05


「は…ぁっ、ぁ、あぁ…ッ!」

背後から覆い被され、隙間なく重ねられた身体から熱い鼓動が伝わる。
どくどくと脈打つ鼓動がその身を貫き、ぎちぎちと秘孔を埋め尽くす熱に甘やかな吐息が零れた。

「んっ…、ぁ…、あぁっ…」

シーツに押し付けられた金色の髪が散らばる。無意識に唇を噛みしめないようにと挿しこまれた指に舌を絡ませ、鷹臣は感じるがままに熱い吐息を吐き出す。

「え…いき…っ」

動物の本能の様に後ろから身体を貫かれた鷹臣はその存在を確かめる様にその名を呼ぶ。すると背後から覆い被さり、首筋に寄せられていた顔が答える様に持ち上げられた。

「はっ、…どうした?苦しいか?」

熱で掠れた声が鷹臣の鼓膜を揺らす。

「そう、じゃない…」

鷹臣はシーツに頭を擦りつける様に首を振り、自らの体重を支えていた片腕を外すと瑛貴の手により緩やかな刺激を与えられていた自身のものに瑛貴の手の上から触れた。

「はぁ…、ぁ、ぁ…も…ッ、いき…そうだっ」

がくがくと震える足に、イきそうと言いながらもその手を制止するように鷹臣の手が瑛貴の動きを遮る。
うん?と甘く続きを促すように聞き返した瑛貴に鷹臣は素直に思ったことを口にする。

「ン…は…っ、ぁ…、いっしょに…いきたい…からっ」

だから、少しその手を止めてくれ。

一人でいきたくないと可愛いことを口にしてくる鷹臣に瑛貴は一段と増した熱い吐息を吐き出す。
そして、鷹臣の要望を叶える為に一時的にその根元を塞き止める。

「は…ッ、ァ…あぁ…ッ!…えぃ…きっ」

「ん。…っ、一緒にいこうな。鷹臣」

ぐっと奥深くに潜り込んだ灼熱の塊がぐちゅぐちゅと狭い秘孔を抉じ開ける様に何度もそこを往復する。がつがつと腰を打ち付けられる度に肌がぶつかる乾いた音が部屋に響く。

「ッあぁ…っ、おく…が、は…ァ…ッ」

「あぁ…、ヤバいッ、そろそろ俺もいきそうだ」

硬く芯を持った太い幹がぐねぐねと収縮する内壁をごりごりと擦る。瑛貴は戒めていた鷹臣のものを緩めると指先を絡め直して、それを上下に抜く。先程から止めどなくとろとろと先走りを溢していたその先端をぐちゅりと親指の腹で刺激してやれば、ひくりと気持ちよさげに腰が震えた。

「ン…はぁ…ッ、あ、…ぁあっ…イくっ」

再び両手をシーツに付いた鷹臣は瑛貴に任せるままに身体の主導権を明け渡す。

「ン…ァ…ッ、あぁ…っ!」

「く…っ…ッふ……」

灼熱の塊に最奥を穿たれ、シーツの上に白濁が散る。同時に秘孔の奥に熱い飛沫を感じて熱で潤んだ青の双眸から透明な雫が零れ落ちた。

「は…ぁ、ぁ…、ぁあ…っ…」

昇り詰めた熱が弾けた余韻にとろりと表情が崩れ、うっとりと瞳が細められる。残念ながらその表情を瑛貴が見ることは出来ないが、想像は出来る。自分の下で身体を震わせ、甘い吐息を溢す鷹臣。秘孔の奥はまだ瑛貴のものを喰らわんと収縮を繰り返し、酷く気持ちが良い。

やはり鷹臣は俺だけのものだ。
俺好みの、俺だけの色に染まった鷹臣。
どんな抱き方をしようと応えてくれるし、それを喜んで受け入れてくれる。本当に俺を喜ばせるのが上手くて、男前過ぎる。可愛い恋人だ。

