09


同時刻、その一団は大胆にも食堂で計画を話し合っていた。
木を隠すなら森の中といった所か。また天は彼等に味方したのか、偶然にもこの日、風紀会長の東雲も生徒会役員の誰も食堂に姿を現さなかった。
食堂へと向かったはずの風紀副委員長、雪谷は食堂へと向かう道すがら偶々友人達と遭遇し、その行き先を食堂から購買へと変えて近くの空き教室で昼食を済ませていた。

「隊長、それでどうしますか」

「協力を求めた人間のほとんどがあの男を敵に回したくないと。デカイ図体しながら怖がって非協力的で使い物になりませんよ」

逆に馬鹿な真似は止めておいた方が良いと言ってくる始末。何をそんなに怖がっているのか。相手は一人だ。いつもの様に多勢に無勢で圧し切ればいい話しではないか。

「でも、その中でも協力してくれるって言ってる奴も何人かいるんでしょ?」

「うん。何でもあの男に恨みがあるとか。利害の一致だね」

「やっぱり、そんな恨みを買うような男を北條様の側になんて置いておけないよ!」

「もしかして北條様もあの男に脅されてるのかも…」

ざわりと同じテーブルに着く彼らの間に動揺が生まれる。

「そんなまさか…」

「だって、よく思い出してよ!僕達がお仕事で忙しそうにしている北條様を少しでも慰められたらって思って、触れようとしたらそれ以上近付くなって言われて。指の先一本でも触れさせて貰えないのに、あの男には全てを許していたんだよ。…そんなの有り得ないっ!」

「僕達だって許されてないのに…」

そうこの学園では生徒会長、北條 鷹臣という男は親衛隊の間では不可侵の存在として周知されていた。また、鷹臣には生徒会長という役職が付く前からファンという名の親衛隊がいたが、鷹臣はその存在を認知していなければ、眼中にもなく。自分以外の事に関しては、自分に面倒事を運んで来なければどうでも良いという程度の認識しか持ち合わせていなかった。
それ故にただ煩く周囲で騒ぐだけの親衛隊はこれまでその活動を見逃されていただけに過ぎない。
しかし、親衛隊を相手にしない処か誰にもその気を許さない鷹臣の態度が、孤高に見え、クールで格好良いと更に親衛隊を喜ばせ、親衛隊が鷹臣に抱いていた敬愛や尊敬といった感情を妙な信仰心へと消化し膨らませることになっていた。
その様に勝手に鷹臣をアイドルの如く神聖視する者まで親衛隊の中にはいた。

そして、その筆頭が…

「えぇ、必ずあの男の魔の手から我らが北條様を救い出し、我々で御守りするのです」

北條親衛隊、隊長を名乗る少年だ。160前後の身長に、涼しげな目許は凛としている。可愛いというよりは綺麗な面立ちをした少年だった。

「じゃぁ、一刻も早くあの男を!」

急くように椅子から立ち上がりかけた隊員を制止する様に隊長は片手を上げる。

「待って。まずはあの男を北條様から引き離すのです」

あの男がどうなるにしろ北條様のお心を煩わすわけにはいかない。
出来れば北條様には内密に処理するのが好ましい。

「ですがあの男、自室に帰ってる様子はありませんよ」

ほの暗い嫉妬を宿した瞳が隊長へと集中する。

食堂での一件が合って直ぐ、召集された親衛隊員達は各自自分の持てる力を使い、鷹臣を自分のものだと傲慢にも所有物宣言した男の事を調べていた。
その際あの男に自室として与えられた部屋を突き止めてはいたが、その部屋にあの男が足を運んだ形跡がないことも分かった。高杉 瑛貴の同室者は同じく三年の宮城という男だ。

「それは…一つだけ手があります」

隊長は自分に集まった視線へと、自分の考えを伝える。

方法は古典的だが、いまも普遍の存在である手紙だ。教室にある机の中に日時と場所を記した呼び出しの手紙を入れるというもの。
生徒会長である北條様は授業に出るより生徒会室でお仕事をなさっている時間の方が多い。その点、あの男は一般の生徒と同じく教室に現れる可能性の方が高い。一人でないにしろ、手紙は確実にあの男の手に渡るだろうし、文面には必ず一人で来るよう指定を入れる。

