14
どくんと心臓が跳ねる。
執務室でハナヤ一族に関する詳細を報告させていたライヴィズはガタリと音を立て椅子から立ち上がる。
強く跳ねた鼓動に右手を胸にあて、ぎりりと拳を握る。
「ライヴィズ様?」
そのただならぬ様子に部下の一人、緑の髪に黄色の瞳を持つ青年、ティーチが訝しんだ声で問い掛けた。
「どうかなさいましたか?」
同じく報告の為、ティーチの隣にいたピンクの髪に薄蒼の瞳を持つ青年、ニアスも首を傾げる。
しかし、返ってきたのは鋭い眼差しと怒りが込められた低い声。
「おのれっ、我が妃に触れるとは」
ビシッとティーチとニアスの背後に掛けられていた絵画に罅が入る。
怒気と共に告げられた言葉に、ティーチとニアスも顔色を変えた。
「っ、それは…!」
「しかし、私共が拝見した限り妃殿下はライヴィズ様に継ぐ魔力の持ち主。御身を守ることは…」
「出来ぬ。カケルはまだ魔力の使い方を知らぬ。カケルは元は人間。ましてこの世界の住人でもない」
二人に向けていた視線を机上に広げた地図に落とし、昂った気を落ち着かせる様に細く息を吐く。
身を守る術を知らぬカケルには一応守護の魔術は施してある。だが…
「どこにいるカケル」
この手に取り戻すまでは安心など出来ない。
焦る気持ちを抑え込み椅子に座り直す。
ライヴィズは部下に報告の続きをするよう視線で先を促した。
ばちりと走った紫電の光に、目が眩む。俺はとっさに目を瞑った。
今度は何だ?
胸に触れた爪先が素早く引っ込められた気配がし、苦々しい声と舌打ちが耳に届く。
「ちっ、やはりな…」
恐る恐る開けた視界の先に血に濡れた男の指先が見える。
「っ、それ…」
「はっ、あの野郎。相当自分の命が惜しいらしい。殺せぬよう守護の魔術をかけてやがる」
…違う、気がする。確かに俺を殺せばライヴィズも死ぬ。けれどライは、自分の命じゃなく俺を守る為にその術をかけたんじゃないかとふと思う。
「だがまぁ良い。想定内だ」
男は俺に見せつけるように血のついた指先を舐め、ニィと笑う。俺を冷めた目で見下ろし、血で汚れた手で俺の頬に触れる。
「守護の術が効かぬようお前を汚せば良いこと」
優しく撫でるように頬を滑る指先が、赤い痕をつけていく。
気持ち悪い生暖かさに、鼻に付く鉄が錆びた様な匂い。吐き気が込み上げてくる。
「……っ」
「お前はしばらく寝ていろ」
男の発する狂気に口を開けぬまま俺は首筋に衝撃を受け、俺の意識は暗い闇の中に沈んだ。
…悪ぃ…ライ…
だらりと力の抜けた身体を受け止め肩に担ぐ。男は木の上へと跳躍し、追っ手が居ないことを確認してから移動し始める。
木々の間を駆け抜け、濁った水の流れる川を越え、アジトとする洞窟の中へと姿を消した。
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