03


カタカタとキーボードを叩く音が続く。その目に映るモニターには数字と短い英単語の羅列。とあるシステムを動作させる為に綴られた文字列がざぁっと川の流れの如く、上から下へと流れ落ちて行く。次から次へと変わって行く画面に、キーボードを叩く音も早さを増す。

「そーちょ。さすがに学内のシステムにハッキングとか、ヤバいと思うんだけど」

「どんなクライアントだか知らないけど、さすがにこれは俺もマズいと思う」

生徒会長北條 鷹臣との取引の末、情報メディア室を引き渡された佐賀はさっそく仲間達に拠点を移すことを告げ、自分はその傍らで現在情報メディア室に置かれているパソコンのスペックでどの程度まで学内のシステムに侵入できるかを試していた。

黙々と作業を進めるその光景を背後から覗き見た仲間達は佐賀の試みているトライヤルの内容に気付き、ぎょっとして口々に心配そうに言葉を零す。

「う〜ん…。今のままじゃ、少し厳しいか…」

ある程度進んだところで佐賀の手が止まる。

悩ましげに唸ると全ての痕跡を消してから侵入を試みていたシステムから抜け出す。その際、いくつものサーバーを経由して、例え不法侵入が発覚した所で、追跡が出来ぬよう撹乱しておく。

「スペック不足だな」

モニターを見つめたまま呟く佐賀に、その集中力に仲間達の一人が佐賀を現実世界に引き戻す様にその頭を後ろから軽く叩く。

「佐賀総長!」

「いたっ…!?いきなり、何するんだよ!?」

キーボードから離した手でどつかれた頭を擦る。モニターから離した目を仲間達に向けて、佐賀はむすっとした表情を見せた。

「なに?は、こっちの台詞なんだけど」

「そーちょ。いきなり引っ越しだって。新しい拠点はめちゃくちゃ嬉しいけどさ」

「怪しすぎる」

詳しい話は聞かされていない仲間達が怪しむのはもっともだが、佐賀としてもどこまで喋って良いものか悩む。チームと自分の身の安全を考えた上で仲間達の言葉に答える。

「あんまり詮索するな。自分達の為にも。ただ、言えるのは一つ。…これは『ウルフ案件』だ」

その名で察してくれと、佐賀は大雑把に纏めた一言を仲間達に向かって投げる。

「ウルフ…」

「そーちょ。それは一番関わっちゃいけない案件だよ」

「いつの間にそんなことになってるんすか」

案の定ざわざわと仲間達の間に動揺が走る。

本当のところはタイガー案件だが、あの二人が共に居る以上はウルフ案件でも間違いはないだろう。北條の方はまだその正体を誰にも気付かれていないようだから、今はウルフ案件と言っておいた方が仲間達も納得しやすいだろう。

「分かったら、詮索は無しだ」

例え仲間でも、仲間だからこそ、言えない事だ。この依頼は俺が個人で請け負った事にして処理する。

そう続けた佐賀に仲間達は一瞬互いに顔を見合わせた。

「そーちょ。それでも俺達は危険性を理解した上で、あえて聞くよ」

「ウルフ案件。中身は何だ?」

詮索するなと言った側から仲間達は次々に口を開く。

「あのなぁ…」

そして、佐賀を見るその目は好奇心からでもなく、みんな真剣な光を秘めていた。

彼らは【トロイ】の総長である佐賀と共にウルフ案件に巻き込まれる覚悟をしていた。

「そーちょ。自分が一番よく言ってるでしょ。情報の取扱いには人一倍気を付けろって」

「俺らトロイは一蓮托生。隠し立てして何処からか情報が洩れるより、始めから共有しておいた方が安全だと俺は思うぜ」

心配なら最初から『ウルフ案件』に関わる人間と関わらない人間でチームを分けておけばいい。メインとサブを分けて運用するのは情報セキュリティの上で当たり前だろ?

