06
「っ、副会長、大変!会長がっ!!」
門前で緋夕達と対峙していた副会長の元へ、顔色を変えた書記が駆け寄ってくる。
「佐桐はもう会長ではありません。それで、何です?」
「か、会長が…退学届け、出したって」
「…何ですって?」
「嘘っ!?」
その知らせに朝陽側に動揺が走った。藤真がそこまでするとは思わなかったのか副会長は続ける言葉を無くし、会計は色を無くす。
「何か大変なことになってる様ですが、緋夕どうします?帰りますか?」
交流会は別の学校を探すことも出来ますし、と智は朝陽の件には我関せずという態度で代案を提示する。
「俺も智に賛成。伝統だかなんだか知らないけど、不快な思いをしてまで朝陽と交流会する必要はないだろ」
ごたごたやってる朝陽側をちらりと見やり、進も言い添えて緋夕の決定を待つ。
だが、緋夕はそれに応えず、朝陽の役員達の更に奥を見据えるとすっと瞳を細めた。
「待てっ、佐桐!話はまだ終わってない!」
「うるせぇな。お前と話すことなんざ何もねぇよ」
そこには、片手に鞄を持ち、後ろから追いかけてくる吉見を煩わしそうに振り払いながら正門に近付いてくる藤真の姿があった。
朝イチですんなりと受理された退学届けに、久方ぶりに心からの笑みが溢れた。
そして、気分の良いまま校舎を出た藤真はどこから話を嗅ぎ付けたのか息を切らせて近付いて来た吉見に捕まった。
「聞いてるのか佐桐!」
「聞いてねぇ」
歩く先に何やら人が集まっているのが見える。
徐々に鮮明になるその姿は夕闇高校のものだった。その中で一際存在感を放つ者。鋭い眼差しが藤真に突き刺さる。
「おい、吉見。良いのか?他校生の前で醜態をさらして」
「それは貴様だろう!逃げるのか!」
嘲るようなその声に、藤真の足がぴたりと止まる。
「逃げる…?」
ゆるりと振り返った藤真のさえざえとした眼差しが吉見を射竦める。
「――っ、そ、そうだ!お前は」
「はっ…、冗談じゃねぇ」
くっと口端を吊り上げ、吉見の言葉を遮って藤真は言う。
「何を勘違いしてんだか知らねぇが俺は逃げたんじゃねぇ。切り捨てたんだよ。てめぇらをな」
「なっ―…!!」
「っ、それは聞き捨てなりませんね。どうせ貴方のことです。ただ単に逃げたと言われるのが嫌で言い方を変えただけに過ぎないでしょう」
カッと瞬間的に顔を怒りに赤く染めた吉見に代わり、副会長が口を挟む。
「そう思いたいならそう思ってろ。俺はこんな馬鹿げた事で一生を駄目にしたくはねぇからな」
いずれこの学校は終わる。
甥可愛さに職権濫用する理事長に、一人の人間に振り回されて視野狭窄に陥っている副会長共。
学校の風紀を守る委員長は私怨に囚われ、既にその機能は失われつつある。
「俺は道連れはごめんだぜ」
一般の生徒にも罪はある。これまで見て見ぬ振りを続けた。被害者ぶって何もしようとはしなかった。
そんな奴等を助けてやる義務も義理も生徒会長を解任された今、藤真にはなかった。
「精々足掻くんだな」
言葉と顔色を失った吉見と生徒会の連中に今度こそ藤真は背を向け、正門に立つ夕闇高校生徒会の元へ足を進める。
ちょうど緋夕の目の前で足を止めた藤真が、鋭いその眼差しを見返す。
ジッと数秒、互いを見定めるように絡まった視線は、藤真が口を開くことで離れる。
「そういう訳でこれから夕闇に通うことにした。宜しく頼む、夕闇の生徒会長様」
「ふっ…、いいだろう。お前は今から夕闇の生徒だ」
副会長と、緋夕がひとこと役職名を呼べば夕闇の副会長、智はため息を吐きつつも頷く。
