12
「なぁリョウレイ」
「何です妃殿下?」
ジリジリと俺は窓に背をぴったりとくっ付け、もうこれ以上は下がれない。
対するリョウレイは容赦無く、きらびやかなドレスを手に俺に迫ってくる。
「どうしてもソレ着なきゃならねぇのか?他にライが着てた様な男物は…」
「まぁ!ライヴィズ様を愛称で呼べる程、あの方と親密になられたのですね。ふふっ、私も何だか嬉しいですわ」
「いや、あの、話を…」
ここの奴等は揃いも揃って人の話を聞かないのか?
「それならば尚のこと、妃殿下にはこちらのドレスを着て頂かなくては」
ライヴィズ様ご自身が素材から直々に選び、魔界一の服飾職人に仕立てさせたドレスですもの。
さぁ、とにっこり微笑んで迫ってきたリョウレイに俺がもう駄目かと諦めかけたその時――
目の前で微笑んでいたリョウレイの橙の瞳がカッと大きく見開かれ、俺は強い力で後ろへ肩を引かれた。
「妃殿下!」
急な事で俺はバランスを崩し、後ろへと倒れ込む。
「――っ」
確か後ろには窓が、と身構えたが、俺は可笑しな事に気付いた。
それならば今、俺の肩を掴んで後ろへと引いたのは何だ?
ばふっと軽い衝撃を受けて、見上げるとそこには。
「ふぅん、コイツが奴の大事なモノね。中々綺麗じゃねぇか。それに魔力も強いときた」
くっくっくと唇を歪めて笑うソイツの目は、冷えた氷の様にまったく笑っていなかった。
その男と視線が絡む。
「――っ」
ゾッとする程の寒気と嫌な汗が俺の背中を流れた。
コイツはヤバイ。
微かに体が震える。
男はそんな俺からリョウレイへと視線を流して口を開く。
「この時を待っていた。奴を殺す事の出来る唯一の機会」
「無礼者が!その汚い手を即刻妃殿下から離せ!」
呪文もなく、淡く光ったリョウレイの手の中から深紅の槍が現れる。その切っ先を、リョウレイは男へと向けた。
「おっと、下手に攻撃するとお前の言う妃殿下とやらが死ぬぜ」
腕を後ろ手に拘束され、俺はリョウレイの突き付けた槍の先に立たせられる。
「くっ、卑怯な…」
「何とでも言え。っとそろそろ逃げねぇと奴が来るな」
男は片手で俺の腕を抑え、もう片手で風の塊を造り上げると、まるで部屋の扉が開くのを待っていたかの様に、
「なに、楽には殺さねぇ。一族の恨み、てめぇの命とコイツの命で晴らさせてもらう」
じゃぁな、無慈悲な王。
「っ、来るなライ――!!」
そう言って造り上げた風玉を部屋の中へと叩き込み、俺は男の腕に抱かれ、無理矢理外へと連れ出された。
「くっ…、申し訳、御座い…ません…。妃殿下が…っ、かくなる上は…このリョウレイ、己が身を持ってつぐな―…」
リョウレイと己にかけた防壁を解いたライヴィズは、めちゃくちゃに破壊された室内の惨状には目もくれず、紫電の瞳に苛烈な程の怒りを滲ませて窓の外を睨み付ける。
「リョウレイ」
瞳に乗せた感情とは裏腹に、感情の無い、冷たく低い声がその場を支配し、後から駆け付けた部下達を青ざめさせた。
「…は…っ」
「奴は何だ?」
「一月程前に討ち滅ぼしたはずのハナヤ一族の生き残りかと」
「はず…だと?」
窓の外に向けられていた鋭い眼差しがゆっくりとリョウレイへと向く。その視線一つで相手を殺せてしまいそうなほど、…剥き出しにされた殺意に体は震え、冷や汗が止まらない。呼吸さえもままならず、リョウレイはとびそうになる意識を繋ぎ止める為に自らの腕に爪を立てた。
「…っ…ぅ…」
カツリ、とライヴィズの靴音が響く。
「申し訳…ござい、ません」
声を絞り出すようにリョウレイは息を吐き出し、ライヴィズの処断を待った。
「お待ち下さい!ライヴィズ様!」
だが、それを遮る者がいた。
慌てて走ってきたのか、いつもは綺麗に整えられているオレンジ色の髪は乱れ、服には返り血だろう赤色をべったりと付着させた、青年が部屋の中へと駆け込んで来た。
その身に魔力を纏わせたまま、リョウレイとライヴィズの間に割り込むと、片膝をついて忠誠の証を見せた。
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