02


マンションを出た二人が最初に向かった先は今日の目的でもある携帯ショップであった。やたらと愛想の良い店員を無視して瑛貴は鷹臣に話しかける。

「どんなのが良いとかあるか?」

「特にない。使えれば」

そう言いながら言葉を途切れさせた鷹臣はそのまま瑛貴の顔を見つめ、あぁでもと独り言を呟くように言葉を零した。

「綺麗に写真が撮れるものが良いな」

「写真な。一応聞くが、何を撮る気だ?」

真っ直ぐに自分を見つめて言う鷹臣に瑛貴は軽い口調で面白がるように聞き返す。すると鷹臣もその双眸に悪戯じみた光を灯して緩やかに口角を吊り上げる。

「それはお前にも秘密だ」

「秘密なのか」

「あぁ。俺だけのものだからな」

鷹臣が何を撮ろうとしているのか、薄々分かっている瑛貴はそこで追究の手を止めると、だったら俺が今使ってるものと色違いにするかと話を進めた。

「それもいいな」

「操作の仕方は教えてやる」

「あぁ。頼りにしてる」

「じゃ、決まりだな」

そして、壊れてしまったスマートフォンから新しい機種への変更手続きをする。電話番号は引き継がずに新しく割り振られたものにし、メールアドレスもまっさらな状態に戻す。これで実質、鷹臣と連絡が取れるものはいなくなった。
細かい設定なんかは後で良いだろうと、手続きを済ませた二人は用事が済んだらさっさとその携帯ショップを後にした。

「戻るのも面倒だ。駅前のコインロッカーに入れておくか」

携帯ショップの袋を片手に提げ、鷹臣は駅前への道を進む。

「そうだな。帰りに取りに行きゃいい」

その隣を当然のように瑛貴が並んで歩く。二人は周囲から向けられる様々な視線をものともせずに肩を寄せ合って駅前の通りを歩いていた。

ただでさえ派手な金髪と銀髪の組み合わせは人目を引く。更にはその色が違和感なく本人達には馴染んでおり、顔を見れば二人共に整った顔立ちをしている。すらりとした高い身長に加え、服の上からでもそのスタイルの良さが分かる引き締まった体つき。全てがバランス良く整っており、どこの芸能人かと異性に限らず道行く人がちらちらと二人に目を向ける。闇夜の中であってもその存在感を発揮する二人組は昼間の街の中でも人々から注目を集めていた。

「あいつは…!?」

「おい!タイガーだ。総長に知らせろ!」

その姿を目にバタバタと騒ぎだす一部の若者達もいた。
そんなことになっているとは露知らず、駅前のコインロッカーに荷物を預けた鷹臣は瑛貴と共に街中へと繰り出す。

「こうして歩くのは何か新鮮だな」

夜には開いている店が閉まっていて、夜には閉まっている店が開いている。人の多さもさることながら、夜と昼間では街の景色が違って見える。ぽつりと零された呟きを拾って瑛貴はそう言えばと、鷹臣の顔を見る。

「お前、昼間は街に顔を出さねぇよな」

タイガーとしてだけでなく。鷹臣としても、お前の顔を街中で見かけたことがない。もし見かけていれば瑛貴には分かる。そう考えた所で瑛貴は一つの結論に辿り着いた。

「昼間は出掛けねぇのか?」

鷹臣が瑛貴の言葉に頷き返す。

「わざわざ人ごみに出かけなくても、大抵のものは学園内で揃う。それに出かける度に見ず知らずの人間に声を掛けられるのも面倒だ」

「へぇ、声を掛けられた事があるのか」

俺以外に。昼の街中で。

鷹臣の素の姿を見て声を掛けて来るとしたら、女かと瑛貴は恋人の欲目を引いても格好良い鷹臣の姿に目を細める。
けれども鷹臣の返答は瑛貴が考えていたものとは少しばかり違っていた。

「女もしつこいが、男もうるさかった」

「なに?」

「初対面で名刺を押し付けてきた男が一人いたのを今思い出した」

もちろん押し付けられた名刺は見ることもなく、その場でびりびりに引き裂いて捨ててやったが。それきり昼間の街中に自ら進んで足を運ぼうと思わなくなった。夜の街は別として。

「いつの話だ」

「中学の時。夜にお前と会い始めた頃か…?」

あれもナンパというやつだったのかと間違った認識をしている鷹臣に瑛貴はその間違いを正すことはせずに「似た様なものだろ。適当にあしらっときゃいい」と言って続きの言葉を胸の内で呟く。きっとそれはナンパではなく、スカウトか何かだったのだろう。だが、真実を教えた所で鷹臣の行動が変わるわけでも、過去が変わるわけでもない。瑛貴はそのまま話を流した。

