08


「それより、お前らにはもう一つ言っておく事がある」

 「何です?」

一様にきょとりと不思議そうな顔をした面々に東雲は内心でこいつ等はと悪態を吐きつつ、睨み据える様にその顔を見回して一段と低めた声音を出した。

「てめぇらまだ一年の佐倉を追い回してるようだが、韋駄天の名を地に落とす様なみっともねぇ行動は控えろ」

東雲の口から出た意外な忠告に副会長達は一瞬意味が分からず瞼を瞬かせたが、直ぐに気を取り直すと自分達の言い分を口にした。

「失礼ですが、昂輝。私は韋駄天の副総長として彼と接しているつもりはありませんよ」

「そうだよ!僕達はここじゃただの生徒だもんね」

「総長に注意受ける意味が分かんない」

「さすがにプライベートまで口出されたくないです」

「個人の自由…」

やはりというか反論してきた副会長達に東雲は佐倉が彼らの親衛隊の制裁対象とされていることを告げるべきか迷った。しかし、そのことを副会長達が知ればこの様子では放っておくはずがない事も確信出来てしまい東雲は頭を悩ませた。
迷った末に東雲が口を開きかけたその時、

「すいませーん。遅れましたー」

どこか暢気な声が風紀室の中に飛び込んできた。
東雲からの呼び出しに、生徒会の仕事を片付けてから行きますと律儀に返事を返してきた生徒会書記が風紀室の扉を開け放ち登場したのだ。

「ん?どうかしたんですか総長?難しい顔しちゃって。腹でも痛いんですか?」

書記は何の悪気もない顔でそう言いながらちゃっかり双子の隣に並ぶ。

「あぁ…お前の言動のせいでたまに頭痛がするわ。で、その右手の袋は何だ」

がさがさと音を立てながら書記が右手に提げてきた袋を指摘すれば、書記はからりと笑って提げていた袋を軽く持ち上げて揺らす。

「ついさっき購買で買ってきた俺の昼飯です。だってお腹空いたし」

「…それで、生徒会の仕事とやらは済ませて来たのか?」

「当然。会長の頼みですから可及的速やかに高杉先輩の生徒会入りを顧問の先生に認めてもらってきました」

その証拠にほらと書記はおにぎりやサンドイッチ、デザートと思われるプリンの入った袋から重要書類と思われる書類を取り出す。

「お前、どこ入れてんだ…」

その雑すぎる扱いに呆れてものも言えないといった顔をした東雲は、更にその袋の中にとある判子が無防備に一緒に入れられていた事など見なかった振りをした。

この男、自分のチームの一員ではあるが、副会長達が訴えるように時折馬鹿なのか、それとも度胸がありすぎるというのか、たまにとんでもない事をしでかしてくれる。判断に困る奴だ。悪い奴ではないのだが。その頭が優秀なことも2年でもS組に在籍している事を考えれば嘘ではないが。

「とりあえず分かったから、その書類は大事にしまっておけ。北條に渡す物だろ」

「はい。あ、でも…今日じゃなくて明日でも大丈夫でしょ」

何が大丈夫なのか東雲にはよく分からないが、生徒会がそれで良いなら自分の管轄外だ。
それよりも書記の登場とその発言で中断してしまった話を元に戻す。
副会長達は書記のウルフ生徒会入り決定の話で再び落ち着きをなくしていた。

「椿、貴方は何てことを!」

「「裏切りだ〜」」

「何でさ?これで合法的にもあの二人を間近で眺められるんだよ?最強じゃん」

ぎゃぁぎゃぁと書記に食って掛かるその様に副会長達がどれだけ高杉に怖い目に合わされたのか、まぁ先程の話し振りからも想像は付くが。逆に今、その手を使わない手はない。

「あー、話が途中になったが。お前らがそうやって高杉にビビってるのと同じぐらい、佐倉を同じ目に合わせてると気づかねぇのか」

副会長達は書記に抗議をしつつも耳に飛び込んできた心外な台詞に、書記に詰め寄るのを止めて東雲と向き合う。

「私達はウルフの様に彼を怖がらせてなんかいません」

「うんうん。佐倉ちゃんだっていつも普通にしてるし」

「何も言わないよ」

「その認識が本当に間違ってねぇと胸張って言えるか?」

一年の佐倉は外部から編入してきた一般の生徒だ。高杉と違って極普通の感性を持った生徒だ。その佐倉が編入してきて間もなく、本人もどういう訳か分からずに上級生、まぁお前らだ。に、纏わりつかれて逆らえると思うか?しかもお前達には生徒会役員という立派な肩書もある。また誰かにお前達は韋駄天という名前のチームの一員だと教えられて、佐倉がどう思ったか何てちょっとでも考えたことがあるか?
お前等が高杉に真正面から文句を言ねぇのと同じかも知れない。言いたくても佐倉も口に出来なかったのかも知れない。

