05


その当時、周辺を荒らし回っていた一匹狼、ウルフの事は既に有名だった。
そんな一匹狼に連れが出来たとなれば、興味を引かれる者も多く、例えそれが恨みからくるものであれ、注目は集まった。

「何でもいいからウルフに関する情報を売ってくれ」

「ウルフの出没場所は?」

「連れの情報はないのか」

多くの者からそう求められても、一匹狼で知られるウルフの情報はトロイでも入手困難であった。なにせ相手はその名が示す通り他者を寄せ付けない。それでもトロイは情報屋の顔も持つチームとして、その矜持を保つ為にも、ある程度ウルフの出没場所や最近好んで足を運ぶ場所など幾つかの通りと店を割り出すことに成功していた。
そして、その場所にはどういう関係なのか未だ掴みきれていないが、ウルフは噂の連れを同行させている事が多かった。

トロイはそれらの情報をウルフ関連の情報を求めて来た数チームの人間に高値で売り付けてやった。また、その情報を買った側が、その情報をもとにどうするかまではトロイの知った事ではない。だが、この時ばかりはトロイも彼らが動くのに便乗して、情報の無いウルフの連れとやらの情報が得られないものかとほんの少し欲を出してしまった。

ぶっちゃけて言うとこの時、佐賀達は新作ゲームソフトを複数購入する為の資金が欲しかっただけである。ウルフ関連の情報は金になる。

少数の精鋭を引き連れた佐賀は彼らに売ったウルフの出現率が最も高い裏通りの道へ入ると、その道を見下ろせる位置にあり、尚且つテナントが退去したきり寂れてしまっている、ちょうど良い具合に存在するビルの中へと侵入を果たした。ウルフと彼らが接触する前に良い位置で場所取りを行ったトロイはそのビルの窓辺に張り付き、彼らが来るのを待った。

佐賀達が裏通りを見張り始めてから三十分は過ぎた頃、トロイから情報を買ったチームが下の裏通りに姿を現す。そう広くない通りを考えてか、チームの精鋭を選んだのかは知らないが、その場には総勢十六名。物々しい雰囲気を醸し出していた。

「闇討ちか?」

はっきりとした声までは聞こえないが、彼らが情報を求めて来た時の顔を思い出せば、このチームがウルフに恨みを抱いているのは分かった。だからと言って、馬鹿な真似をと佐賀は思う。ウルフ一人を相手に負けたなら、それは正々堂々やろうが、卑怯な手を使おうが勝ち目はない。もとから地力が違うのだ。いくら多勢で攻めてもモブだけじゃ、チートには勝てない。そうとう頭の切れる軍師が戦略を練るか、同じレベルのチートを連れて来るか。とにかく自分に有利なフィールドまでウルフを誘い込むか、数多の犠牲を覚悟して持久戦に持ち込むか。でもこれは、どちらもウルフが乗ってこないと話にならない。後は…。

「そーちょ」

小声で仲間から呼びかけられ、無意識に攻略法を練っていた佐賀は己の危ない思考にストップをかけ、窓の外を見下ろす。

「あれは…」

そこには裏通りへと入って来る、ウルフの連れと思わしき、黒い服装で身を包んだ男がいた。黒いパーカーのフードを頭から被っており、顔は確認できないが、自ら進んで裏通りに入って来るあたり、あの男がウルフの連れである事は間違いないだろう。

「ウルフより先にこっちが来たか」

下の連中はどう動くかと眺めていれば、ウルフの連れの男がそのまま裏通りに到着するのを待ち構えて囲みだす。
しかし、連れの男は突然囲まれても怯んだ様子も見せず、男達に話しかけられても何の反応も示さない。
それどころか、連れの男は自分を囲む男達に目もくれず、人待ち顔で通りの奥へと目を向けた様だった。はなから眼中に無いというその態度が癪に障ったのだろう、怒声が裏通りに響いた。