「はっ、…鷹臣」

瑛貴は感じている鷹臣の背中に口付けを落とすと、鷹臣の口の中に入れたままにしていた指先を引き抜く。

「んっ…は…ぁ…、瑛貴…?」

「次はお前のいく顔が見てぇ」

そう囁いて、一度秘孔から自身を引き抜く。

「っあッ!あ、ぁ…っ、瑛貴…ッ」

ずるりと抜き出した秘孔からとろりと中に放った熱が零れ落ちる。それにも反応をみせて、声を上げた鷹臣の身体をそっと表に引っくり返す。
熱に濡れた青い瞳と紅潮した頬、荒い吐息を吐き出す唇に瑛貴は噛みつく様に再び覆い被さった。

「んっ、ンふ…っ」

鷹臣から伸ばされた手が瑛貴の首の後ろへ回され、下へと引き寄せられる。
まだまだ冷めやらぬ熱に浮かされた瞳が瑛貴を誘っていた。







「お前はもう少し寝てていいぜ」

さらりと髪を梳かれる感触に微睡んでいた思考は再び闇に沈む。

「ん…」

鷹臣が次に目を覚ました時には外はすっかり明るくなっていた。カーテンの引かれた窓からぼんやりと温かな光が差し込む。

もぞもぞとベッドの上で身体を動かした鷹臣はローテーブルの上に色違いのスマホが並べて置いてあることに気付いた。そして、それを取ろうと手を伸ばす。しかし、当たり前だがベッドに転がったままではローテーブルまで手は届かない。
その事実に眉を寄せた鷹臣の元にコーヒーの良い匂いが近付いて来て、顔の上に影が落ちる。同時に可笑しそうな笑みを含んだ声が落ちてきた。

「なにしてんだ?」

ベッドに転がったまま視線を上げればマグカップを片手に持った瑛貴が瞳を緩ませ、優しく笑っていた。

「瑛貴」

その名を呼んで、伸ばしていた手を瑛貴へ向ける。すると瑛貴は手にしていたマグカップをローテーブルの上に置き、ふっと吐息を零して低く笑う。

「可愛いな、お前は」

両手を開けた瑛貴はベッドの側で身を屈めると、自分に向かって伸ばされた手を掴み、その手の甲に口付けを落とす。それからその手を引き、鷹臣の背に腕を回すとベッドの上で上体を起こさせた。

「身体はどうだ?大丈夫か?」

額に目もと、こめかみに、鼻先、耳朶と唇で触れ、囁く。
気遣ってくれる言葉に自然と鷹臣の表情も緩む。

「大丈夫だ。お前が甘やかしてくれるなら」

素直なリクエストに瑛貴が笑う。鷹臣の髪を撫で、さっそくそれを実行に移す。

「なにか飲むか?それとも飯にするか?」

もう昼の時間だと、瑛貴は続けて言う。

「もう昼なのか?」

「あぁ。俺が起きたもの十一時ぐらいだったからな」

昨夜というか、深夜か。二人が瑛貴の借りている部屋に戻って来たのも結構遅い時間ではあった。その後のこともあり、鷹臣は自分がいつ寝たのか定かではないが。

「そうか。じゃぁ、なにか飲み物でも…」

ローテーブルへ視線を戻した鷹臣の言葉が途中で途切れる。その視線を追った瑛貴もそう言えばと口を開く。

「お前が寝てる間に設定しといたぜ」

ブラックとホワイト。瑛貴はその内の白い方を手に取り、鷹臣に手渡す。

電源を入れたままにしてある画面にはセキュリティが掛かっている事を知らせるように、PINコード、いわゆるパスコードを打ち込むようにと画面表示がされていた。

その画面からちらりと瑛貴に視線を向ければ、瑛貴は迷う事無く四桁の数字をタップしていく。

「あ…」

その番号の羅列に吐息が漏れる。

ロックが外され、待ち受け画面へと進んだ画面に瑛貴はくつりと喉を鳴らして、番号の意味を口にする。

「覚えてるだろ、お前も」

入力された四桁の数字。それは二人が夜の街で、初めて顔を合わせた時の日付だ。

「忘れるわけないだろ。俺の世界を変えてくれた、大事なお前との出会いだ」

それこそ最初の頃は相手にもしなかった。そんな余裕が俺にはなかった。何も知らなかった。けれど瑛貴は、ウルフはそんな俺に根気強く関わろうとしてきた。そうしてウルフは俺の狭かった世界を壊し、様々なものを俺に見せてくれた。教えてくれた。そして、それは今もなお、…続いている。

