07


side 鷹臣


午前いっぱいを生徒会室で過ごした俺は足早に生徒会室を出て行く副会長と会計の双子を視界に入れつつ、瑛貴に昼飯をどうするか聞く。

「校舎の食堂か、前と同じ寮の食堂。購買という手もあるが…」

「うるせぇ所には行きたくねぇな」

出来ればこのまま二人きりで邪魔の入らねぇ所が良いと瑛貴は素直に自身の欲求を誰彼憚る事なく口にした。
それを聞いていたのか、まだ一人残っていた書記が椅子から立ち上がりながら机の引き出しを開け、こちらに声をかけてきた。

「会長。それなら食堂からデリバリーを頼めば済みますよ」

これまで会長が職務を滞らせたりした事が無かったから、使う必要もまったく無かった生徒会権限があると。
書記はそう説明しながら、引き出しから取り出した校舎内にある食堂のデリバリーサービスメニュー表というラミネート加工された冊子を会長席へと持ってきた。

「この食費は生徒会経費で落ちるようになってるんで、一度試しだと思って使ってみるのはどうです?」

もちろん俺は食堂に食べに行きますので、と書記はやはり他の役員達とは違い瑛貴の事を恐れるでもなく会長席の机の上にメニュー表と注文手続きの仕方が記載された紙を置く。

確かにそれなら他の連中に騒がれる事もなく、瑛貴と二人きりの時間が作れる。…たまには書記も良い仕事をする。

「俺はそれでも構わないが、それで良いか瑛貴」

「いいぜ」

即返ってきた返事に俺はメニュー表を手に取る。

「それとあの様子だと多分、副会長達も暫くは此処に戻って来ないと思うんで。俺も午後からはそのまま授業を受けてきます」

よしっ、自分の仕事は終わったと真面目な顔をして踵を返しかけた書記に、俺は一つ言い忘れていた事を思い出して瑛貴にメニュー表を手渡しながら、その背中に声をかけておく。

「書記。ついでに瑛貴の生徒会長補佐申請書と俺の承認書を顧問の奴に届けておけ」

「分かりました。じゃ、会長の判子と高杉先輩の生徒証番号を控えさせて下さい」

途中で足を止めた書記は副会長席に置かれていたメモ帳を勝手に千切ると、同じくペン立てに刺さっていたペンを取る。

「瑛貴。お前、生徒証持ってきてるか?」

「生徒証?」

「寮で貰った部屋の鍵兼財布になるカードだ。あれには生徒証番号ってものが刻印されてて、学園が管理に使ってるんだ」

普段は部屋の鍵として、財布としてしか使い道はないかも知れないが。風紀では日常的に使われているものだ。
また、生徒証は部屋の鍵兼財布なので通常は皆携帯している。それを逆手に取り、風紀は校則を破った者や問題を起こした者の生徒証を取り上げ、生徒証番号を控えていたりするのだ。あまりにも行動が目に余る場合は、風紀にあるブラックリストにその番号が登録されるらしいが、こちらは本当か嘘か分からない噂だ。

「それなら確か…」

ポケットの中に突っ込んだままだったようなと、瑛貴はズボンのポケットの中から学生証を取り出す。

「んじゃ、失礼して」

書記は瑛貴の手にある学生証に目を向けると、申請書に必要な情報だけを千切ったメモ帳に書き付けた。
俺はその間に鍵付きの引き出しにしまっていた生徒会長印を取り出すと、書記に向かって軽く投げる。

「使い終わったら適当に戻しとけ。鍵は開けておく」

「はいはーい。それじゃ、今度こそ失礼します」

ペンを副会長席に戻し、書記は自分の机から二枚の書類を取り出すとその書類を手に生徒会室を出て行った。
ばたりと閉じられた扉に、瑛貴が生徒証をポケットに戻しながら呟く。

「結局なんなんだアイツは」

鷹臣と、瑛貴から向けられた視線に俺は当たらずとも遠からずだろうと、行き着いた答えを口にする。

「お前の態度で俺の事に勘づいたんだろう。あれは俺にも良く分からん奴だ」

瑛貴も思う所があったのか、そりゃ俺と瑛貴を前に同じ行動をとっていれば瑛貴も理解は出来なくとも、何となくは納得できるだろう。矛盾した様な事を言うようだが。

「それより飯にしよう」

せっかく二人きりで過ごせる時間が出来たのだ。余計な事は考えたくない。
椅子から立ち上がり、俺は瑛貴の腕を掴むと室内で執務を行うのとは別に用意された扉を開ける。生徒会室内には来客者に対応する為の応接室と仮眠室、簡易ではあるが給湯室がある。

俺は応接室の扉を開け、瑛貴を応接室の中に案内する。室内には応接室という名だけあって、立派なテーブルにソファセット。テーブルの上には綺麗な華が活けられており、壁には絵画。頭上にはシャンデリア。大きめの窓には繊細な柄が入った明るい色のカーテンが引かれている。

「へぇ…こんな部屋が室内にあるんだな」

「俺はめったに使わないけどな。その華は副会長が毎朝変えてるらしい」

応接室は副会長達がもう一人の編入生である一年の佐倉を連れ込んでいた部屋だ。奴等は仕事をする気はあるのか、それとも奴等の中で何か決まりがあるのか、毎回佐倉を連れ込んでは応接室の扉を開け放ったまま煩いことこの上ない。
だが今はそんな些細な事などどうでもよく、瑛貴をソファセットの三人掛けのソファに座らせると俺はその隣に腰を下ろした。
瑛貴の腕を掴んでいた手を離せば今度は逆に瑛貴が俺へと触れて来る。器用にも片手でメニュー表を開きながら、空いた片手が俺の腰へと回される。俺がそれに応える様に瑛貴の方へと身を寄せれば、こちらを向いた瑛貴から唇に口付けが落とされる。