「何度も言うが、アイツは外から来たごく一般の編入生だ。一年がお前達を相手に真正面から拒否できたと思うか?」

「うーん、それは難しいんじゃないですか。だって、副総長達はいつも自分達のやりたいことを優先してたでしょ」

これまでの様子を振り返った書記が何気無い言葉で副会長達に容赦の無い一撃を見舞う。

「それに副総長達が構いすぎるせいで、可哀想に彼、友達いないんじゃない?」

「うっ…」

確かに佐倉が自分達以外の誰かと共に居る姿を見たことがないようなと、書記の言葉で気付かされた彼等は途端に後ろめたそうな表情を浮かべる。だが、書記の辞書には手を緩めるとか手心を加えるという言葉はないのか、容赦なく彼等の心を抉っていく。

「とてもじゃないけど俺には真似出来ないな。そんな虐めみたいなこと」

「い、いじめ…」

「そんなつもりじゃないのに」

「うぅっ、反論できない」

ずぅんと本格的にダメージを受けた様子の副会長達に構う事無く書記は言う。

「学生生活って言ったらやっぱり友達と楽しく過ごしたいでしょ。馬鹿な事したり、くだらない話で盛り上がったり。たまーに恋バナしたり?例外はあるかも知れないけどそんなもんでしょ」

外から来たという彼なら尚更、この学園の特殊性と言うか風習には人一倍疎いはず。

書記の正論に、ついに副会長達は何も言えず押し黙ってしまう。そして、副会長達を正論で黙らせた書記は何処までも自分のペースを崩さない。

「あ、総長。そんなことよりもいい加減腹が限界なんで、ここで昼飯食べてもいいですか?」

副会長達の問題をそんなことと言い切り、東雲に許可を問うてくる。

「食うなら応接室の方で食え」

「了解。ついでに総長の分のお茶も入れるんでお茶貰いますね」

諦めたように許可を出した東雲に書記は勝手に話から一抜けすると、これまた勝手に風紀室内にも設置されている給湯室へと、右手に提げた袋をがさがさと揺らしながら入って行く。生徒会室と風紀室は似た様な造りになっており、その間取りも備え付けられた機能もあまり変わりはなかった。

書記から与えられたダメージと突き付けられた現実に顔色を悪くした副会長達を眺め、東雲は息を吐く。

こいつ等も馬鹿じゃねぇんだけどな。その目が珍しく外部から編入してきた佐倉という存在により曇っている。あれが【疾風】の総長だと気が付いているのか、ただ学園の常識を知らないイコールその非常識な反応や態度が副会長達の気を惹いたのか。その心の内までは分からないが、この様子であれば少しは佐倉に対する扱いも改善するだろう。…そう思いたい。

「自分達が間違った事をしてたと気づいたんなら、次は何をすべきか分かるな?まず反省しろ。佐倉にも詫び入れて、あいつの言葉を聞け。その上でまだ佐倉と関わりを持つなら、適切な距離を取れ。お前達の行動を制限するわけじゃねぇが、仮にも生徒会役員が周りの目を忘れるな。被害を被るのはお前らじゃねぇ」

「…はい。彼には悪いことをしました。少し一人で考えさせて下さい」

東雲の言葉に神妙な表情を浮かべた副会長はそう言って反省した様子で風紀室を出て行く。

「うん。僕達もちょっと調子に乗り過ぎてたみたい…」

「よく考えると会長もさり気無く注意してくれてたのに」

佐倉を連れ込みたいなら自室にしろと、きっと周りの目を気にしろと言いたかったんだと、勝手に鷹臣の言葉を深読みした双子が項垂れて言う。言った本人にとってはまったく見当違いな話だが。
双子もこれからどうすべきか落ち着いて話し合うと東雲に告げて背を向ける。その後に補佐の二人も東雲に頭を下げてから風紀室を後にした彼らの背中に続いた。

しんと静けさを取り戻した風紀室で東雲がとりあえずこれで佐倉との約束は果たせたかと、息を吐く。

「そんなにため息ばっか吐いてたら幸せが逃げてきますよ、総長」

応接室の扉を開け放ったままお茶のセッティングを終えて、おにぎりのラップを剥がした書記から言葉が飛んで来る。
よく見れば書記の向かい側のソファの前に東雲の分のお茶が用意されていた。どうやらこちらに運んで来るつもりはないようだ。東雲は誰のせいだと零しながら書記の居る応接室に足を向けた。

「んー、少なくとも俺のせいではないですね。それに…」

書記とテーブルを間に挟んで向き合う様にソファに腰を下ろした東雲は程良い熱さのお茶に口を付け、書記の顔を見て続きの言葉を聞く。

「俺は総長の一般論に乗っかって言っただけで、正直彼に助けが必要とも思えないし」

「やっぱり気が付いてやがったか」

「俺としては何にも気付かない副総長達の鈍感さが心配ですよ」

でもそれはそれで面白いし。いつ彼の正体に気が付くのかと、面白くてそのままにしている。
佐倉の正体に気付いている東雲だからこそ書記はこれまで黙認していた事実をあっさり白状したのだ。
その上、書記は東雲の知らなかった事実をも暴露する。