「面倒事が嫌いで出掛けないってとこはお前らしいな」

他の人間が知ればそんなことでと言われるかも知れないが瑛貴はその鷹臣のありようを否定したりはしない。むしろ愉快そうに口元を緩めた。
なにせ、そんな鷹臣が自分とならこうして出かけるのだから。気分が良い。






鷹臣は終始瑛貴にエスコートされて、服屋に立ち寄ったり、昼間のゲームセンターを覗いたりと、そこらに普通にいる男子高校生と何ら変わらない場所を巡ってデートを楽しむ。昼近くになって個室も完備されているという食事処に入って二人はそこでまたゆっくりとした時間を過ごす。

いつもの夜ではない。学園でもない。
何だか心が擽ったくなるような穏やかな過ごし方に、最初は用事だけ済ませてさっさと帰ろうと思っていた鷹臣も瑛貴とならたまにこんな時間の使い方も悪くはないなと瑛貴を見つめて思う。

「ん?どうした?」

「いや。好きだなと思って」

ゆるりと隠すことなく好意を向けて来る眼差しに瑛貴の表情も優しく緩む。鷹臣は思った事を素直に口にしてくる。たとえそれが恥ずかしいと思う事でも、瑛貴はそんな鷹臣の一面も好ましいと思っていた。

「俺も好きだぜ、鷹臣」

「あぁ」

絡んだ視線が甘さを帯びる。

「午後はどうする?もう帰りたいか?」

「まだ少しその辺を歩いてから帰りたいな」

「それなら途中の店で夕飯の食材買って、駅寄って帰るか」

「瑛貴は本当に何でも出来るよな。俺も何か一つぐらい出来た方がいいか?」

「お前がやりたいなら反対しねぇけど、お前には俺がいるんだ。何もできなくても俺は構わねぇぜ」

とろりとろりと甘く滴る果実のように、鷹臣は甘い言葉に包まれる。その言葉を本当に実現してしまうだけの能力を持った瑛貴に心ごと絡めとられて二人きりの世界に閉じ込められる。もちろん鷹臣は自分の意志でその甘い世界の中に身を投じているのだが。

「俺も少しはお前を喜ばせるようなことをしてみたいんだが」

「じゅうぶん俺もお前からは貰ってるぜ」

鷹臣は意識していないのかも知れないが、鷹臣はこれまでも十分に瑛貴を喜ばせている。
そして、それは本人が気付いていないだけであった。






その後も瑛貴と鷹臣は二人、肩を寄せて昼の街の中を堂々と歩く。
鷹臣が店先のショウウィンドウを見て何事か呟けば、それに柔らかな笑みを零して瑛貴が答える。
とても親密な雰囲気を醸し出し、周囲の目など気にせずにデートを続ける二人は午前中と同じく傍から見ても目立っていた。一部の通行人達からはきゃぁきゃぁと小さな色めき立つ声が上がるほどで、見目も麗しく格好良い二人組に、やはり振り返る人もいた。

そう、そして、それだけであったならば何も問題はなかった。

「ウルフに、タイガーだな?」

人通りの多かった道を一本曲がった先で、どこから湧いて出てきたのか、瑛貴と鷹臣の行く手を阻むように同年代と思わしき男達が前方の道に立ち塞がった。

リーダー格と思わしき、茶髪に両耳にピアスを開けた男の質問に鷹臣は分かりやすく眉を顰める。そして瑛貴はそんな鷹臣の様子を横目で捉え、口角を吊り上げた。

あぁ、馬鹿な奴らだと内心で冷笑を零す。

すぅっと何度か下がった周囲の熱に鷹臣の機嫌が急降下していくのを瑛貴は肌で感じ取った。何も答えず黙り込んだ鷹臣と、あきらかに自分達を見下し高みの見物を決め込んでいる瑛貴。
茶髪の男の怒りが爆発するのは早かった。

「忘れたとは言わせねぇぞ、タイガー!俺の弟分の鼻を折ったことぅをおぉ…っ!?」

「知るか、そんなこと」

言うが早いか握られた右拳が男の頬を捉える。がっと強く打ち込まれた拳が男の脳を揺さぶり、男は簡単にその場に引っ繰り返った。

「そっ、総長!!」

「てめぇ!」

「まだ話の途中だろうが!!」

男の背後に付き従っていた仲間達が引っくり返った男に駆け寄り、その身を助け起こす。その際、鷹臣に向かって男達は罵詈雑言を飛ばしてきた。
しかし、それにも鷹臣は動じずに、ただじわりじわりと凶悪な気配をその身から滲ませる。青の双眸に熱を宿して言い捨てた。