それなら万が一、メインを潰されても【トロイ】というチームは存続していく。

「…まったく、情報の取扱いで俺を脅して来るとは。生意気な後輩に育ったな」

「そこは素直に後輩の成長を喜んでくれよ、先輩」

「はいはい。んじゃぁ、生意気な後輩横川の言う通り、今からチームを二つに分ける」

佐賀総長の号令の下、ウルフ案件に関わる仲間をその場に残し、関わらない他の仲間達は元の拠点に戻る。彼らにはそこで通常通りの行動を取ってもらう。

結果、佐賀を含めて情報メディア室には七人の人間が残された。

「あのさ、普通部隊を分ける時って、総長と副総長別々にしないか?」

「定石を踏んでたら安全か?そんなことないだろ」

「そうそう。それに佐賀はこのメンバーがベストだと思ったんだろ」

「少数精鋭って奴っすね」

「かっこいい!」

好き勝手喋り出した仲間達を纏める様に、真っ直ぐに佐賀を見て副総長が口を開く。

「そーちょ。情報の開示を」

「分かった」

副総長の言葉に頷き返した佐賀は六人の前に立つと、これまでの事をおさらいする様に少し前の話から始めた。

今回学園に編入して来たウルフこと三年高杉 瑛貴には、この学園にお気に入りがいた。それが同じく三年の生徒会長北條 鷹臣だ。そして、非公認ながら北條会長には親衛隊がついている。

「ん?会長の親衛隊って非公認だったんすか?」

その存在は学園に在籍しているものなら知っている。なぜなら、親衛隊の頭を務める更科という生徒自身も容姿が整っており、学園内では人気があるからだ。

「あぁ。北條本人は認知していない」

むしろ、知らない。興味がない。眼中にすらないだろう。と、佐賀は改めて認識する。これで少しでも北條の意識が親衛隊に向いていたなら、もう少し穏便に、安全に、ことを運べたかもしれない。更に言えば、北條がタイガーでなかったなら。