まぁ、ウルフの連れという時点で、男達の攻撃対象ではあったのだろう。

いの一番に殴りかかった男に冷えた眼差しが向く。鋭く無感動であったその瞳は男の拳を余裕で躱すと、仄暗いきらめきを宿し、自分に殴りかかって来た男の顔面を固く握った左拳で打ち抜いた。ぱきっと軽妙な音を立て、男の顔面から赤い飛沫が上がる。

「ぐわぁあ―…っ!!」

汚い叫び声を発しながら顔面を両手でおさえた男に、ウルフの連れの男の拳にも赤い液体が付着する。

「うっわ、…今のは鼻イッたな」

男が動いた拍子に被っていた黒いフードが捲れ、その下から闇夜にも鮮やかな金髪と綺麗な青い双眸が覗く。

一瞬で大きくなった騒ぎにもウルフの連れの男は顔色一つ変える事無く、己の拳に付いた血を払う。仲間がやられたことに激高した連中が金髪の男に掴みかかるが、その手が男に届くこともない。自分に向かって付き出された腕を、金髪の男は拳で打ち払い、無防備にも腹をがら空きにした敵へ、靴底を叩き込んでいた。

「がっ…!!」

腹部へ容赦のない蹴りを喰らった男はその場で身体を九の字に折り、胃の内容物を地面にぶちまける。
腹を抱えて苦悶する男の様子を目に動きを鈍らせた者、身を引いて逃げ出そうとした者達にも血に濡れた拳が迫る。

顎への一撃で気を失った者が地面に転がり、腹を押さえてうずくまる者達。顔を腫らして呻くもの、仲間に引きずられてその場から何とか離脱する者。ウルフの連れはウルフと同類か、それ以上にヤバい奴だった。逃げる者にも容赦がない。

現に地獄絵図を生み出したウルフの連れの男は、ぼこぼこに殴られて顔を腫らし「もうこれ以上は止めてくれっ」と懇願しだしたチームの頭の男の胸倉を掴み上げ、その懇願の言葉に僅かばかり眉を顰めている。

それは、愉しいのはこれからだろうと、楽しみを途中で取り上げられて不服そうな顔でもあった。

結局懇願の言葉を聞いて興味が失せたのか、金髪の男の手からチームの頭を張る男が解放される。その場に尻もちをつくように手を放された男が助かったと安堵の息を吐く間もなく、それは行われた。

「――っ!!」

ウルフの連れの男は戦意を喪失した相手の顔面を蹴り上げたのだ。
その衝撃で意識を飛ばしたチームの頭はその場で仰向けに引っ繰り返り、動かなくなる。
その行為に息を詰めたのは、何も現場に居た者達だけでは無く、隠れて様子を見ていたトロイの面々もだった。

あれはさすがにヤバいと感じた佐賀が匿名で救急車を呼ぶよう仲間に指示を出す。

ビルから下を眺めていた佐賀はその時になって近くの通りからこちらを眺めている人間がいる事に気付いた。

いつからそこに居たのか、その視線は真っ直ぐウルフの連れ、金髪の男に注がれていた。

「ウルフ…」

佐賀が気付いた事に向こうも気付いたのか、鋭い眼差しがビルに向かって投げられる。が、それも一瞬、金髪の男へと戻された視線が甘く緩み、ウルフがそちらに向かって歩き出した。

「…待たせたか?」

うめき声を上げ転がる周辺の男達には目もくれず声を掛けて来たウルフに、金髪の男はゆるりと首を横に振る。

「俺が早く来すぎただけだ」

「へぇ、それは俺に早く会いたかったってことか?」

男の正面に立ったウルフは楽し気に聞き返すと、男の頬に手を伸ばす。その感触を確かめる様にするりと手を滑らせたウルフは考え込んだ男の答えを聞く前に、二人の間にあった距離をゼロにする。抵抗するでも、受け入れるでもなく、ウルフの口付けを受け止めた男は触れ合った唇の隙間から答えを返した。

