10
触るなと抵抗し始めた俺に、それでもライヴィズは触れてくる。
冷たい指先が肌の上を滑り、熱い吐息が耳朶を掠める。
「っ、…ゃめ…っ…」
「怖がることは何も無い。魂が結ばれた者同士が互いに魔力を分け与えた事で、お前が俺様を、俺様がお前を求めるのは当然の事だ」
理解は出来なくとも本能では分かっている筈だ。とライヴィズは低く、熱っぽく囁いた。
「ふっ…ぅっ…」
まるで身体と意識が分離してしまった様に、俺の意識とは別の所で、身体が、心が、魂が、ライヴィズを欲しているのが分かる。
怖がるなと言われても無理だ。そんな自分が酷く恐ろしく思えて涙が滲む。
「カケル」
目尻に唇が寄せられ、滲んだ涙を舐めとられる。
「俺様の背に腕を回せ。少しは治まる筈だ」
ライヴィズの声が、普段の威圧するようなものじゃ無く、どこか甘く優しさを含んだ声音で告げる。
「―っ、ライっ……」
不意にかけられた優しさに、胸が締め付けられる様な切なさを覚え、俺は泣きそうに瞳を揺らしてライヴィズの背に両腕を回した。
すると、不思議なことに恐怖が徐々に引いていく。
恐く、ない…。何で?
逆に、ライヴィズから伝わる熱が酷く心地好く、心が満たされていくようだった。
ほぅ、と息を吐いた俺を抱き込むようにライヴィズの腕も俺の背に回される。
「どうだ落ち着いたか?」
頭上から降ってきた声に俺は戸惑いながらも頷き返した。
何か妙に優しい…?
「フッ、何も交わることだけが情の示し方ではない」
「なっ!?ま、交わるって!!」
カッと一瞬で顔が熱くなり、心臓がバクバクと脈打つ。
「何だ、期待したか?」
「だっ、誰がっ…!」
「照れるな。いずれ契る事になるだろうが、今はまだその時ではない。…残念だがな」
クツリと甘い声が鼓膜を刺激し、さらりと流れる銀髪を耳にかけられた。
髪をすかれ、抱き合う体からトクリ、トクリとライヴィズの鼓動が伝わる。
それが俺の心音と重なり合うのを心地好く感じ、急に睡魔が襲ってきた。段々と瞼が重くなり、目を開けていられない。
「ん…ぅ…」
「どうした。眠いのか?」
問いかけられても俺には何を言われてるのか分からない。既に夢現だった。
「仕方あるまい。儀式の後だ。今夜はゆっくり眠ると良い」
額に柔らかな感触を受けて、俺の意識はそこで途切れた。
その夜、俺は不思議な夢を見た。
金髪に茶目、学ランを着た元の姿の俺。
銀髪に紫電の瞳、漆黒のドレスに身を包んだ俺。
正面から対峙するように見詰め合ったまま二人は動かない。
どれぐらいそうしていたのか、紫電の瞳を持つ俺が口端を吊り上げて笑った。
《認めちまえよ。お前は逢魔が時に心を奪われた》
『――っ』
茶色い瞳が反論も出来ずにゆらゆらと揺れる。
《今やこの心も体も全てライのモノ。…お前は人間じゃなくなる事が怖いんじゃない。お前はライから離れられなくなるのが怖いだけだ》
『違う!俺はっ…』
コツリと一歩、魔王族へと変化した俺が人間の俺へと近づく。
《信じられないか?だが、逆を言えばライの心も体も俺のモノなんだぜ》
そう言って、魔王族の俺は自身の胸に咲く薔薇に指を這わせた。
《死ぬまで一緒だ。俺もお前も、一個人としてこれ以上の至福はないだろ?》
『それは…』
コツリとまた一歩近付いた魔王族の俺に、人間の俺は抱き込まれる。
《認めちまえよ。アイツが好きだって。愛してるって》
耳元で囁かれ、人間の俺の体が小刻みに震えた。
《なぁ?俺は認めたぜ。アイツが好きだ、愛してる。…愛されたい》
『………』
ゆっくりと、人間の俺の体が魔王族の俺の体の中に沈んでいく。
金に染めた髪に指を絡め、俺は紫電の瞳を細めて笑った。
《そうだ、それでいい…》
残されたモノは銀髪に紫電の瞳の…魔王の妃。
バラバラだった俺の意識と心、体が一つに溶けて目覚める。
そこには恐怖も無く、ただただ純粋に伴侶となったアイツを愛し、愛されたいという想いがあった。
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