「俺の連絡先はここに登録してある」

電話にメール、ラインにカメラと。とりあえず基本的な操作を教えてもらい、鷹臣は自分のスマホに触れる。スマホを弄り出した鷹臣に瑛貴はその髪の毛に口付けを落として、一度その場を離れる。鷹臣の飲み物を用意しにキッチンに向かった。

その姿を意識の端で認めていた鷹臣は、瑛貴が離れてからスマホのカメラを起動させてみる。

棚からカップを取り出し、わざわざ薬缶を火にかけている瑛貴の姿をちらりと見る。

すらりとした長い手足に、芯の強さを感じさせる凛々しい横顔。すっと通った鼻筋に形のいい薄い唇。そこに立っているだけで人目を引く整った容姿に、恋人の欲目を引いても格好良いとしか言いようのない存在感。ついつい見惚れそうになる。

そんな自分の気持ちを何とか振り切り、鷹臣はそっとスマホのレンズを瑛貴に向けた。

画面をタップすればパシャッとシャッター音が部屋に響く。

「ん?」

何だと顔を向けてきた瑛貴に向けて鷹臣は無言のまま、続けてシャッターを切った。

口元を緩めて楽しそうに写真を撮る鷹臣に、瑛貴も口端を緩める。鷹臣を咎める事無く、沸いた薬缶の火を止めた。

何故なら、瑛貴のスマホにはすでに鷹臣の寝顔が収められているからだ。無防備にその身を瑛貴へと寄せ、気持ちよさげに眠る姿など可愛くて仕方がない。起きている時の鷹臣は基本格好良いが。

くくっと思い出し笑いをしながら、沸いたお湯とはちみつをカップの中で混ぜ合わせる。不思議そうに首を傾げながらも写真を撮る鷹臣に、最後の仕上げとしてレモン果汁を数滴カップの中に垂らし、マドラーでかき混ぜる。ホットはちみつレモンの出来上がりだ。

「熱いから気を付けろよ」

ベッドまでカップを運んで差し出せば、その代わりの様に鷹臣からスマホを渡される。

「テーブルの上に戻しといてくれ」

「んで、良い写真は撮れたか?」

再びローテーブルの上に白と黒のスマホが並ぶ。瑛貴は冷めたマグカップを手に鷹臣のいるベッドに腰かけた。

「言っただろ?それはお前にも秘密だ」

例え写っているのがお前でも、その中にある写真は俺だけのもの。
鷹臣は手渡されたカップに口を付けると、その優しい甘さに頬を緩めた。

「そうだったな」

鷹臣の言葉に理解を示した瑛貴もマグカップに口を付け、互いの間にある公然の秘密にくつりと笑みを零した。

お互い、自分だけが知る恋人の姿があってもいいだろう。

こくり、こくりとゆっくり喉を潤す鷹臣に瑛貴もまたゆっくりと、緩やかに、穏やかに流れる時間に身を浸す。
言葉はなくとも二人の間に流れる空気は心地良く、暖かなものであった。






そして、一部の生徒達を除き、いつもと変わらぬ月曜日がやって来る。

教室へと真っ直ぐに登校した東雲はどこかぴりぴりとした空気をその身に纏い、手元に持っているスマホに視線を落とす。続々と登校して来るクラスメイト達もその空気を察してか、東雲に話しかけることはしない。