「そんなルールは知らねぇな。こっちは久しぶりのデートなんだ」

邪魔をするなと、一歩、鷹臣が踏み込む。びくりと大きく身体を跳ねさせて後退った連中はまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。瑛貴の目には酷く滑稽に映った。だが、そんなことよりも瑛貴は久しぶりのデートを邪魔されて殺気立つ鷹臣の姿にうっそりと笑みを零した。

「あぁ…いいぜ、タイガー。久々にお前の喧嘩が見れるな」

今の鷹臣は荒々しい気配を纏いつつも美しい。ついうっとりとした熱い視線を送ってしまうのも仕方が無いだろう。破れかぶれで鷹臣に突撃していった男がまた一人、地面に転がり、強烈な足蹴りを受けて吹き飛んだ別の男が腹を抱えてその場に崩れ落ちる。

「ぐぁぁっ!」

「ひぃぃっ!」

「やめ…っ!?」

情けない叫び声と鈍い打撃音が響く。
数分と持たずに出来上がった地獄絵図に瑛貴は笑った。

「気は済んだか、タイガー」

「……あぁ」

ちらりと瑛貴を見た青の双眸の奥には微かに冷めきらない熱が燻っている。
それもそうだろう。タイガーが暴れるのは久しぶりだ。瞬間的に昂った熱を抑えきれず、かといってそれほど強い相手でもなくて、発散しきれなかった熱が体内でまだ未消化のまま渦巻いているのだろう。

瑛貴は熱を持った鷹臣の手を引くと建物と建物が作る隙間に身を滑り込ませ、鷹臣の背中をコンクリートの壁に押し付けた。それから己の両手で鷹臣を囲い、至近距離で視線を絡める。

「タイガー」

そして、じっと熱が籠った眼差しで見つめてくる鷹臣の頬に右手で触れ、瑛貴はゆるりと甘さの混じった低い声音で鷹臣を誘う。

「本当はまだ物足りないんだろ?」

「………」

するりと鷹臣の左頬を滑った手が、鷹臣の唇に触れる。

「いいぜ。…俺にぶつけろよ」

ふっと薄く開いた唇の中に瑛貴の親指が挿しこまれる。ゆっくりと瞬いた青の双眸がぎらりと一際強い光を帯びる。口の中に挿しこまれた親指を甘噛みし、鷹臣が動く。唇に添えられた瑛貴の右手を掴み、己の中で燻る熱をぶつけるように瑛貴の唇に噛みつくようなキスをした。

「んっ、…は…ッ…」

唇を舐め、性急に歯列を割って口腔へと舌が侵入してくる。ざらりと触れ合った舌を絡み合わせ、唾液を交わす。

「はぁ…っ、は…、ンッ…」

ぴちゃぴちゃと交わる水音が鼓膜を震わす。
鷹臣からの熱烈なキスに瑛貴も角度を変え、さらに深さを増した口付けで応える。

どうにも暴力で全てを発散させてきた節のある鷹臣に、こうするように仕込んだのも瑛貴であった。

時に苛烈で美しい熱い眼差しが自分に向けられるのもぞくぞくとする。ふっと瑛貴は口端から熱い吐息を吐き出して、鷹臣が満足するまで好きにさせた。

「ふっ…はっ…、ぁ……」

くちゅくちゅと擦れる舌が甘く痺れて、鷹臣の鼻から抜ける様な甘い吐息が零れ落ちる。耳に届く心地良い声にじわじわと腰に熱が集まり出す。鷹臣に引き摺られるように瑛貴の眼差しの中にもちらちらと欲望の色がチラつく。

「っと、たしかこの辺だって」

「あぁ?本当にいるのかよ」

その時、先ほどまで瑛貴達がいた方向から話し声が聞こえてきた。

「うわっ!?何こいつら?」

「へぇ…。ウルフとタイガーが街にいるって言うのもあながち嘘じゃねぇようだな」

その声はどこかで聞いた事のあるような声であった。だが、誰であろうと瑛貴には関係がなく、ただそっと身体の位置を動かして、鷹臣の艶やかな表情が路地から見えないように自分の身体で隠した。
鷹臣の艶姿を見るのは自分だけで良い。

さらに近付いてくる足音と人の声。

「というかさ、俺の話が信じられないなら付いて来なくていいのに」

「はっ、道化の話を真に受ける奴は馬鹿しかいねぇだろ。トロイなら十中八九いけるが、今日に限って何処にもいねぇし」

「ひっでぇ言い種だなぁ。まっ、それが正解だけど」

瑛貴が切って捨てた声の持ち主。それはクラスメイトでもある田町と芦尾の声であった。鷹臣が転がした男達がいる周辺を二人は探っているのか、遠くには芦尾のチームの人間達の声がする。