「楽しみにはしていた」

今日は何処へ連れて行って、何を見せてくれるのか。

淡々としていた声に熱が混じり、ウルフを見つめる双眸に輝きが灯る。
自分の欲に素直な返事にウルフは口付けを解くと、ふっと吐息で笑って囁く。

「可愛い奴」

「そんなことを言うのはお前ぐらいだ」

「俺だけでいい。他の奴に言われてると思ったら潰したくなる」

「俺を?」

「相手に決まってるだろう?」

「そういうものなのか?」

「あぁ。妙な事を言う奴がいたら俺に言え」

「分かった」

良い返事だとウルフは笑い、男の肩を抱くとそのこめかみにも口付けを送って、二人はそのまま路地の奥へと歩き出す。地面に転がった男達を放置したまま。

佐賀達トロイもサイレンの音が近付くのを確認してからその場を離脱した。

それ以降、ウルフとその連れ、後のタイガーに関しての情報の取扱いは一歩間違えば自分達の身の破滅を招くとして、一切取扱わない事を決めたのだった。






遠退きそうになる意識を情報メディア室に戻し、佐賀は新たに生徒会長北條 鷹臣の情報について今後の取扱いに注意する事を心の中で決めた。

完全に取扱いを禁止にしないのは、タイガーの時と違い、ここが学園内だからである。
生徒会長である北條の情報は既に学園内に出回っている。生徒会長北條 鷹臣は3年S組所属、身長184cm。O型。法曹界に多くの者を輩出してきた名家、北條家の次男であり、長兄とは五歳差がある。歴代の生徒会長と比べるとそう多くない情報だが、今から情報を操作するにしても、封鎖するにしても、そんなことをしたら逆に北條に何かありますよと喧伝しているようなものだ。それはあまりにも不自然すぎる。

もう用は無いとばかりに背を向けた二人の背中に佐賀は慌てて声をかける。

「一つだけ確認させてくれ。このこと東雲は知ってるのか?」

北條の正体がタイガーであると。その上で東雲には頼めないということか。それとも北條の正体は知らずとも、ウルフが関わってくる以上は東雲からの協力は取り付けられないということか。

学園内で初めにばらした相手は東雲及びその場にいた雪谷だが、二人にとって東雲は面倒事を丁度良く押し付けられる相手であって、完全な味方ではない。こうして佐賀を引き入れるぐらいには。故に答えは決まっていた。

「余計な事は考えるなよ」

それはイエスともノーともとれる返事であり、東雲と通じる事に釘を刺した牽制の言葉でもある。同時に瑛貴から威圧された佐賀は、その態度から東雲は知らされていないのだと自然とそういう受け取り方をしていた。加えて佐賀は、教室での東雲の変わらない態度からそう勘違いをした。

「瑛貴。そろそろ移動しないと昼の時間が減る」

緊迫した空気も何のその、通常運転に戻ったクールな生徒会長が瑛貴にそう声をかける。

「そうだな。それはもったいねぇ」

佐賀から視線を切った瑛貴は鷹臣が生徒会長専用のカードキーで部屋の鍵を開けて出て行くのに続き、情報メディア室を出る。
一人、部屋に残された佐賀は瑛貴が出しっぱなしにしていったキャスター付きの椅子にどさりと腰を落とすと、両手で顔を覆い、情けない声を漏らした。

「まじ、無理…。ネタバレは俺の知らない所でして欲しかった」

本当、酷い巻き込まれ事故だ。
それにも関わらず、自分は誰も巻き込めない。

 




生徒会室へと移動した二人は今度こそデリバリーサービスを利用し、すぐさま生徒会室前までワゴンを押して料理を運んで来たウエイターからワゴンごと料理を受け取った。

セッティングから片付けまで行うケータリングサービスもあるようだが、そこまでの必要性も感じず、何より二人の時間を邪魔されたくなかった鷹臣は現在、瑛貴が甲斐甲斐しく応接室のテーブルに料理を並べていく姿をうっとりと眺めていた。