「おはー…っと」

唯一、登校してきた田町がその空気に気付いて面白そうに東雲を見た。

「道化。トロイはどうした?」

珍しく一人で登校してきたその姿に気付いた芦尾が声を掛ける。

「あー、なんか、今日は用事があるとかで。朝飯食った後、ドロンした」

「へぇ…今日は何かあんのか?」

「さぁ?聞いてみる?」

芦尾と田町の視線が東雲に向く。それを感じながらも東雲はまだ教室に姿を現さない高杉と北條の事を考えた。伏見が来ないのは当たり前だが。





前日の夜には学園寮へと戻って来ていた鷹臣は瑛貴が用意してくれた朝食に舌鼓を打ちながら、元の髪色、黒色へと戻された己の髪に触れて言う。

「俺は別にそのままでもよかったのに」

多少周りがうるさくなるかも知れないが、せっかく瑛貴が手ずからセットしてくれたのだ。瑛貴が隣にいれば周りのうるささなど我慢できる。気にはしない。

向かい側で一緒に朝食をとる瑛貴は鷹臣の姿を元に戻した理由を口にする。

「俺も最初はそのままにしとくかって思ったんだがな。いまさら知らねぇ奴らにお前のカッコ可愛い姿を見せるのももったいねぇ」

「お前がそう言うなら俺はいいが」

元から鷹臣にはそこまで拘りはない。今までも面倒事を避ける為だけにしてきたようなものだ。
瑛貴がそうしたいと望むなら、俺はそうするだけだ。

鷹臣の返事にふっと機嫌よく口端を吊り上げた瑛貴はその後酷く楽しげに笑った。

「まぁ、そのうちな」

「……?」

鷹臣にはよく分からない呟きであったが、瑛貴には瑛貴の考えがあるのだろう。なにより、瑛貴が楽しそうな様子に鷹臣も嬉しくなる。

そして、鷹臣の都合に合わせて朝食を食べ、少しゆっくりした後、二人は寮の部屋を出る。
今日の授業を受ける為だ。寮を出て、同じ敷地内にある校舎へと向かう。

その途中、珍しい事に鷹臣は呼び止められた。

「北條」

校舎へと向かう生徒達が歩く中、その人物は逆走する様に校舎の方から歩いて来た。
声を掛けられたことに瑛貴が眉をよせ、隣を歩いていた鷹臣に聞いて来る。

「誰だ、あいつ」

「さぁ?確か三年のどこかの教師だと思うが」

七泉学園のように全寮制でもある学園ともなるとそこに在籍する教師の数も多い。辛うじて頭の片隅に引っかかっていた記憶を引っ張り出して鷹臣は答えた。

そう、たしか。こいつは生徒会の顧問でもないのに、何度か生徒会書記の事を口煩く叱っていた。その内容までは知らないが、部外者がいい迷惑だと思った事が数度ある。書記の奴もこの教師の話はけろりとした様子で聞き流していたようだが。

そんな名前も把握していない教師が一体何の用だと鷹臣も微かに眉をしかめて口を開く。

「おはようございます」

「あぁ、おはよう」

とりあえず先に挨拶の言葉を口にすれば、その教師は一瞬、鷹臣の隣にいる瑛貴に目を向け、挨拶を返して来る。もちろん瑛貴は始めから教師だろうと相手にはしない態度で無言を貫く。

「それで、俺に何か用ですか?」

鷹臣は時間を取られる事を嫌って率直に聞く。すると教師は神妙な面持ちを作って口を開いた。

「実は北條に相談に乗ってもらいたいことがあってな。三年A組の宮城のことなんだが…」

「誰ですか」

「えっ!?」

間髪入れず返された疑問に何故か教師が目を見開く。その切り返しの良さに瑛貴は一人、鷹臣の隣で喉を震わせる。

「し、知らないわけないだろう?本来ならそこの奴が入るはずだった部屋のルームメイトだ」

その簡単な説明だけで鷹臣には十分。この教師は瑛貴に良い印象を持っていない。どころか、その逆で。鷹臣の中では相手にする価値も無いとその一瞬でカテゴリー分けされた。

「でしたら、他をあたって下さい。俺はその彼をよく知らないので」

冷たさを帯びた声が言う。

「え、いや、それは…」

鷹臣の冷たい切り返しに狼狽えたのは教師の方だ。
まさか断れるとは思わなかったのだろう。しかし、受けると思ってる方が可笑しいのだ。瑛貴は鷹臣の本質を知らぬ教師に嘲笑が零れるのを隠せなかった。

