13


とある教室の前扉に寄り掛かり、ひとつ息を吐く。
学園内での大惨事は免れたが、その分自分へと回って来た面倒事に文句の一つや二つ言っても構わないだろう。

「俺の周りには自由すぎる奴等が多すぎだ。アイツらは誰が後始末すると思ってんだ」

「それは昂輝の面倒見が良すぎるからじゃない?だから自然と昂輝の周りには人が集まってくるんだよ」

雪谷を伴ってとある集団を待ち伏せしていた東雲は廊下から聞こえて来た複数の足音と男としては甲高い声に眉を顰めて、雪谷の台詞に再び溜め息を落とした。

「俺が悪いってのかよ」

「それだけ度量があるってことだよ。僕は良い事だと思うけどな」

そして、東雲達のいる教室へと後ろ扉から入って来た見覚えのある北條親衛隊の面々に東雲は雪谷との会話を切り上げると牽制するように低い声を発した。

「お前等、此処に何の用だ」

東雲の声掛けに、前扉に寄り掛かっていた東雲達の存在に気付いていなかったのか、親衛隊員達はその姿に気付くと瞬時にはっと顔色を変えた。

「あっ…」

「これは、その…」

互いに顔を見合わせ合い、そして誰かを探す様に教室に内をきょろきょろと見回す。
だが直ぐにそこへ冷静になるようにと、嫌に落ち着いた声が落とされる。

「風紀の東雲様こそ何故こちらに?」

親衛隊員の最後に教室に姿を現した北條親衛隊、隊長の更科(さらしな)だ。
この時点ではまだ伏見から報告のあった辻と言うウルフに恨み百倍の不良連中は姿を見せていなかった。親衛隊が主導だからか、先に直接親衛隊が高杉に何か言うつもりだったのかは分からないが、不良連中が現れないというならば穏便には済みそうだ。

東雲は更科の言葉に前扉から背を離して、雪谷を背後に連れて親衛隊達の元へ近付く。

「なに、コイツと逢い引きの最中だ」

「ちょっ、昂輝!誤解を招くような言い方は…!」

顔を赤くして怒った様子の雪谷としれっと嘘を吐いた東雲を交互に見て、更科はどう受け取ったのか、それは邪魔をしてしまいましたと謝罪してきた。

「それは別に良い。で、お前達は此処に何しに来たんだ。集会を開くとは聞いてねぇぞ」

「えぇ…、すみません。緊急の案件が合ったのですっかり届け出を忘れていました」

学園内の組織である親衛隊はその結成に際して風紀に届け出る必要があり、集会を開く時なども風紀にその日時と場所を報告する義務があった。ただし、学園外で組織されたチーム、韋駄天や吸血鬼などといったものは何処で何時集会を開こうが咎められる理由は無い。彼等には既に学園内での乱闘禁止といったルールが課せられているからだ。それ以上を縛るのは自主性を重んじる学園として出来なかった。

「そうか。次からは忘れるな」

更科の言葉が嘘だと分かっていながら、東雲は更科の言い分を呑み込む。

「はい。申し訳有りませんでした」

ペコリと頭を下げた更科につられてか、動揺していた隊員達も空気を読んで頭を下げた。その様子を雪谷は少しホッとした顔で眺め、東雲を窺う。当の東雲は暫し考えた様子を見せてから口を開いた。

「ところで…お前が口にした緊急の案件ってのは高杉のことだな」

「えぇ。当然、東雲様もご存知ですよね」

頭を上げた更科の顔から表情が抜け落ちる。冷静を通り越して危うい眼差しだ。
それでも東雲はその眼差しを真っ向から受け止め、全く怯む様子を見せずに言葉を続けた。

「奴に手を出せば北條の不興を買うのは確実だぞ。それを分かってるのか」

「何を…東雲様まで。北條様はあの男に騙されているんです」

「騙されてる?何か根拠があるのか」

むしろ高杉では無く、今まで北條に騙されていたのはこちらだと東雲は思う。勝手に北條という男はこうだと東雲達が思い込んでいただけの話だが。
それと同じように更科はあの二人について何を勝手に思い込んだのか。
東雲は更科に話しの先を促した。

