Aお前は俺のモノ
あの日から三日、俺は刹那を避けている。
いや、誰だってあんなことをされれば逃げるだろ?
放課後の生徒会室、俺は副会長席に座り、来週執り行われる生徒総会の資料を作っていた。
今、この部屋には俺と書記の一年一人しかいない。
「竜樹先輩、溜め息ばかり吐いてどうしたんです?」
「え?…俺そんなに溜め息吐いてたか?」
はい、と後輩に頷かれ俺はそのことに初めて気付いた。
「もしかして刹那先輩と喧嘩でもしたんですか?」
「…っ、何で俺が刹那と」
間近で囁かれた低い声を思い出してしまい、自分の頬が熱を帯てくるのが分かる。
「だって、竜樹先輩ここ数日刹那先輩と目を合わせようともしないし、避けてるのがあからさまですよ?」
「………ぅっ」
そんな分かりやすかったのか…。
「喧嘩したなら早く謝った方がいいですよ?」
「……おぅ」
俺だってただの喧嘩だったらとっくに謝っている。
大体刹那に勝てる奴なんてこの学園にいやしない。
俺はそこまで考えてまた一つ溜め息を溢した。
何で俺が毎日刹那の事で悩まなくちゃいけないんだっ。
それに、あんなの刹那の悪い冗談に決まってる。
「うん、もう忘れよう」
俺はふるふると左右に首を振って刹那の事を頭の中から追い出した。
何て事が出来る筈もなく、生徒会室に入ってきた刹那を、総会の資料を作っているフリをしながらチラリと盗み見た。
制服を着崩し、片手をズボンのポケットに突っ込み、だるそうに前髪を掻き上げる刹那は男の色気を漂わせていて、男の俺から見ても相変わらず格好良かった。
って、違うだろ俺!!
視線を資料に戻し、バクバクと脈打ち始めた鼓動に、俺は無意識の内に服の上から胸元を抑えていた。
だから、刹那が俺をジッと見ていたことに気付かなかった。
「刹那先輩、来週の総会に使う会場は第一体育館でいいんですよね?」
書記の一年が生徒会長席に座った刹那の元へ行き、確認をとる。
それに刹那は机の上に置かれた数枚の紙を手に取り頷く。
「あぁ。第二は中等部の連中が使うみてぇだからな」
「じゃぁ、僕今から第一体育館の使用許可もらってきます」
くるりと向きを変え、部屋を出て行こうとした後輩を俺は慌てて引き留める。
「待って!!悪いんだけどこの資料コピーしてきてくんない?」
出来上がったばかりの総会の資料を、そう言って手渡す。
「分かりました」
後輩は俺から資料を貰い受けると、小声で、刹那先輩とちゃんと仲直りして下さいね、と余計な一言を残して出て行った。
そうだよ、後輩が出てったらこの部屋は俺と刹那だけになる。
自分で印刷しに行った方が良かったんじゃないか、なんて今更思っても遅いか…。
とりあえず今出ていくのも不自然だし、俺は飲み物をいれに、室内に設置されている簡易キッチンに立つ。
カップを二つ棚から取りだし、紅茶をいれる。
それをトレイに乗せ、一つを自分の席にもう一つを刹那のテーブルに運んだ。
「…後で総会の資料に目通して下さいよ」
俺は視線をカップに落としたままそう言った。
「竜樹」
「…なん、ですか?」
「顔上げろ」
「嫌だ」
なんでだか今の顔を刹那に見られたくない。
俺の意思とは勝手に心臓はバクバクいってるし、何より顔が熱い。
どうしちゃったんだ俺?
顔を上げない俺に焦れたのか、刹那は椅子から立ち上がり俺の顎を乱暴に掴み持ち上げる。
「――痛っ、何すんだよっ!!この前といいワケわかんねぇことすんな!!」
思考はこの前からぐちゃぐちゃで、刹那に触れられた途端ドクリ、と高鳴った胸が苦しくて、もう自分でもどうしようもなくて俺は刹那を睨みつけた。
「竜樹、お前…」
そんな俺を刹那は呆然と見返してくる。
その反応に俺の方が戸惑いを覚えた。
「せ、つな?」
だが、それも一瞬で俺の視界はあっという間に塞がれた。
口付けと共に。
「…んんっ!!」
深い口付けにより、情けなくも腰砕けになった俺を刹那は抱き上げ仮眠室に向かう。
どさり、と俺は真っ白なシーツの敷かれたベットに降ろされ、刹那は仮眠室の扉に内側から鍵を掛ける。
俺は正常に戻ってきた呼吸をしながら、いきなりキスなんかしてきた刹那を怒鳴りつけた。
「…っ、どういうつもりだよ!!」
「お前こそどういうつもりだ?飯山に東海林の野郎、最近アイツ等とよく一緒にいるな?」
刹那はベットに仰向けに転がる俺に覆い被さり、両手足を封じるように抑え付け、上から見下ろしてきた。
「それが、何?刹那には関係…」
ない、と言う言葉は続けられなかった。
「俺には関係ねぇ…、か?」
口端を吊り上げ笑う刹那に俺はゾクリ、といいしれぬ恐怖を感じた。
その震えが伝わったのか刹那は愉快そうに瞳を細める。
「くくっ、俺が怖いか?」
「誰がっ!!」
俺はつい反射的にそう返してしまった。
本当は怖いに決まってる。
でも、一番怖いのは俺を組み敷く刹那ではなく、俺自身だった。
心臓は煩いくらいなっているし、刹那に抑えられている手からじわりとした熱が体全体に広がり、頭がおかしくなりそうだった。
抵抗しろと叫ぶ俺の意思に反して、心が、体が、刹那に触れられる事を歓喜している。
自分の感情がよく分からない。
俺の両手を頭上にひとまとめにし、片手を自由にした刹那は俺の顎を掴み、顔を近付けてくる。
「……っ」
反らしたくても反らせない視線を感じて、俺は羞恥に頬を染めた。
「抵抗しねぇのか?」
吐息が触れ合うくらいの距離で囁かれ、俺ははっとしたように抵抗し始める。
しかし、まったくびくともしない。
「くくっ、俺からは逃げられねぇがな」
クッ、と瞳を細めて笑う刹那を俺はキッ、と睨みつけた。
「離せっ!!」
「もう遅い」
「…んんっ!?…んっ…ぁ…ふぁ…」
吐息すら奪うような激しい口付けに俺は抵抗する気力も一緒に奪われた。
アツイ…
あつい…
熱い…
刹那に触れられたところから熱が体内に侵入し、俺の中をどろどろに溶かしていくようだ――。
「…ぁ…ぃや…ぁあっ…」
「嫌じゃねぇだろ」
かすれた、色気を含んだ声が俺の耳元で笑う。
そして…、
「…はっ、ぁあ…ぁ…せつ、なぁ…ぁあ――」
「……くっ」
「はぁ…ぁ、…んっ…」
最奥にたぎるような熱を感じながら、俺の意識は遠のいていく。
「…せ…な」
「お前は俺のモノだ」
ふわり、と体を包みこむような心地良い熱に身を委ね、俺の意識は沈んだ。
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