佐賀は思っても叶わない想像を振り切り、言葉を続ける。

「この際、北條の認知はどうだっていい。問題なのはウルフのお気に入りである北條に熱を上げる連中がいるってことだ」

そう言い切った佐賀に仲間達も顔をしかめて、口々にその危険性を零し始める。

「それはヤバいっすね」

「ウルフの排除対象だな」

「独占欲の塊みたいな男だからなぁ、ウルフは」

「とうとう校内で血の惨劇が…」

「風紀は何をしてるんだ?この緊急事態に」

「そーちょ。もしかして、ウルフの片棒を担ぐの?」

副総長の零した言葉にぴたりと皆が口を閉ざす。一斉に向けられた視線に、佐賀は面倒くさそうにがりがりと頭を掻いて、一つ頷く。

「片棒を担ぐわけじゃないけどな。依頼内容は北條の親衛隊に関する情報の提供だ」

渡した後は知らんと、佐賀は続けたが、その後誰がどうなるかは言わずともみな想像できてしまった。

「そーちょ。学内の問題なら風紀に相談しては?」

「無理だ。その辺も含め、すでに取引は成立してる。それに相手が誰であろうとクライアントから受けた依頼内容を自分の身可愛さに漏らすことは出来ない」

【トロイ】が情報屋として活動していく上で、顧客からの信頼は絶対に失えない。

「とはいえ、俺が相談しなくとも、東雲の方で何かしら対策は取ってるはずだ。ウルフは一度、北條の親衛隊から呼び出しを受けている」

「マジか!?」

「ひぇっ!怖いもの知らず過ぎるだろ」

「知らないって、怖いっすね」

佐賀としてはそこに賭けるしかない。東雲が北條の親衛隊を何とか抑え込んでくれることを願うばかりだ。

「あれ?でも、うちにその案件が回って来たってことは、ウルフはその呼び出しに応じなかったってことっすか?」

応えていれば、既に北條親衛隊は壊滅。血の惨劇が噂になっている筈だ。

首を傾げた仲間に佐賀は回答を告げる。

「タイミングの問題だろう。雑魚に割く時間は無いと、ウルフは北條との時間を優先させた」

「へぇ…、それはまた。溺愛してんな」

「会長、大変そう」

そういうわけで、風紀は頼れない。もし、相談するにしても風紀が親衛隊の情報を渡すとは思えない。

「普通に考えてもそれはないな」

「風紀の第一優先は学内の治安維持だからな」

「あー、分かった。それでさっき、学内のシステムに侵入を試みてたわけか」

一連の佐賀の行動にやっと納得がいったと仲間達が頷く。一方で、副総長だけはきゅっと眉を吊り上げ、右拳を握った。

「そーちょ」

佐賀の名を呼び、一歩、前に足を踏み出す。

「うん?」

視線が自分を捉えた瞬間、更に一歩、前に踏み込み、ボディーブロー。

「ぐは…っ!?」

「ばーかっ!ばーかっ!そーちょのばーか!…なんで一人で危ない橋を渡るの!俺達が何の為にいると思ってるの!」

ぼかすかと佐賀に殴りかかった副総長を慌てて仲間達が止める。

「副長!ストップ!」

「いいのが一発もう入ってるから!」

「落ち着いて下さい!」

「ほら、総長も反省してるって。謝ってるっすよ」

「土下座!?…いや、よく見たら、腹に一発イイのもらって蹲ってるだけか?」



などと騒がしい一幕を間に挟みつつも何とか復活した佐賀はキャスター付きの椅子に座り直し、腹を擦る。

「いてて…」

「謝らないから。そーちょが危ないことするからいけないんだ」

「あぁ、悪かった。特にお前には先に話しておくべきだった」

実の所、トロイの副総長は総長である佐賀よりも喧嘩の腕は強く、心配性でもあった。学年的には佐賀の一つ下。二年A組の生徒である。

副総長を宥めつつ、佐賀はもう一つ伝えておくべき話を口にする。

「ついでにもう一つ、共有しておいた方がいい情報がある」

これは風紀の東雲にも伝わっている情報だ。

時刻は今朝。場所は学生寮の生徒玄関付近。そこの防犯カメラの映像を3年S組の伏見に売った。なお、人物指定有の高額情報だ。

「伏見って総長と同じクラスの?」

「誰を指定されたんすか?」

「――生徒会長。北條 鷹臣だ」

「風紀に流れてるって事は、その伏見は風紀の目か」

「かいちょが狙われてるの?」

東雲の話からすると風紀は現在、北條と高杉に守りを付けている筈だ。それでも狙っている人間、もしくは集団がある。

「おいおい、会長みたいな一般人を巻き込むのはタブーだろ?」

それ以上に学内での乱闘は禁止されている。

佐賀は仲間の一般人発言はスルーして言葉を続ける。

「北條には常にウルフが付いてるから大丈夫だと思うが、念の為、北條を狙う人間がいるってことも頭にいれておいてくれ」

「分かった」

「北條に何かあったら、それこそウルフがやべーだろ」

それはどうか。ウルフは笑ってその場を眺めているかも知れない。佐賀が初めてタイガーを目撃したあの日の様に。

どこか遠い目をした佐賀は言葉の割に北條の事は心配していなかった。

「…そーちょ。他に何か隠し事してないよね?」

小さく呟かれた言葉は佐賀の耳にまで届かなかった。






「ったく、休みは休む為にあるんだろうが」

寮の一室。広い部屋の中には執務エリアと応接間、簡易のキッチンにバス、トイレ、仮眠室までもが揃えられていた。
その応接間に置かれたソファに身を沈めた東雲の口から文句が零れる。

「なんかブラック企業で働く社員みたいですね。もしくは無茶振りしてくる上司に振り回される部下とか。休日出勤ご苦労様です、東雲先輩」

にこやかに笑って勝手に茶菓子と飲み物を、自分の分だけ用意して東雲の向かい側のソファに腰を下ろしたのは生徒会書記二年の椿であった。そんな椿に東雲はじろりと鋭い視線を投げる。

「なんでお前がここに居るのか聞くのは愚問か」

「まぁ、そうですね。暇すぎて寮内をぶらぶらしてたら、東雲先輩が怖い顔して風紀室に入って行くのが見えたから。その後をつけて来ただけなんで、何でと問われても面白い回答は出来ませんよ?」