「は…っ、ぁ…ウルフ」

熱い吐息を零しながら離れていった唇が、口付けの余韻を残すようにつぅっと透明な糸が二人の唇を繋ぐ。満足したのか濡れた唇の上を赤い舌が翻り、二人を繋ぐ糸をぺろりと舐めとる。瑛貴は一瞬、路地の方へと視線を投げ、それから鷹臣に覆いかぶさるようにその背中に腕を回すと、鷹臣の両足を割るようにその足の間に右足を割り込ませた。

「ンぁ…っ!…ぁ…っ、ウルフ…?」

仄かに熱を湛えていたそこは軽い刺激を与えただけで甘い痺れを齎し、鷹臣の口から艶めいた声を零れさせた。

「っ、…やば…」

「ば…っ、…行くぞ」

建物と建物が作る細い隙間。その中で絡み合うように抱き合い、零れた艶めいた声。ウルフとタイガーを探していた二人はその声に、そのシルエットに目を見開き、慌ててその場を離れる。
今は手を出すべきではない。
そう本能で感じ取ってその場を足早に去る。

久方ぶりに街に姿を現したというタイガーを見つけるとか、そういう問題ではなかった。

「やばいやばい!あれはやばい…っ。声だけでイケそうになる。マジで今、伏見を馬鹿に出来ねぇ」

【元フォックス】総長、伏見は常々ウルフやタイガーをそういう相手にしたいと宣っている変人だ。
両手で顔を覆った田町は真面目な声でそう呟く。かたや芦尾は耳朶を赤くして、目撃してしまったものを頭の中から追い出そうと首を横に振った。そうして、仲間達を引き上げさせてその場から離れた芦尾と田町は大きく息を吐いて冷静さを取り戻す。

「あれ、タイガーだったよな?」

「あぁ。ちらっとだが、金髪が見えた」

「うわぁ…だとしたら俺ら、ウルフに殺されないか?」

「………気付かれてない事を祈るぜ」

だが、万が一があれば芦尾はウルフとやりあうのもありだと返す。

「つい逃げちまったが俺だけなら関係ねぇ。チームは赤穂にまかして、タイマン張ってやるぜ」

「それは流石に赤穂が嫌がるんじゃないか?まぁ、でも、そんときゃ俺の分も頑張ってボコられてくれよ芦尾」

受けて立つ気の芦尾を犠牲にして、田町は逃げる宣言をする。そこに後ろめたさはまったく感じられなかった。

「ちょっと!いきなり仲間を引き連れて出掛けたと思ったら、なに物騒な会話してるのさ」

芦尾が戻ってくるのを待ち構えていたのか、【吸血鬼】が溜まり場としている広場へと続く階段の途中で赤穂が仁王立ちをして二人を睨み付けていた。そして、何をやらかしてきたのかと話を聞いた赤穂は問答無用で握った拳で二人の腹を殴った。

「っ、おい!何しやがる!」

「ちょっとー、何で俺まで」

【吸血鬼】総長であるはずの芦尾が唸り声を上げ、【道化師】田町が批難するように赤穂を見た。しかし、赤穂は当然だろうという顔をして鼻を鳴らす。

「馬鹿な事してるからでしょ。ウルフとタイガーの二人には手を出さない。それがうちの決まりでしょ」

それを総長自らが破るの?しかも、田町なんかに唆されて。
赤穂は冷めた視線を二人に投げる。

「俺はウルフとタイガー、どっちも敵に回したくないんだよ」

仲間達の事を考えれば当然だろう?芦尾総長。

「……あぁ。今回は俺が悪かった」

「それ以外だったら、何処でも好きに暴れて血祭りに上げればいいよ」

そう言う赤穂の視線は何故か田町から逸らされることがない。田町は赤穂と芦尾のやり取りに、ひくりと口端を引き吊らせるとその場から後ずさった。

「そういや俺、この後用事があったのを思い出したわ。それじゃまた学校でな!」

状況判断が素早く出来る奴と勘の鋭い奴は生き残りやすい。田町はさっさと身を翻すと雑踏の中にその身を紛れ込ませた。

「チッ、逃げ足だけは早いんだから」

「今日の事はタイガーの動向が気になった俺にも責任がある。道化を見逃せとは言わねぇが、半殺しぐらいで止めといてやれ」

行くぞと、気を取り直した芦尾に肩を叩かれ赤穂は芦尾と二人並んで仲間達が待つ広場へと戻って行った。


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