02
その日、風紀委員長の吉見は度重なる疲労と睡眠不足、栄養失調で風紀室内でばたりと倒れた。
「委員長っ!」
吉見は委員達の手ですぐに保健室に運ばれたが、体調があまり思わしくなくそのまま即入院と相成った。
そして、時を同じくして校内では生徒会役員と秋が問題児と言われる不良集団に囲まれていた。
「何ですか貴方たちは!退きなさい!」
顔を青ざめさせながらも毅然と言葉を紡ぐのは副会長だ。
「はははははっ!退きなさいだってよ?馬鹿じゃねぇのコイツ。立場分かってねぇのかよ」
可笑しいと一人が笑えば、秋達を囲む不良集団が次々と笑う。
周囲にも他に生徒はいたが誰一人助けようとはしなかった。
「あの会長様もいつの間にかいなくなっちゃったし、俺達つまんなかったんだよねぇ」
狂気の色を宿して笑う不良に役員達は息を呑む。さすがの秋も異様な雰囲気に呑まれてか体を震わせていた。
「っ私たちは何もしてません!恨みなら直接佐桐に――」
「違うなぁ。恨みはアンタらにあんだよ。あんなに手応えがあって面白い会長様を追い出したのアンタらなんだろ?」
「少なくとも会長様は俺達の名前ぐらい知ってたし。喧嘩も超強くて、楽しかったんだよね」
にっこり笑って告げられた言葉にはっとなって黙り込んでいた秋が口を開く。
「友達になりたいならなってやるよ!だからもうこんな真似するなよ!」
「秋っ!」
それに慌てたのは生徒会役員だ。不良達は秋の空気の読めなさに失笑を溢している。
「じゃぁ、サンドバックぐらいにはなってもらおうかなぁ」
「止せよ。ソイツじゃヒョロ過ぎてサンドバックにもならねぇ。一度でジエンドだ」
「かといって他に使い道なんてねぇだろ。どうすっかな」
恐ろしい話し合いに役員達の顔色は青を通り越して真っ白だ。
それでも壊滅的に空気の読めない秋は更に役員ともども自らを窮地に追いやった。
何を思ったのか秋は不良集団の中にいた一人の手を取ると一方的にぶんぶんと上下に振って握手を交わす。
「これで今日から皆友達な!」
「…ん…ねぇ…」
「ん?」
「俺に触ンじゃねぇよ!」
しかしその手はするりと外され、握り締められた拳が秋の顔面目掛けて突き入れられた。
ぽたぽたと拳から血が滴り落ちる。
最後の要、風紀委員長を失った朝陽高校では鎖を解かれた獣が玉座を奪って獰猛に笑った。
少し前、大怪我を負った秋は病院に入院し、その事で秋率いる生徒会と不良集団が衝突した暴力事件は公になってしまった。そして、理事長は理事長でいられなくなり、秋は退院後朝陽高校から逃げるようにして他所の学校へと転校して行った。
生徒会役員もまた学校を移ったりと、目の当たりにした血の惨劇に眠れぬ日々を送り続け、終いには登校拒否になってしまう者もいた。
「何だこれは…」
過度の過労その他諸々で入院していた風紀委員長、吉見が久し振りに学校に登校してきて目にしたものは…。
変わり果ててしまった朝陽高校だった。
生徒会や風紀といった学校を実質支配していた組織が崩壊したことで、底辺にいた生徒達が勢力を増し、朝陽高校は元来の健全な学校としての姿を失っていた。
意を決して校舎の中へと足を進めた吉見の表情は堅く、スプレーやペンキ等で落書きされた廊下の壁、怯えた様に一塊になっている生徒達の姿を目にしてはぶつけようのない怒りを募らせた。
「風紀は何をしているんだ」
自分の居ない間に何があったのかと、吉見は怒りに任せて風紀室の扉を勢いよく開いた。
「っ…!?」
「おぉい!てめぇら風紀がお待ちかねの吉見委員長のご登校だぜ!」
その時になってようやく吉見は己のとった浅はかな行動の結果を目の当たりにすることになる。
「っ、関係のない奴は出て行け!」
そして奇しくもあれだけ嫌っていた藤真が口にした台詞を吉見自身が口にしていた。
「出てけ、だってよ」
げらげらと笑う不良達が不愉快で、脅されでもしたのか青い顔をして吉見にすがるような目を向けてくる委員達。
「貴様らも風紀ならソイツらを追い出すぐらいはしろ!」
待っていれば誰かが何とかしてくれると思っているのか。
吉見は思わず強い口調で委員達を叱責していた。
「…っ、すみません。でも俺達…」
「言い訳はいらない、不愉快だ。貴様らも纏めて出て行け」