「ちなみに俺、彼が何で正体を隠したがってるのか知っちゃったんですけど。どうにも原因は彼の親が勝手に決めた許嫁のせいみたいですよ」

なんと、彼がグレて疾風なんてチームを作っちゃったのもそのせいで。

「ここへ来たのも条件が良かったからでしょ。基本女は立入禁止。全寮制で家に帰る必要も無く、男子校。おいそれと気軽に来れない距離で、今の彼の姿を見れば一部を除いてだけど彼をあの彼だと認識出来ないみたいだし。彼も努力して、本来の性格とは離れた大人しい生徒を演じてる」

例え何処かで名前を一致させられても性格と容姿が違えば何とか許嫁の目を誤魔化しきれると考えての苦肉の策みたいですね。

止める間もなく、ぺろりと昼飯を完食しながら、佐倉に関する重大とも思える秘密を勝手に暴露した書記に今更聞かなかった事にも出来ない話に東雲は眉間に皺を作った。

「その話、何処から盗って来た?」

「いやー、それは…いくら総長でもちょっと言えないなぁ」

書記はぺりぺりとプリンの蓋を剥がしながら東雲の鋭い視線をものともせず、わざとらしく小首を傾げる。

「まぁいい。お前が言い触らすとも思えねぇが、佐倉の事は黙ってろ」

自分で何とかするだろう。それに許嫁の女から逃げて来たなんて知られたくないはずだ。
佐倉自身が助けを求めて来た時こそ動けばいい。
そう己の中で結論を出し、お茶を啜りつつ、プリンを至福そうな顔をして食べている暢気な書記の姿を東雲は眺めた。
その間に食堂で食事を済ませてきたのか、風紀副委員長の雪谷 茜が風紀室へと戻って来た。

「おぉ、悪かったな。雪谷」

東雲は室内へと入って来た雪谷に向けて片手を上げる。

「いえ、それで話し合いは終わったの?」

雪谷の視線が東雲の向かい側のソファに座っていた書記へと流れる。片手を下ろした東雲はプリンを完食して満足そうな顔をした書記に、手にしていた湯飲みをテーブルに戻しながら声を掛ける。

「お前も用が済んだなら、さっさと出てけよ」

図々しくも風紀室の応接間で昼飯を食べているが、本来書記は学園の生徒としての区切りで言えば生徒会の人間だ。生徒会室で食べるのが筋だろう。

出てけと言われた書記は何故かそこで、正面に座っていた東雲に恨みがましい目を向けてきた。
それに気付かない東雲ではない。だが、そんな目で書記に睨まれる覚えも…あると言えば一つだけあった。東雲は思い当たった事柄に非常に面倒臭いという顔を隠さず、とりあえず聞いてやる。

「なんだ、椿」

「分かってますよね、東雲先輩。俺の用事はまだ済んでませんよ」

「ちっ、こっちも気付いちまったか」

まるで気が付かなければそのままにしておくつもりだったともとれる発言に書記はばんっとテーブルに両手を付いて東雲に向かって身を乗り出す。

「先輩は会長のこと、いつから知ってたんです?」

「えっ、会長?…それって、もしかして北條さんが――」

思わず口から零してしまった台詞に雪谷は慌てて言葉を切ったが、書記の耳にはしっかりと届いてしまったらしい。

「雪谷先輩も知ってたんですね…ずるい」

ソファから立ち上がった書記はじろりと先輩でもあるはずの東雲を見下ろす。
東雲は書記からの無言ではない、鬱陶しい程の抗議の眼差しを追い払う様に書記との間でしっしっと右手を振る。

「安心しろ。自力で気付いたのはお前だけだ」

それに本人から知らされたのは高杉が編入してきた初日だ。

「北條は生徒会長、俺は風紀会長。何かと関わりがあるからな、面倒が起こる前に知らせてきただけだ」

それ以外に他意はねぇ。

ウルフとタイガー、二人のファンを豪語する書記に東雲は無難な言い回しで答えた。

「俺に言わせりゃ、お前こそ何のヒントも無く良く北條の事に気が付いたな」

「そりゃ当然でしょ。あの二人が一緒に居れば、気が付かない方がどうかしてますよ」

どうかしてるのはお前の方だと、言葉にしかかって東雲は無理やり溜め息に変える。この書記には何を言っても無駄だろう。
実際に東雲に文句を言うのはもういいのか、書記は普段の調子を取り戻して言う。

「そういえば会長にも握手を求めてみたんですけど、好んで男と握手する気はないそうです」

残念と、断られたくせに書記は楽しそうに話す。
その話を聞いていた雪谷は「椿くんって怖いもの知らずというか、案外チャレンジャーなんだ」と、何故か書記の事を尊敬する様な眼差しで見ながら口にしていたが、東雲は相手にする気も起きず空になった湯飲みを手にソファから立ち上がった。

雪谷の言う通り書記は怖いもの知らずだ。だがそれは、その実引き際を見誤らない鋭い観察眼と感情の機微に長けた書記だからこそ出来る芸当だ。現にウルフとタイガー、彼らを前に無謀な事を仕出かしてきた様だが書記は未だ無傷でこの場にいる。

「出来れば次は写真とか撮らしてくれないかなぁ。御守りに入れたい」

そして困った事にそれが書記のイイ性格を助長している点でもあった。


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