校舎へと向かう生徒達の人波の中、ただでさえ目立つ生徒会長と噂の編入生の組み合わせは教師に足止めを喰らった時から更に注目を集めていた。

それは誰が見ていてもおかしくはないほどに。

「ふぅん…」

断ったにもかかわらず引く気配を見せない教師に瑛貴は意味ありげに口端を吊り上げる。

「用がそれだけなら失礼します」

鷹臣の中で完璧に排除されたその教師に心の中で笑って、それとは裏腹な行動に出る。鷹臣の肩に手を置き、その場に引き留めるよう口を挟む。

「いいんじゃねぇの?こいつに付き合って遊んでやれば」

「瑛貴?」

すぅっと鋭く細められた赤の双眸が自ら飛び込んで来た獲物を甚振るように射抜く。

「――っ!」

そのひと睨みで顔色を悪くした教師にも構わず、不思議そうに自分を見てきた鷹臣に瑛貴は囁く。

「わざわざお前を指名して来たんだ。俺じゃなく、お前をな」

そこまで言えば鷹臣にも何となく通じたのか、その可能性に気付いて、普段は気にもしていない周囲へと意識を裂く。そこに一般の生徒達とは違う色の視線を感じて鷹臣は目の前の教師に視線を戻す。

「瑛貴、その間お前はどうするんだ?」

「俺?そうだなぁ」

まるで目の前の教師の反応を面白がるように瑛貴は言う。

「お前について行ってもいいが、教室に行くか。それとも寮に戻るか」

複数の候補を上げれば、目の前の教師は分かりやすく反応を見せる。
どうやら瑛貴には付いて来て欲しくないらしく、寮に戻ると言った瞬間にも教師の顔は強張った。

鷹臣と瑛貴は目配せしあうと、もっともらしい言葉を口にする。

「せっかく起きたんだ。お前はこのまま教室に行け」

「お前がいねぇのに?」

「後からすぐ行く」

ほらと、鷹臣は瑛貴の背中を前に向けて押す。
一歩足を踏み出して止まった背中が振り向く。

「何かあったら連絡しろよ」

一見すると鷹臣を気遣うようなセリフだが、それを受け取った鷹臣の感じ方は違う。

「あぁ」

お前を呼ぶほどの楽しい事があったらな。

頷いた鷹臣に今度こそ瑛貴は背を向ける。

瑛貴が去った事でやっとまともに息が吸えるとでもいう様に顔色の悪い教師が大きく息を吐く。鷹臣はそんな教師に冷ややかな心情を隠すことなく声をかける。

「それで、先程の件ですが」

「あっ、あぁ!相談に乗ってくれるか!」

「えぇ…俺でよければ」

とても冷めた眼差しに気付く事無く、その教師は場所を移そうと言って鷹臣が歩いて来た方向、学生寮の方へと歩き出す。

「いやぁ、さすがは北條だ」

「何ですか」

「俺は最初から北條なら話を聞いてくれると思っていたぞ。ただ、友達付き合いはよく考えて…」

こいつにそこまで口出しされる謂われはない。

鷹臣は続く教師の言葉を遮り、冷え冷えとした声で言う。

「学生寮は許可が無ければ、教師といえども入れないのでは?」

「それは大丈夫だ。安心してくれ。許可は先週からとってある」

「へぇ…」

いかにも出来る教師を演出したい様だが、それはただの墓穴だ。
先週と聞いて鷹臣の脳裏に浮かんだのは、これが計画的犯行だという事だ。

この先に何人待ち伏せていようとも鷹臣には関係ない。瑛貴は遊んで来いと言ったのだ。ならば手加減の必要もないだろう。

学生寮の玄関、広いロビーを通り抜け、教師は何故かエレベーターを使わずに階段を昇り始める。どうやら意識して防犯カメラを避けているらしい。鷹臣にはどうでもいいことだが。これで教師へと向けていた疑念は確信へと変わる。