「はぁー…」

頭が痛いという様に額に手をあてた東雲に、椿は「仕方がないですね」と言って自分用に淹れてきた紅茶をソーサーごと東雲の前に押しやる。

「これでも飲んで下さい」

「その気持ちがあるなら、新しい茶を淹れて来い」

「えー、後輩使いが荒いと俺に嫌われますよ」

「かまわん。新しい茶とその菓子は置いていけ」

それは風紀の備品だ。

何だかんだ言いながら席を立った椿は東雲用に新しいお茶を淹れ、茶菓子も用意し始める。

「まぁ、そうですよね。東雲先輩が嫌われたくないのは一人だけですもんね」

椿の言葉に東雲はただ眉をしかめる。

「花の女子大生でしたっけ?東雲先輩の婚約者。ちゃんとデートとかしてます?」

「そう思うなら、休みに問題を起こすな」

再びテーブルを間に挟んで東雲の向かい側に座った椿は東雲の言葉に首を傾げる。

「今、問題を起こしてるのは俺じゃないでしょ」

三年G組の辻なにがしを中心としたウルフに恨みを持つ集団プラスアルファ。北條会長の親衛隊に、それから副会長達の一部過激派親衛隊。

「巻き込み事故にあった三年の宮城先輩には同情しますよ」

「……お前はまた、どっから情報を」

「あっ、そうだ!そんなことより、先輩に聞きたい事が一つあったんでした」

「何だ」

もはや面倒臭さを隠すことなく東雲は聞き返す。

「会長と高杉先輩の映った学生寮の玄関の防犯カメラの映像なんですけど、あれって静止画にしてプリントアウトしたら怒られますかね?御守りに入れておきたいんですけど、やっぱり本人の許可がないと肖像権に引っかかっちゃうかなぁ」

「お前、伏見に渡した情報料は風紀の経費だぞ」

つまり伏見の持っている映像は風紀の押収物であり、私的流用は認められない。

「えっ!?」

衝撃の事実に椿は目を見開く。

「先輩…」

「ダメなものはダメだ。…そんなことより、お前いつから伏見と連絡を取り合ってんだ?」

東雲も知らなかった椿の交友関係の広さに驚きつつも、こいつならそれも有りかとあっさり納得してしまう。

「狐先輩、じゃなかった。伏見先輩とは結構前からやりとりしてますよ。だって、伏見先輩もウルフとタイガーのファンじゃないですか」

いわば、同志。だから、街中での二人の目撃情報を交換したり、二人の話で盛り上がったり。

「そ、そうか…」

東雲には少しばかりついて行けない話である。それでも何となく繋がりは理解できた。東雲はそのまま話を続ける。

「その割にはよく北條達の後を追って出掛けなかったな?」

「そんなマナー違反はしませんよ。偶然ならともかく。久々の二人きりのデートですよ?その邪魔をするとか、万死に値します。むしろ、絶対にやっちゃいけない事ですよ」

「…あ、あぁ、そうだな。たしかに」

学園内でも隠すことなく北條の事を溺愛しているウルフの姿を脳裏に思い浮かべて、東雲はそりゃヤバいどころの話じゃねぇなと同意を示す。

椿が淹れたお茶に口を付け、東雲は一つ息を吐く。椿も自分で用意した茶菓子に手を伸ばすとぺりぺりと菓子の袋の口を開けた。

そんな静けさを取り戻した空間を裂くように東雲のスマホが鳴り出す。

誰だと考える間もなく、スマホから流れるメロディーで相手が分かる。東雲のチーム【韋駄天】のメンバーからの着信音であった。

「………」

よくどうでもいい連絡をしてくる奴は目の前にいる。むしろこいつは電話より直接相手の反応を見る為に乗り込んでくる事の方が多い。

東雲は椿に恐れられてもいないが、敬われてもいないだろう。

椿の視線を感じながら東雲はその電話に出た。

「もしもし、東雲だ」

『『総長―!大変、大変!』』

二人分の声が重なって電話口から響き渡る。

「うるせぇ、叫ぶな」

それはチーム【韋駄天】に所属する生徒会会計、双子の声であった。

『大変なんだよ!』

『ウルフとタイガーが!』

『『街中で大暴れ!死傷者多数!』』

『いえ、辛うじて死人は出ていませんから』

双子の声に続いて落ち着いた声が電話口から聞こえる。一緒にいるのは生徒会副会長ことチーム【韋駄天】の副総長だ。

東雲は副総長の名を呼んで電話相手に指名する。興奮しているらしい双子の話では埒が明かないと判断してのことだ。

「で、お前らは街に下りてんのか?」

『えぇ、学園に閉じこもってばかりでは視野が狭くなってしまうと実感したので。今日は気分転換も兼ねて街を散策に』

「ほぉ、そいつは良い心がけだな」

『昂輝が言ってくれたおかげです。危うく私達は彼に取り返しのつかない事をする所でした』

「気にすんな。逆に俺が間違った事をしたらお前らが止めてくれんだろ」

だからお互い様だと、東雲ははっきりとした声で言い切る。
それに副総長達は電話口の向こう側で苦笑を浮かべた。

やはり彼等が仰ぐ総長は器の大きな人だ。だから、人が付いて行く。

『昂輝。タイガーがウルフと共に現れました』

「ほぉ…」

北條と高杉が出かけたのは東雲も知っている。だが、タイガーが現われたという報告には少しばかり驚く。北條がわざわざタイガーの姿をとったということか。
互いに素顔で出掛けたものだと思っていたが。

