囁く。緩むことのない鋭い眼差しが泰牙を睨み返し、噛み締められた奥歯がきりっと鳴る。

「どの口がほざく」

「恋人の言葉を信じられねぇのか」

「言った筈だ。少しでも余所見をしたら別れる」

俺はお前が俺以外の奴に触れるのも嫌いなら、お前が俺以外の奴に触れられるのも嫌いだ。
それを、あろうことかお前は俺の目の前で、俺以外の奴に触れた。

それが独占欲からくる感情だと智也は正確に理解している。理解しているからこそ、泰牙の行動が許せなかった。

焼き殺されてしまいそうなほど熱くて鋭い眼差しに、泰牙は智也を抱く腕に力を込めるとその耳元で甘く囁く。

「余所見なんてした覚えはねぇ。俺にはお前だけだ」

「嘘を吐くな」

「吐いてねぇ。俺がお前以外に触れるわけがねぇだろ。食堂の件は寸止めだ」

「…何の為に?」

緊迫した空気を他所に泰牙はさらりと智也の髪をすく。手触りの良い黒髪に鼻先を埋め、泰牙は答えた。

「俺の為に。アイツ、食堂に現れたお前に見惚れてやがったんだぜ」

「………」

「危険な芽はさっさと摘むに限るだろ?」

「…それで今度はソイツがお前に惚れたらどうする?」

予想していた問いに、泰牙はクツリと笑みを溢す。

「どうもしねぇ。俺の恋人はお前だけだ智也。俺が愛してんのはお前だけだ。あんな奴眼中にねぇし、相手する気もさらさらねぇよ」

ジッと見据えられていた視線が和らぎ、泰牙は智也の目元に口付ける。

「…お前の親衛隊が動いたらどうするつもりだ?」

「それこそ好機だ。助けてやるっていう大義名分で奴を他所の学校に放り出せる」

頬へと下りてきた唇が熱い。それとは裏腹に冷静さを取り戻した智也は泰牙を見つめる瞳に笑みを含ませ、返した。

「酷い生徒会長が居たもんだな」

「クッ、そうさせてるのはお前だぜ?風紀委員長様」

低い笑い声を漏らした唇に、下から唇を押しあてる。

「それはお互い様だ」

誰にも譲れないものがある。それは人だったり物だったり、目には見えないもの。

二人にとって譲れないものが何なのか、交わされる熱い視線を見れば言わずとも知れた。

「俺だけを見てろ智也」

「お前こそ。…俺だけを愛せ」

「嬉しい我が儘だな」

絡んだ視線が熱を孕み、どちらともなく唇を重ねる。
互いに奪うように与えるように、唇を割り侵入してきた舌を絡める。
くらくらと、吐息さえも奪う熱い口付けに酔わされ智也の唇から甘い声が漏れた。

「ンッ…ぁ…」

飲み込みきれなかった唾液が口端を伝い、緩く開いた首元のシャツに落ちる。

「は…っ…智也」

「ン…は…ぁ…」

カシャンと、泰牙が背にしていたフェンスの音とは別にギィと鈍い音が屋上に響く。
瞳を潤ませ、泰牙に身を預けたまま智也はちらりと屋上と校舎内を繋ぐ鉄製の扉に視線を向けた。

「はっ、アイツ…お前の後…付けて来たみたいだな…」

冷めやらぬ熱を声に宿したまま告げた智也に泰牙は扉に視線すら向けずクツリと皮肉混じりに笑う。

「身の程知らずが。見せつけてやればいい。お前は俺ので、俺はお前のものだってことを。…智也」

「…っ…ぁ泰牙」

ふっと耳に吹き込まれた熱い吐息に意識を奪われ、胸元に回された泰牙の指先がシャツのボタンを外す。容易く侵入を許した素肌の上を悪戯に指先が這い、智也の身体を更に熱くしていく。

「智也…」

「…っ…ンッ」

泰牙の腕の中で熱を帯びた吐息を溢しながら智也も震える指を伸ばして、泰牙のシャツのボタンを外した。
そして、シャツの下から現れた引き締まった筋肉に指先を這わせ、智也は心臓の真上に唇を寄せて赤い華を咲かせる。

「ククッ…、好きだなお前そこに痕付けるの」

「嫌じゃ…ないだろう?」

胸へのキスは所有の証。

泰牙は智也の問いに喉の奥で笑うと智也の胸元に顔を寄せ、自身の胸に付けられたのと同じ赤い華を智也の胸にも咲かせた。

「嫌どころか大歓迎だぜ」

「なら、消えたらまた付けてやる」

吐息の触れる距離で睦事を囁くように智也は艶やかに笑い甘い言葉を吐く。

「いや…、それなら消えねぇぐらい何度も重ねればいい」

そう何度も、何度も。

持ち上げられた泰牙の指先が智也の唇をなぞり、色気を滲ませた熱い眼差しが智也の心を射抜き、その身を絡めとる。

「名案だろう?」

瞳を覗き込まれ告げられた台詞に智也はクッと喉を鳴らして嬉しそうに瞳を細めた。



そこには初めから何人足りとも入り込む隙はなかった。
既に二人の頭の中から編入生の存在は消え去り、二人は変わらない日常を堪能する。

目の前に立つ存在を愛し、愛される日々を誰にも邪魔されることなく過ごす。

この学園の生徒会長と風紀委員長の逆鱗に触れたものに平和な学園生活はない――。



END.



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