「東雲様の耳にも入ってるのでしょう?あの男は北條様には相応しくない、乱暴者でこの学園にはあの男に恨みを抱いてる人間すら存在する」

更科の言葉に親衛隊員達が同意するように頷く。

「そんな野蛮な男を北條様のお側に置くなど。その矛先が北條様に向けられでもしたら…」

学園で大人しくしていた北條の姿しか知らない親衛隊は北條の身を案じて危惧する様に言う。が、東雲にとってはその時に加害者となる人間の方が心配だと思ってしまう。

「きっと北條様はその事をご存知無いから、あの男を側に寄せられるのです。…いえ、もしかしたら逆にあの男の所業を知り、北條様はその野蛮な力で言うことを聞かされている可能性もあります」

真剣に語る更科には悪いが、東雲はそれは絶対にねぇとタイガーの時の北條の姿を脳裏に思い浮かべて心の中で否定する。唯一あのウルフと対等でいられるタイガーに限ってそれはない。例え更科の言うように北條が高杉に押さえ込まれている状態があるとすれば、それは北條自身が自分の意思で高杉を受け入れているだけだろう。

東雲は何と言ったら良いのか困惑した様子で、背後にいる雪谷へとちらりと視線を送る。雪谷は親衛隊と同様に直にタイガーとウルフには関わりがないので、高杉の事については学園に編入して来た編入生として。北條のことは生徒会長北條 鷹臣として。二人の事を生徒視点で上手く説明してくれるだろう。その為に東雲は頼りとして雪谷を同行させたのだ。
その意を汲んで雪谷が一歩前に出る。東雲の隣に立った雪谷はまず親衛隊の話を否定せずに頷き返した。

「君達の北條会長を思い、心配するその声は確かに風紀でも受け止める。実際に編入生である彼について風紀でも議題に上げられているし、既に彼等には風紀の目も付けられている」

雪谷のその説明に親衛隊員達は僅かながら安堵の息を吐く。
北條会長は風紀の手により既に守られており、高杉についても野放しになっているわけではないと親衛隊員達はこの時初めて風紀が動いている事実を知った。

「それは、あの男も風紀に守られているという意味ですか」

だが、更科だけは今の説明に鋭い指摘を返してくる。

風紀の目、それは抑止力であり護衛である。

雪谷はその指摘に迷わず頷き返す。

「うん、そうなる。この学園に編入して来た以上、彼もまたこの学園に通う一生徒だ。風紀には彼の学園生活を守る義務がある」

「…なんで、あんな奴」

ポツリと親衛隊の中から不満の声が上がる。

「これは学園に在籍する生徒みんなに当てはまることだ。君達の事だって、風紀は学園規則に基づいて、守るべきものを平等に守る」

正論を述べる雪谷に親衛隊は押し黙り、それでも納得がいかないという顔をした更科に、東雲は当然そうなるよなと客観的に見てそう思う。しかし、この状態を何とか打開させるのが自分の役割なのだ。

「コイツの言う通り、俺達風紀はどちらにも肩入れはしねぇ。それは風紀会長の名に賭けて約束しよう」

「東雲様…?」

「だから、お前達も北條の親衛隊であることを誇りに思うなら、その名に賭けて北條の名を汚すような行いは今後一切学園内でしないと誓え」
 
この場で親衛隊が何をしようとしていたのか、やはり自分達の行動は風紀に筒抜けになっていたんだと告げられた台詞で悟り、親衛隊員達の中で動揺が広がる。
更科は東雲の提案に殊更冷めた眼差しを東雲に向けた。

「…誓ったとして僕達には何のメリットがあるんですか?」

その言葉を待っていたという様に東雲は間髪入れずに答える。

「お前達の身を守れる」

「えっ…?」

さすがにその答えは予想していなかったのか更科を始め、親衛隊の面々は驚いた顔で間抜けな声を上げた。雪谷はそこで何故か苦笑を浮かべていたが、東雲は構わずに話を続ける。

「もう隠す必要もねぇから教えるが、お前達の協力者の中にも風紀の目は入り込んでる。その協力者が動けば嫌でも理解するはずだ。…自分達が何を敵に回したのか」

だか、それはその時になってからでは遅い。奴等と違って親衛隊はまだ踏み止まれる所にいる。
東雲は断言しながら鋭い視線を親衛隊員達に向けた。その視線に気圧されたのか、親衛隊員達の顔に怯えの色が混じる。