冷え冷えと冷めた静かな声音で告げれば、不良達は怖い怖いとちゃかしながら出て行き、委員達は青かった顔を更に青くして風紀室を出て行く。
一人部屋に残された吉見は委員長席にどさりと腰を落とし、強く握った拳を机に叩き付けた。
「くそっ、こんなはずじゃ…!」
その衝撃で机上に積まれていた紙がひらひらと数枚床に落ちたが空を睨み付けていた吉見の目には映らなかった。
「私が佐桐に劣るとでも言うのか?そんなことあるはずがない!私がいれば佐桐など…!」
拳を震わせ様々な思いに囚われていると風紀室の扉が乱暴に開かれた。
「誰だ!私は今忙しい!」
「誰、とはお愛想だなぁ。あぁ?吉見風紀委員長さんよ」
そこには目にも鮮やかな髪色をし、だらしなく制服を着崩した複数の生徒がにやにやと軽薄な笑みを浮かべて立っていた。
「…何の用だ?」
「ん〜、俺たち会長の意向でね。この学校に風紀はいらねぇってさ。だから、潰されてくれよ」
「――っ」
にやりと血に飢えた獣が獰猛に笑ったと思った瞬間、吉見の視界は強制的にブラックアウトした。
(私は間違ってなんか―…)
それから半年、朝陽高校は県内最悪の不良高校の一つとして名を馳せ始める。
そして、朝陽高校の話は噂となりここ夕闇高校にまで届いていた。
ギィと椅子を軋ませ、机を間に挟んで目の前に立つ藤真を緋夕は鋭く細めた双眸で見上げる。
「気になるか?」
何の前触れもなく主語を省いて問われた緋夕の言葉に藤真は問い返すでもなく、何の感慨もなく答えた。
「まったく。俺にはもう関係のないことだ」
「そうか」
迷いの無い返事に緋夕は満足そうに口許を緩める。
その様子に藤真も思う所があり、逆に緋夕に問い返した。
「俺が朝陽に帰るとでも思ったか?」
「まさか。お前の居場所は此処だけだ」
しかし、問うたはずが自信を持って言い切られてしまい藤真は軽く目を見開いた後とクツクツと笑い出した。
「そうだな。今気になることと言えば…」
ジッと見下ろす藤真の視線と椅子に座ったまま見上げる緋夕の視線が絡む。
続く藤真の言葉に気付いているのかいないのか緋夕はクツリと口許だけで笑うと椅子から立ち上がった。
「そろそろ会議の時間だ。行くぞ藤真」
「あぁ」
机上に置かれていたファイルを掴み、藤真は緋夕の後に続く。
その広い背中を何とはなしに眺め、藤真は知らず口許に弧を描いていた。
「緋夕」
「何だ?」
生徒会室を出て藤真は緋夕の隣に並ぶ。
放課後の校舎に残っている生徒は少なく、廊下を歩く二人に注目する者も数える程だ。
そんな中緋夕の隣に並んだ藤真は視線を真っ直ぐ前へ向けたまま口を開く。
「お前は初め気に入ったモノは側に置いとくタチだって言ってたが、俺はお前の側にいて他にお前のお気に入りとやらを見た覚えがねぇんだが?」
「なら、…そう言うことだ」
常に側に置くモノが一番のお気に入りで特別。
緋夕は隣を歩く藤真に世間話をするのと同じ調子で告げた。
「お前だけが俺の特別だ」
「…そりゃ光栄なことで」
「あぁ、存分に喜べ」
告げられた台詞に藤真は肩を竦め、緋夕と同じ調子で藤真も言葉を返す。
「知ってたか?俺もお気に入りは側に置いとくタチなんだ。誰にも奪われないようにな」
「そいつはほんと奇遇だな」
「あぁ…」
共に前を見据えたまま、互いの言葉を聞いてふっと笑う。
会議室の扉の前に着き、緋夕が足を止める。それに倣い藤真の足も止まった。
「藤真」
「なん…っ…ン!」
呼ばれて顔を上げた藤真は緋夕に掠めるように唇を奪われる。すと細められた双眸に瞳を射抜かれ、藤真は息を詰めた。
「俺はお前を手放したりはしねぇぜ」
藤真が口を開く前にカラリと会議室の扉が開かれてしまい、中からもう一人の副会長である智が顔を出す。
「あ、会長。佐桐くんも。来てたなら早く中に入って下さいよ」
「今来た所だ」
何事も無かったかの様に自然と離れた緋夕は智に淡々と言葉を返し、会議室に入っていく。その背中を見つめ藤真はぽつりと溢した。
「言い逃げはずりぃだろ」
そして藤真もまた緋夕の後を追って会議室へ足を踏み入れた。
「緋夕」
扉はぴしゃりと後ろ手に閉ざされてしまい、その先どうなったのか…それは当事者達だけの秘密。
END.
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