「うん。それなら…」

「でも、その手紙の内容が北條様に伝わる心配はないの?」

「あの男が卑怯な手を使わないとも限らないし…」

二つに分かれた意見に隊長は頷き返す。

「その心配は捨てきれないでしょうが、あの男は自分の力を誇示したいでしょうから必ず一人で来ます」

力がある故の傲慢。驕り。そんな男が側にいては北條様の名が汚れてしまう。

「さ、納得できたならまず手紙を用意しよう」

その後、協力者達にもあの男を呼び出す日時と場所を伝えて、あの男を北條様の側から排除する。これは北條様の親衛隊一同の決定である。

しかし、風紀の手によって護られていた学園の中。その中でしかない温い争い事しか知らない親衛隊は気が付かない。

高杉イコールウルフを恨んでいる協力者達と目的が一致したからと言って、その手段が同じになるとは限らないことを。
ウルフの強さを身を持って体感していたからこそ、彼等は考えた。

「北條が奴のお気に入りだってんなら、北條を押さえちまえばウルフなんてどうにかなるんじゃねぇか」

「親衛隊の奴等が調度良い具合にウルフから引き離してくれるんだろ?」

「そうだな、二手に分かれるか…」

ウルフに恨みを持つもの同士が自然と集まって出来た集団。その集団の纏め役みたいな事をしている人物に皆の視線が向けられる。
黒目黒髪と見た目は何処にでもいる普通の生徒に見えるが、着崩された制服の隙間から覗く肌色には蔦が這うようなタトゥーが入れられていた。

「辻、お前達は俺達が北條を捕まえてくるまでウルフの相手をしてろ」

その指示に、時間稼ぎかよと文句が出たが、恨み十分なウルフが相手なので辻と名指しされた耳にピアスを幾つも付けた男とその仲間達は北條を連れてくるまでもなく潰してやると頷いた。

「残りは俺と北條の所に向かう。いいな、伏見」

「ん?おぅ」

タトゥーの男の視線が今一やる気無さげな返事を返してきた伏見と呼ばれた男に向く。

「おい、本当に聞いてたのか」

「聞いてたさ。ただ、どう料理してやろうか考えてて上の空になってた」

「チッ…」

「そう心配しなくても俺も自分の役割はきちんとこなす」

タトゥーの男が伏見について聞いた話しでは、伏見は何処かのチームの総長であったが、ウルフとタイガーの不興を買って潰されたという話であった。
だからタトゥーの男は伏見の態度を不満に思いつつも不振には思わなかった。

そもそもの話し、この場に集っている連中は何かしらウルフに恨みを抱いている人間だ。その点のみで繋がっていると言っても過言ではない。

「それより、北條を捕まえたあと親衛隊の連中はどうすんだ」

「はっ、あんな雑魚どもは血を見れば勝手に散るだろ」

「良いのがいたら貰うのもありだよな?」

「あぁ…何故だか北條の親衛隊は顔が良いのが多いからな」

「それにあの北條は親衛隊を侍らせておきながら、手も出してないって噂だぜ」

「ははっ、そりゃいいな」

「で、お前はどんな奴が良い?」

下世話な雑談へと流れていった話しにタトゥーの男は座っていた椅子から腰を上げる。
その様子を伏見は視界の端で認めながら、彼等から投げられた下世話な質問に答えた。

「あの手の連中はどれもタイプじゃない。女々しい奴等は嫌いなんだ」

どうせならウルフやタイガー、韋駄天の東雲、吸血鬼の芦尾といった強い男の方が好みだとはさすがの伏見も空気を読んで声には出さなかった。代わりに話を繋げるべく、聞き返してやる。

「そういうお前らこそ、随分親衛隊に詳しそうだけど目当ての奴でもいるのか?」

その間に用は済んだとばかりにさっさと部屋から出て行くタトゥー男の後ろ姿を見送り、【フォックス】元総長の伏見はクラスメイトの顔を脳裏に思い浮かべた。

ウルフである高杉は元から守る必要もない。心配することこそ不要であろうが、忠告は既に済ませてある。

やはり、守りが必要なのは北條の方だ。
まさか自分がウルフのせいで巻き込まれているとは考えてもいまい。ウルフのお気に入りだからとはいえ、あの暴力とは無縁そうな大人しい生徒会長を、クラスメイトを、意味もなく痛め付けられるのは伏見としては見過ごせない事態であった。
だから自分もチームを解散させられたという事実を逆手に取り、内情は全く違うのだが、ウルフに恨みを持つ者の一人としてこの様な集会にわざわざ参加していた。

とりあえずはこの事を東雲にでも伝えて、後は北條の守りを固めれば良いだろう。
そう考え、伏見は適当な所で話を切り上げるとその場を後にした。

しかし、彼等もまた親衛隊同様に見落としていた事があった。それは…いくら此方で綿密な計画を立てようとも、嵌める相手であるウルフの行動は誰にも縛れないという基本的なことだった。


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