「更科。冷静になって考えろ。お前の背にはこの場に居る奴も、いない奴も含めて北條親衛隊全員の未来が掛かってんだ」

敵対すれば高杉はこれ幸いと容赦無く全てを排除しに掛かるだろう。北條も自身の親衛隊に関して興味を持っている風でもなく、邪魔な存在と認識された時点で高杉を止めることはしないはずだ。

「まぁ…例えお前が今、頷かなくとも俺達はお前達を守るだけだが」

「どうして…。東雲様はさっきどちらにも肩入れはしないと、言ったではありませんか。それがどうして僕達を守るになるんです?」

話が見えないと。この一連のまだ起きてもいない事件の事を東雲はまるで結末まで分かっているかのように口にする。
更科は理知的な光をその目に湛えて東雲に問い返した。

「それは俺が知ってるからだ。お前達より多くの事を」

「その内容を教えては……くれませんか」

視線を交わしたまま二人の間に沈黙が落ちる。

「………」

親衛隊員達も口を閉ざしたまま、教室の壁掛け時計の秒針が一周しかけた頃、その沈黙を更科が破った。

「…分かりました。今回は退きましょう。お忙しい東雲様の手を煩わせるわけには参りませんし、僕達も気が逸りすぎてどうやら情報不足のようです。今暫くは様子見させて頂くことにします」

「妥協点としてはそれで十分だ」

色々と真実を知らないなりにも、更科達には更科達なりの思いがあり、考えがある。
東雲は別にそれを全て否定するわけじゃない。

「だが、それでも我慢できねぇ事があったら動く前に風紀室に来い。俺がお前等の話しを聞いてやる」

「そんな…東雲様自らがとは恐れ多い。…でも、そうですね。僕の制止の力が及ばなかった場合に限りお伺いさせて頂く事にします」

なにより、東雲様自らがこの様な発言をなさるとは。僕達はそれほど危ない橋の上にいたということですかと、更科は東雲の言葉により冷静になった頭で考える。

「お前達の協力者に関してはそのまま放っておけ。今回の件から手を退くなら知らぬ存ぜぬで通せ。別件としてこちらで処理する」

しかし、協力者である彼等のその行動次第では風紀の手が回るより先に別の者によって処分される可能性もある。手遅れになるかも知れないと、東雲は頭の片隅で考えつつも口にはしない。日本には言霊という口にした言葉が本当になるという考え方があり、それはどう考えても穏便には済まない方法だ。

最初は警戒と敵意、反発心で口答えしてきていた更科だったが、今は東雲の忠告に耳を傾け、素直に頷き返してくる。更科はまだ可愛いものだと、ふと口許を緩めた東雲の手が更科の頭に伸ばされる。

「え…」

ぽんと軽く頭に乗せられた手に更科はきょとんと目を丸くさせた。

「お前らは話が分かって助かるぜ」

わしゃわしゃとそのまま軽く髪をかき混ぜられ、ゆっくりと東雲の手が離れていく。更科はついその手を狼狽えた目線で追い、かぁっと頬を赤く染めていった。
東雲はそれに頓着せず、片手をひらりと振るとそろそろ昼休みが終わるなと午後からの授業に遅れるなよと、一連のやりとりに苦笑を浮かべていた雪谷の名を呼んで教室を出て行ってしまう。

「え、あの…東雲様…」

今のはいったいと教室に残された更科がポツリと溢せば、それまで静かだった隊員達がキャーキャーと騒ぎ始める。

「隊長だけ狡いですよ!」

「東雲様の…頭ぽんっ、なんて羨ましい!」

隊員達は目の前で行われた東雲の無意識なたらしの言動について暫くの間、きゃぁきゃぁと騒ぎ立てていたが。
そうと知らぬ本人は騒がしくなった教室を振り返る雪谷を背に、廊下を風紀室に向かって進んでいた。

「後は伏見からの報告待ちだ」

「お疲れ様、昂輝」

そう息を吐きながら一人呟いた声を拾い、雪谷が東雲の横に追いついて、労わる様に声を掛けた。



ウルフ編入の影響によりさっそく学園内では様々な勢力が動きを見せていたが、当の本人は全く素知らぬ顔で恋人との時間を過ごしていた。





第二話 嫉妬-完-


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