16
ゆらゆらと左右の壁際で揺れる蝋燭の火を辿り通路を進む。
通路内は岩壁で出来ており、足を進める度にカツコツと足音が鳴る。
それは逆に前から敵が現れた時にも直ぐに気付けるということで、俺は見据えた前方へと意識を集中させた。
「この道、どこまで続くんだ?」
いくら俺が拘束から逃げられないと踏んでいても、やはり見張りの一人も居ないのも可笑しな話だ。
そして何より変なのは歩き続けても誰にも遭遇しない、風景も変わらない。
妙な感覚を覚えてコツリ…と俺は一度足を止めた。
壁際に置かれた蝋燭に近より、ふぅっと息を吹き掛けその灯りを消した。
再び歩みを再開させ、通路を出口へと向かって進む。
コツ、コツ、と先の見えぬ闇に、変わらぬ景色に、火の消された蝋燭が一本。…カラクリが分かった。
「なるほど。俺は同じ場所を延々巡らされてたわけか」
小賢しいと、判明した罠に唇を歪め吐き捨てる。
「牢の先に無限回廊を用意するとは、よほど俺を逃がしたくねぇのか」
知らないはずの知識が普通に頭の中に浮かび、俺は疑問も抱かずに指輪を填めた左手を眼前に翳す。
ポゥと指輪から左手を包むように赤い光が零れ出し、その光に煽られるようにしてふわりと銀髪が宙に舞う。
どくりと強く脈打った鼓動に、身体の中から溢れる力に俺はひっそりと歌うように声を発した。
「無限の世界を見せてくれた礼に永遠の夢を魅せてやろう」
左手の掌から稲妻のように迸り出た赤い閃光が目の前に存在していた闇の回廊を切り裂く。
びりびりと空気が震え、ガシャンと硝子が割れるように瞳に映っていた景色が砕け散った。
そして、稲妻となった赤い光は収束し赤い狼の形をとる。
「――行け」
命を下せば赤い狼は一声吠え、疾走する。壁をすり抜け無限回廊を作った姿の見えぬ魔族の元へ。永遠の夢へと誘う為に。
目の前に現れた本物の道は一本道でもなければ、岩壁に囲まれた狭い空間でも無かった。
自然に出来た鍾乳洞のような冷えた暗い空間で、天井は高く、道は前と左右に広がっている。所々に置かれた松明がぼんやりと松明の燃える周辺を照らしていた。
更に頭上にはつららのように垂れ下がった幾つもの石の塊が。足元にも隆起した岩と、どこか遠くからはちょろちょろと水の流れる音がする。
背後を振り返り見れば、ぽっかりと空いた空間に俺が閉じ込められていた牢が見えた。
やたら身体が冷えていたのはこのせいか。
ソッと冷えた身体を温めてくれた指輪に触れる。
先程の名残か、淡い赤い光を宿す指輪を填めた左手を持ち上げ俺はうっとりと指輪に口付けた。
「俺の王…」
とくりと、離れていても感じるその存在に鼓動が高鳴る。
「直ぐに帰ります」
異変を感じてか、こちらに近付いてくる複数の気配と足音に妖しげな熱を宿した眼差しを向け、俺はクツリと艶やかに微笑んで敵を迎えた。
「…王に不愉快な思いをさせた奴を跡形もなく消し飛ばして」
コツリと一歩前へ足を進める。
指輪から唇を離して、身体の中から沸き上がってきた魔力を左掌に集中させた。
零れ出た赤い光は形を変え、無数の鋭い刃となる。薄暗い洞窟の中で、宙に浮いた赤い刃は鈍い光を放っていた。
「…確かに此処ならいくら叫んでも誰もきやしねぇよな。良い場所だぜ」
「あぁ…、たっぷり遊ばせて貰おうぜ」
「聞いた話じゃ極上の魔力の持ち主らしいからなぁ。この奥に居る女は」
ギャハハハッと耳に入ってきた下卑た笑い声に艶やかな声が重なる。
「確かに、ここなら叫ぼうが誰も助けには来ない。遊ぶにはちょうど良い場所だ」
その声に男達の足が止まる。
互いに姿の見える位置で、敵は声の主を含めて五人。
俺は左手の指先を現れた男達に向けて振った。
その直後、宙に浮いていた赤い刃が男達向かって飛ぶ。
「なっ―…!」
魔力を練って作られた刃は驚愕する男達の頭や胸、腹、急所に突き刺さりずぶりと傷をつけずに体内へと沈んでいく。
「極上の魔力が欲しいんだろう?」
ひっそりと囁かれた台詞に、注がれた紫電の眼差しに男達は更に大きく目を見開いた。
「その瞳っ…まさか…」
「魔王族…!?」
「…なんで…そんな奴がここに…」
コイツ等は何も聞かされていない。
男達の反応から瞬時にそう見て取った俺は、急所へと埋め込んだ刃を体内で解き放つ。
俺からしてみれば髪の毛一本程度の極微量の魔力。その魔力が男達の体内で解放され、身体の中を巡り出す。
「ぐぅ…っ、がはっ…」
「っぁあ…!」
「どうした?俺の魔力が欲しかったんだろう?」
与えられた魔王族の高密度な魔力に耐えきれなかった器に皹が入る。男達は傷口からポタポタと人間と同じ赤い液体を流し、地面に倒れ込んだ。
「ひぃ…!た、助け…」
「お前が言ったんだろう?良い場所だ、って」
ぐっと空気を掴むように左手を握る。次の瞬間、男達の体内で巡っていた魔力が体内の一点に集まった。
「かはっ…」
魔族としてある程度の魔力に抗体を持つ男達の身体は辛うじて仮死状態で魔力の進行を止める。
だが同時に男達は意識を失い、その場は再び静寂に包まれた。
握っていた左手を開き、指を動かす。倒れた男達の傷口から、体内へと送り込んだ魔力が霧のように立ち上ぼって俺の元へ戻ってくる。
その様にゾクリと身体が熱を持ち、アルコールに酔ったような酷く高揚した良い気分で俺はゆるりと口角を吊り上げた。
「くっ、ははは…!たわいもねぇ。欲する物を手にしておきながら扱えねぇとは……身の程を知れ」
その際、ピシリと小さく指輪に皹が入った。
そのことに気付かず、俺は倒れ伏した男達を踏み越え、男達の歩いて来た道を歩き出す。
「あの男も…王に刃向かう者は許しはしねぇ」
引き裂かれた服から覗く、胸元で凛と咲き誇る深紅の薔薇を指先でなぞり、俺は睦事を囁くように言葉を紡いで艶やかに笑った。
「そうだろう…俺の王」
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