13
その青年を見知っているライヴィズは、変わらぬ眼差しで青年を見下ろす。
「此度の件、全ての責任は城の警備を任されていながら賊の侵入を易々と許してしまった私共警備隊に」
「それで?」
「はっ。侵入した賊は全部で三十四名。内二十七名を討ち、五名を尋問様に捕縛、二名には逃げられました。現在、追跡させております」
「……そうか。お前等の処分は後だ。シュイ、リョウレイ、何をしても良い、早急にカケルの行方を追え」
「「はっ」」
駆け込んできたシュイとリョウレイに指示を出し終えたライヴィズの視線がリョウレイから外れる。チラリともう一度窓の外へ視線を向け、カケルと繋がる鼓動へと右手をおく。
ドクドクと脈打つこの鼓動はカケルのもの。
「死ぬ時は一緒だ、カケル。それは嘘じゃねぇ。…だが、こんな終わり、俺様は絶対認めねぇ」
トクンと一瞬応えるように反応した鼓動にライヴィズは唇を歪める。
「お前もそう思うか?…ハイス。いつカケルが帰ってきても良いよう部屋を修復しておけ」
「畏まりました」
カツと靴音を鳴らし、右手を下ろすと、ライヴィズは敵対者を見つけ次第すぐ動けるように破壊された部屋を後にした。
ビュウビュウと耳元で唸る風の音に遠ざかる魔城。
破壊された窓から飛び散った破片に、さぁっと顔から血の気が引く。
「っ、ライ!ライっ!!離せ、このっ」
腕を風の輪っかみたいなもので拘束され、ろくに抵抗も出来ず肩に担がれる。じたばたと暴れれば氷の様に冷えきった眼差しが俺を突き刺す。
「静かにしろ」
「だったら離せ!」
震えそうになる体を気力で抑え込み、男をギッと睨み付ける。
指輪さえなかったらこんな奴倒せたかもしれねぇのに!城から、ライヴィズから引き離されてからぐるぐると体の中に渦巻く熱を感じる。多分これが魔力だ。
「俺に触るな!」
睨み付けた視線の先で、冷めた蒼銀の瞳がスゥッと細められ、ゾクリと背に震えが走る。
「―――っ」
耳元で唸っていた風の音はいつの間にか止み、鬱蒼と繁る木々の中へ男が降りる。担がれていた肩から下ろされ、蔦の絡む大木に体を押し付けられた。
「五月蝿い。少し黙っていろ」
乱暴に顎をつかまれたと思えば重なる唇。
「なっ…んっ…ン…!?」
ぬるりと無遠慮に口内へ侵入してきた生々しい感触に肌が粟立つ。地面に下ろされたことで自由を取り戻した足で男を蹴りつけてやろうと振り上げ…ガクリと膝から崩れ落ちた。
「…ンッ!?…はっ…、ゃめ…っ…」
尚も執拗に唇を重ねてくる男に殺意が沸く。しかし、何故か身体に力が入らない。まるで身体の中を渦巻いていた熱が吸いとられていく様で…。
「――っ」
じゃない、吸いとられている。
「はっ…、癖になりそうなぐらい美味い魔力だな」
ぺろりと唾液で濡れた唇を舐められ、男が離れる。ぐったりと力の抜けた体を男に支えられ、俺は何とか倒れずにいるのがやっとだった。
「はっ…はぁ…はっ…の野郎!」
「これだけ美味いと殺すのが惜しいな」
俺の言葉を無視し、再び顎に手をかけてきた男を力の限り睨み付ける。
だが、男は意に介さず口端を吊り上げクツリと笑うと値踏みする様に俺の顔をジッと見てきた。
「お前、俺のペットにしてやろうか?」
「っざけんな!誰がペットになんかなるかっ」
これ以上人権を無視されてたまるか。
言われた言葉に頭に血が昇る。体は動かなくとも口は自由だ。俺は思い付く限りの罵詈雑言を口にした。
「冗談だ。だが、奴の妃を飼い殺しにするというのも面白そうだ」
生かさず殺さず、この細い首を鎖で繋いで。
顎を掴んでいた男の指先が首筋に触れる。氷の様に冷たいその指先に肌が粟立ち、肩が跳ねた。
「――っ」
「どうした、さっきまでの威勢の良さは」
クツクツと冷めた蒼銀の眼差しが笑う。
その凍てついた瞳を目にした瞬間、ゾクリと言い知れぬ何かが背筋を這い、身体が小刻みに震えた。
気持ち、悪い…。身体の中に渦巻いていた魔力がざわざわと落ち着かない。
顔色悪く押し黙った俺に、首筋に触れていた指先がゆっくり下へと降りていく。
そして薄い漆黒の上着に辿り着くと、鋭く伸ばされた爪が服を引き裂いた。
「―っ、なにを!?」
風の輪で拘束された腕を動かし、暴れるもすぐにまた蔦の絡む大木に身体を押さえ付けられる。
「これが魔王の妃の証。薔薇とはまた…、笑わせてくれる」
服を引き裂いた爪が、鮮やかに色付く胸の薔薇に伸びる。
「や…止めろ!」
漠然と、そこに触れさせてはならないと強く思う。がむしゃらに男から逃げようと暴れて、腹を殴られる。
「ぐっ、かはっ…」
「大人しくしていろ。まだ確かめるだけだ」
抵抗も虚しく男の爪先が、心臓の真上に咲く深紅の薔薇に触れた。
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