時間的にも生徒達が登校して、寮内に人がいなくなる時間帯か。階段を上って、辿り着いたフロアの廊下には誰もいなかった。しんと静まり返った廊下を教師が先に立って歩く。

「宮城本人が直接北條と会って話をしたいそうでな。悪いな、北條」

足を運ばせてと、三年の二人部屋が並ぶ廊下を進み、教師が一つの扉の前で足を止める。

「ここだ」

確かにその部屋は瑛貴が入る予定の寮室であった。

扉脇に備え付けられたインターフォンに教師の手が伸ばされる。その行動を遮るように鷹臣が言葉を被せた。

「案内はここまでで結構です。後は俺が話します」

言外にここから立ち去れと鷹臣は冷たく言い放つ。

「いや、しかし…」

「報告が必要なら後で職員室の方に伺います」

「そっ、それは困る!いや、ほら、み、宮城も相談したことが周りにバレるのは嫌がると思うからな」

「その点についても本人に確認しておきます」

何を焦っているのか。それともこいつも目の前の部屋の中にいるであろう人間と同類なのか。ますます機嫌を下降させた鷹臣に、纏う空気が冷たさを増す。ぞくりと悪寒にも似た震えを覚えた教師は無意識に鷹臣から後退っていた。鷹臣は気にせずに畳みかける様に言う。

「それともまだ何か?他に話があるなら場所を変えますが」

そう言って鷹臣は来た道を戻る素振りを見せる。

「い、いやっ、そうじゃない!…宮城のこと頼んだぞ、北條」

鷹臣のその行動に慌てた様に教師は部屋の前から離れる。そうして、鷹臣の横を通り過ぎざま、そう言って鷹臣の肩を叩こうとして空振る。すかっと空を切った手を、意味も無くひらひらと振ることで誤魔化し、その教師は引き攣った笑みを浮かべてその場を離れて行った。

足早に学生寮の玄関ロビーまで退散した教師は、途端に鷹臣の前で見せていた顔を捨て、醜く歪んだ顔を見せる。

「これで北條は俺のものだ」

少しばかり可哀想な気もするが、気の毒な目に合った生徒を慰めてやるのも立派に教師の務めだろう。

くふくふと、その時の事を想像して笑った教師の目の前、その行く手を遮る様に複数の生徒が立ち塞がった。

「うん?何だお前達。もうすぐHRが始まる時間…」

「河戸(かわべ)教諭。貴方の身柄を寮内規則違反で拘束させて頂きます」

教師の言葉を遮り、淡々とそう告げたのは東雲率いる風紀会の役員達だ。

「寮内規則違反だと?俺はそんなこと」

「貴方は学生寮に立ち入る際、虚偽申請をしましたね?貴方が先週申請した寮内立入理由は、とある生徒の相談事の為と記載されていましたが」

「そ、そうだ。俺は可愛い生徒の為にこうやって足を運んでやって」

「貴方が記載したその当該生徒に確認を取りましたが、そんな話はしていないと言われました」

「それは…、いや、待て!そんなことまで確認するのか!?プライバシーの侵害じゃないか!」

あくまでも虚偽申請などしていないと言い張る教師に風紀役員はぴしゃりと告げる。

「申し開きがあるのならば、我らが東雲会長に直に仰って下さい」

それから貴方は知らなかった様ですが、今現在、学園内の風紀は厳戒態勢に移行しています。東雲会長からの通達はオールレッド。一番厳しい警備体制になっています。だから、些細な事柄にもチェックが入るのです。残念でしたね。


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