07
ポロリと鮮やかな紫に変わってしまった瞳から一筋の涙が溢れ落ちる。
「……っく」
溢れ落ちた涙は堰を切った様に次から次へ流れ出てくる。
ここへ連れて来られてから気を張っていた俺は、今になって不安や恐怖、見知らぬ世界で独り、という現実に一気に襲われ押し込めていた感情が涙と共に表面へ表れた。
カタカタと震え出した自分の身体を抱き締め、口から漏れそうになる嗚咽を唇を噛み締め耐える。
「何を泣く必要がある?」
頬に触れていたライヴィズの指先が涙で濡れた俺の目元を撫でる。
「…っ、お前には…んっく…わかん、ねぇよ」
「お前はあんな箱庭の世界がそんなに大切か?」
そうじゃない、と言えば嘘になるかもしれない。だけど、俺はそれよりも…。
指先が頬を滑り、顎を掴まれ顔を上げさせられる。
滲んだ視界の向こうに、苛烈さを含んだ紫が揺れる。
「大切なら粉々に壊してやろう」
「………!?」
「お前の居場所を俺様の隣だけにしてやる」
見下ろすライヴィズを俺は潤んだ瞳で睨み上げる。
「…か、からかうのもいい加減にしろっ!ライは…俺が…面白いからって…」
その先は、ライヴィズにジロリと睨まれて言えなかった。
「俺様が戯れでお前を妃にしたと思っているのか」
瞳がナイフの様に鋭く細められ、声色がガラリと威圧するようなものに変わる。
そんなこと言われても俺はお前を知らない。何も聞いてない。
「…っ、…ち、違うのかよ。だってライは俺が…」
「もういい黙れ」
低く恫喝するような声で遮られ、俺はビクリと肩を震わせた。
もういいって、俺…。
止まりかけていた涙が再びボロボロと溢れ出す。
「…だっ。何だよそれっ!だったら…っく…始めからこんなとこ連れてくんじゃねぇよっ!!…意味わかんねぇしっ、俺は…俺はお前の暇潰しの道具なんかじゃねぇ!!」
ドンと両手でライヴィズの胸を押し、突き放す。
が、すぐに腕を掴まれ俺は暴れた。
「離せっ!」
「黙れと言っただろ」
「んんぅ…むっ!…ゃ…め…」
何でキスなんかすんだよ!止めろよ!
「…んっ…ぅ…はぁ…」
苦しさと悔しさと、色んな感情が入り交じりごちゃごちゃになってもうワケが分からない。
涙で視界が滲む。
「っ…ぁ…んぅ…」
長い口付けで体から力が抜けライヴィズに腰を支えられる。
そして、意識が朦朧としてきたあたりで俺の心臓が大きくドクリと鼓動した。
「!?」
ドクドクと脈打ち始めた鼓動に身体が熱を持ち始める。
「…ぁ…ふっ…」
漸く口づけから解放された俺はライヴィズに凭れかかり、おさまらない動悸に困惑する。
そこへライヴィズの声が頭上から降ってくる。
「分かるか?今、お前と俺様の心臓はシンクロしている」
「シ、ン…クロ…?」
シンクロって同調してるってことだよな?
この鼓動も熱もライのモノ…?
呆然とする俺の耳元でライヴィズは尚も甘い声で囁く。
「一時の戯れで連れてきたワケではない。お前が欲しいから連れてきた。俺様のモノになれ」
「―っ!?」
ビクリと肩が大袈裟に跳ねる。
ドクドクと脈打つ鼓動に身体が熱くなる。
スッとライヴィズの指が伸びてきて、頬から顎へと触れていく。
「やめっ…」
それだけのことなのに俺は怖くなって目を瞑った。
「目を瞑った所で逃げられはしない」
目を瞑った事で余計感覚が鋭くなり、間近にいるライヴィズの吐息も、触れあった肌の熱も感じてしまう。
「さぁ、カケル。返事を寄越せ」
鼓膜を震わせるその声は魔力を伴っているんじゃないかと思わせるぐらい甘い。
「っ、おれは…」
脳髄が痺れて思考が上手く回らない。
「俺様と、その命尽き果てるその時まで生きると誓え」
耳朶を熱い舌が這い、身体が震える。
俺は、こんな唯我独尊野郎のことなんか―!
ぎゅっと固く目を瞑り、そう言ってやろうと俺は口を開いた。はずなのに、
「…ぅあ…っ…」
出てきたのは声にはならぬ音の羅列だけ。
ぐっと足の間に、足を入れられ、腰を抱いていた腕が俺を強く引く。
「カケル。お前の心は当に俺様に魅せられている。俺様を受け入れろ」
魅せられてる?そんなワケねぇ。
閉ざした瞼の裏に、夕闇と何時までも消えない紫電の光があった。
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