「うわぁ…、見てみたかったな。会長のタイガー姿」

漏れ聞こえて来る話に当然の様に聞き耳を立てている椿が悔しげに呟く。

なるほど。ウルフのリクエストの可能性もあるか。

東雲は椿の呟きからそう理解して話の続きを聞く。

『その噂を聞きつけた複数のチームが駆け付け、タイガーとウルフにちょっかいをかけたようです。辺りは酷い有様です』

ただ、幸いなことに乱闘現場は表通りから中に入った路地や廃材置き場なので、今のところ一般人に被害は及んでいません。あちらこちらに怪我人が転がっている惨状です。

「通報は?」

『その場を離れてから、匿名で救急の要請だけしておきました』

「よくやった。それでいい」

まだあの二人にちょっかいをかける人間がいるのか。奴らも学習しねぇな。だが、今回はそれだけではないだろう。半年振りに姿を現したタイガーを見に来た野次馬もいそうだ。ちらりとひとり言を零す椿に視線を流す。

「東雲先輩の顔は見飽きたんで、俺も今から街に行くべきか…」

「何でお前はいちいち俺を引き合いに出して言う?それに今から行った所で遅いと思うがな」

『昂輝?誰かいるんですか?』

「あぁ、椿がな」

『一緒でしたか』

「こいつが勝手に居座ってんだ。…で、話を戻すぞ。その後、二人はどこへ行った?」

東雲の質問に電話口の向こう側で双子と副総長が会話を交わすのが聞こえ、やや間を空けてから返答が返される。

『一度表通りに戻った後、駅の方に向かったそうですが、その後は分かりません。あまり近付きすぎるとこちらの身が危ないので』

「そうか。分かった。お前らもあの二人には気を付けて遊べよ」

『はい。また何かありましたら、学園に戻ってから報告します』

「あぁ」

『あ、そうでした!少し椿に代わってもらえますか?』

俺?と首を傾げつつも、東雲から差し出されたスマホを椿は受け取る。

「はいはーい!俺ですよ」

『本当なら私が帰って確認すべきでしょうが。椿、あなたは私達の中でも一番会長と親しくしていますよね』

「うん?」

何故ここで会長?たぶん副総長の言う会長は生徒会長のことだろう。

疑問符をつけた相槌に気付かず、副総長は用件を切り出す。

『ウルフがあれです。会長は寮内にいると思いますが、時間のある時でいいので、一度会長の様子を確認しておいて下さい』

「えーっと、それはいいけど…」

椿はちらりと東雲の顔を見て、言葉を濁す。東雲は椿の視線に首を横に振り、適当に話を合わせるよう指示を出す。とりあえずまだ話をややこしくさせるなと言う事らしい。

言葉を濁した椿に、疑問を生じさせたと思ったのか、副総長がその理由を告げる。

『ウルフとタイガーにやられた人間の中に、うちの学園の生徒も交じっていました。彼らの仲間が逆恨みをして、ウルフと関わりのある会長を狙うといけないので』

「あー、なるほど」

副総長はそこまで考えて。純粋に会長のことを心配しているらしい。

椿は深く頷くと副総長に了承の意を返す。

「分かった。見ておくよ」

『お願いします』

話しはそこで終わり、通話が切れる。

椿からスマホを返された東雲はまた面倒臭さが増した話に、向かい側に座る椿に視線を投げる。

「それで?お前も街に下りるのか」

「え?何でですか?」

「あいつに北條の様子を確認しておくと約束しただろ」

互いに飲み物に手を伸ばし、口を付ける。喉を湿らせ、質問した東雲に椿はわざとらしく小首を傾げて見せた。そのわざとらしい仕草に東雲の眉間に皺が寄る。

「まさかとは思うが、お前、ここに居座る気じゃねぇよな」

「そのまさかですよ。だって、今から街に下りても会長には会えないでしょうし、副総長の言う会長は、今、学園の寮にいる会長でしょ?…ね、東雲風紀会長」

自分は何一つ間違っていないと胸を張って言った椿に東雲はコイツには詐欺師の才能も有りそうだなと、呆れた眼差しを向ける。

「適当に話を合わせろって言ったのは東雲先輩ですからね。先輩も俺の話に合わせて下さいよ」

そう言われるとそうなのだが。

東雲は釈然としない面持ちで仕方がなく、椿が風紀室に居座る事を許可した。



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