「すっかり俺専属の執事みたいだな」

「お前専属ってのは間違ってねぇな」

ソファに座る鷹臣の向かい側の席に腰を下ろした瑛貴は鷹臣の言葉に愉快そうに同意して手拭きを手渡す。

鷹臣の前には黒毛和牛のハンバーグにポテト、ソーセージの乗った鉄板プレート。ご飯にスープとサラダ、どれも出来立てのものが並べられている。瑛貴の前にはハンバーグでは無く、牛ステーキ。それ以外は鷹臣と同じ物がテーブルに置かれていた。二人は一旦会話を途切れさせると、ご飯を食べ始める。
共にまだ食欲旺盛な男子高校生。特に鷹臣は瑛貴がいればきちんと食事を取る。瑛貴のいなかったこれまでは書記に促されて一緒に食堂でご飯を食べていたが、それもどこか少し機械的ではあった。

食べることに集中していれば、そう時間もかからず全てをぺろりと完食してしまう。

食事用にと用意していたグラスの水が無くなり、瑛貴が二人分のグラスを持って席を立つ。鷹臣はその間に空になった皿などをワゴンに乗せていた。

「鷹臣」

給湯室から聞こえた自分を呼ぶ声に鷹臣は何だ?と返しつつ、そちらに意識を向ける。
すると、どこ呆れた様な、しかし感心した様な何とも判別しづらい声が返って来た。

「冷蔵庫の中にお前宛のメモとゼリーが入ってるぜ」

「は?」

呆れを通り越し、可笑しな事をと奇妙な笑い声を漏らし、瑛貴が冷えた水の入ったグラスと共に、こちらも冷やされてひえひえになったメモ用紙を手に応接室に戻って来る。
ゼリーと一緒に入れられていたというメモ用紙を受け取り、鷹臣は生徒会室内でそんなことをする人間は一人しか思い浮かばないと呟く。

「書記の仕業だな」

瑛貴から受け取ったメモには「借りた生徒会長印は机に戻してある」「高杉先輩の生徒会入りは無事申請が通った」その書類は書記である自分が保管している旨が書かれていた。そして、追伸として冷蔵庫内のゼリーは自分から二人への貢物であることが記されていた。

「なんで直接言ってこない」

瑛貴が来てから奇行の増えた、もしかすると自分が気付かなかっただけで目に見える様になっただけかも知れないが、書記の行動に鷹臣は疑問を抱く。

「考えても無駄だろ。だが、俺達の邪魔をする気はなさそうだ。放っておけ」

あれは瑛貴から見てもよく分からない人種だが、自分達を害そうとする意思は感じられず、メモを寄越したという点は評価出来た。その分、邪魔が入らなくて済む。

「ゼリーは食うか?」

「今は良い」

隣に座って来た瑛貴の肩に頭を凭れさせ、鷹臣は真横でグラスを傾け、上下した喉仏を見て、引き寄せられるようにそこに顔を寄せた。喉元に唇を押し付ける。

「ん…」

突然の鷹臣の行動に瑛貴は少し驚いた様だったが、嬉し気に口元を緩めるだけで鷹臣の行動を止めようとはしない。

グラスを持つ手とは逆の手で自分の首元に顔を埋める鷹臣の頭を優しく撫で、好きにさせていればその内、緩く絞められていただけのネクタイに鷹臣の指が掛けられた。首周りのシャツを寛げられ、肌に直接触れて来る鷹臣の唇を擽ったく感じていれば、不意にじくりと走った痺れるような痛みに所有印を付けられたのだと知る。あからさまな独占欲の発露に瑛貴は喉を鳴らし、そっと口を開いた。

「どうした?何か気に掛かるような事でもあったか?」

首に掛けられていた細身のシルバーのチェーンに指を絡め、そこに通されていた指輪にも口付けを落とし、鷹臣は頭上から降って来た声に答える。

「改めて昼間からお前が隣にいるのも良いと思って」

側にいる事を確認したくなって、触れたくなったと鷹臣は恥ずかしげも無く告げる。

「夜にしか会ってなかったからな。まぁ、それ以上にお前が夜にならねぇと出て来ねぇからだ」

「平日の昼はどうしたって無理だ。夜の方が抜け出しやすい」

「そう言って休日も夜しか来なかっただろ」

「夜の方が人は本性を現しやすい。俺はそれが見たかった」

知ってるだろう?と、ゆるりと弧を描いて歪んだ唇が言った。

 

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