「では、学校に帰りましたら編入手続きをしておきます。クラスは緋夕と一緒でいいですね?」
「構わねぇだろ」
ちらと向けられた視線に藤真は構わないと一つ頷き返す。
「んじゃぁ、話が纏まったところでこんな胸くそ悪い所から早く離れよう!」
後方にいる朝陽の面々などまったく気にせずに哲太は言い放った。
「そうだな。俺の愛しの副会長に悪影響がいったら嫌だし。会長、一刻も早く学校に帰ろう」
当然その意見に異存がある者はなく、夕闇高校の生徒は朝陽高校に背を向けた。
そこへ、空気の読めない人間は現れる。
「待てよ!藤真を何処に連れてくんだ!」
危ないと慌てる朝陽の生徒会連中を押し退け、秋が藤真の腕を掴もうとした。けれど、その腕は藤真に触れる前に叩き落とされた。
「俺のものに触れるんじゃねぇよ」
「なっ…、何だお前!藤真はもの何かじゃないぞ!」
向けられた緋夕の冷ややかな視線に、一度痛い目にあった秋が後ずさる。
「いいや、俺のものだ。夕闇の生徒になった時点でコイツは俺のものになった」
「〜っ、違うよな藤真!藤真は…!」
煩く喚く秋に藤真は自ら緋夕の隣に並ぶ。
「違わねぇ。俺は確かに今、コイツのものになった」
「嘘だ!嘘だ嘘だ!」
「それから…気安く俺の名を呼ぶな。虫酸が走る」
「くっ…ははっ…、いいぜ佐桐。行くぞ」
「あぁ」
肩を震わせ愉快だと笑う緋夕に背を押され、藤真は朝陽高校を去った。
朝陽高校を後にして、先頭を智と進が何やら仲良さげに話をしながら歩く。その後ろを、哲太が携帯電話を弄りながらついていき、最後尾に並ぶようにして藤真と緋夕が歩いていた。
「藤崎」
「緋夕だ。そう呼べ佐桐」
「あぁ…、なら俺も藤真で良い」
「で、何だ?」
やや鋭さを失った眼差しが藤真を見る。
「いや、さっきは助かった。ありがとう」
「フン、お礼を言われるようなことじゃねぇよ。だが、感謝してるのなら一つ頼みを聞け」
「…内容による」
「夕闇には副会長席が二つある。一つは智だが、もう一つは未だ空席だ」
どうだ?と挑発するような目線で尋ねられ、藤真は口角を上げる。
「それはまた面白い話だな。けど、学校の運営を転入したばかりの生徒に普通やらせるか?」
「それぐらい簡単に出来るだろう、元会長。…反発する奴らにはお前の力を認めさせればいい」
「…お前は俺をどうしたい?」
向けられた突き刺さるような強い眼差しに緋夕はクッと喉の奥で笑った。
「そう警戒するな。俺はただ、気にいったもんは側に置いとくタチなんだ」
「そりゃ光栄だな。…まぁ、お前の下でなら働いてやってもいいか」
「俺なら?」
「当然俺にも選ぶ権利はあるだろう?俺の上に立つんだ。俺以上の力がなきゃ誰が下なんかにつくか」
対面らしい対面は一日だけだったが、それだけ見れば力の片鱗は分かる。
それだけの能力をお互い持っていた。
ストレートな藤真の切り返しに緋夕は浮かべていた笑みを深める。
「それじゃ頼むぜ、藤真副会長」
「あぁ。緋夕会長の期待に応えられるよう頑張らせてもらうさ」
新しい学校で新しい仲間と。
藤真は朝陽で会長職についてから久しく感じることのなくなったわくわくと胸が踊る様な気持ちに、隣を歩く緋夕を見返し少年の様な笑みを溢した。
そして、そう遠くない未来で藤真は彼等にとって、夕闇高校にとって欠かせない存在となる。
唯一彼の者の隣に立てる人物として、藤真は生徒達からとても大切にされた。
END.
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