「ところで体調はどうだ」

「ん…万全とは言えねぇけど、久々にお前を身近に感じられて悪くはない」

こうして俺のいる生徒会室に足を運んだのも、今隣に寄り添っていてくれるのも、一緒に居たいと思う気持ちの中に含まれている瑛貴の優しさだろう。表立っての不遜な態度の瑛貴しか知らない奴らは誰もこの甘い瑛貴を知らない。そう思えばふと、目の前の男を贅沢にも独り占めしているという実感が胸に湧き上がり、自然と笑みが零れた。

「こうして隣でお前の体温を感じてるだけでも、まだお前に抱かれてるような気がする」

結局昨日はお互い久し振りということもあって歯止めが利かなくて大変だったというのに。
身体の奥に燻る気怠い熱が今にもぶり返してきそうだと、コントロールする気もない感情の吐露に甘い気配が滲み出す。
間近で絡んでいた視線が、赤い双眸が情欲の炎をちらつかせながらゆるりと細められる。

「そりゃそうさ。今度は忘れらねぇよう、お前の中にたっぷり俺の熱を刻みつけたからな」

「連絡が取れ無かったこと、本当は怒ってるのか?」

「いや…それはもうどうでも良い」

「それなら…」

「たんにお前を抱きてぇだけ」

思わぬお預けを食らった分だけ、食い散らかしたい。身体の奥深くまで貫いて、どろどろのぐちゃぐちゃに。

「お前を俺の欲で汚したい」

半年、恋人に触れられなかった反動が身体を重ねた事で余計に熱を昂らせている。
まだまだ愛し足りないのだという様に、獣の本能がもっと深く繋がりたいと訴える。

「瑛貴…」

「嫌なら殴れ。お前の体調が万全じゃねぇのは分かってんだ」

「馬鹿。そう思ってるのはお前だけじゃねぇって言っただろ」

俺達の間にあるのは一方的な想い何かじゃない。
直に注がれる熱を、想いを受け止めたくて邪魔な伊達眼鏡を外して、手元を見ずにテーブルの上へと眼鏡を滑らせた。

「俺も…お前が俺で感じてる姿をもっと見たい。だから、理性なんか捨てて本能に従えよ」

そして唯一、お前の総てを受け入れられるのは俺だけなんだと教えてくれ。その渇いた心を充たせるのも俺しかいないんだと示してくれ。俺にお前の総てを見せてくれ。

「瑛貴…お前の全部を俺にくれ」

「鷹臣」

欲深い二人は熱い眼差しを交わしながらふっと互いに微熱混じりの吐息で笑い合って、どちらからともなく唇を重ねる。
先程の牽制の為にした口付けなんかじゃなく。愛情を確かめる為の熱いキス。

「んっ…瑛貴」

瑛貴の手からするりと落ちたメニュー表が絨毯の上に音もなく落ちる。後頭部へと挿し込まれた手が、腰に回されていた手が身体ごと俺を引き寄せる様に抱く。
それを合図に深まった口付けに、俺も瑛貴の首へと腕を回して応える。

「えいき…昼飯は…」

「後で良いんだろ…?」

「ン…んっ…」

午後からも俺達は生徒会室に籠っていたが、書記の言った通り他の役員達が生徒会室を訪れることはなかった。

 




何故なら彼らは風紀室に集まっていたのである。

「「助けて、総長!!」」

「これは由々しき事態ですよ、昂輝」

【韋駄天】の総長として、また学園内の風紀を司る長として、こじつける名目は幾らでもあったが、生徒会長を除く生徒会役員を個人的に風紀室へと呼び出した東雲は、昼休みにも関わらず珍しく一年の佐倉を取り合いに行かず、大人しく風紀室へと姿を現した役員共に関心の目を向けた。それも束の間、風紀会長の机の前に横に整列した副会長以下は東雲が用件を告げる前に、好き勝手に口を開き始めた。

彼等は一様に生徒会室での出来事と自身の訴えを口にする。
曰く、生徒会室に現れたウルフに牽制を込めた威嚇をされて、決してビビったわけではないが、どうにかして欲しい。このままでは精神的にきて仕事が出来ない。
どうにかして欲しいと言えば、書記の椿の言動を窘めて欲しい。馬鹿な真似はするなと。

まぁ、そもそもの話、ウルフである高杉とタイガーである北條を引き剥がせというのは土台無理な話だ。それこそ学園で血を見ることになる。【吸血鬼】の芦尾や【道化師】の田町あたりは喜びそうだが。
とりあえず、副会長以下の所々要領を得ない話を聞き終えた東雲は風紀会長の席から立ち上がるとまずは彼らを一喝した。

「てめぇらは揃いも揃って情けねぇ醜態さらしてんじゃねぇよ」

高杉に関しては仕方がない部分もあるが、それ以上に意味もなく佐倉を追い回したりと、韋駄天の総長として愚痴の一つも零したくなる。

「椿を見倣えとまでは言わねぇが、不必要にビビってんじゃねぇ」

ウルフに関しては北條に絡まなきゃ害は無いと分かり切っている。
一昨日も告げた内容を再度副会長達の覚えの悪い頭の中に叩き込む。

同じ副会長という立場でも風紀の副会長雪谷 茜とは大違いだ。雪谷には悪いが、こちらの都合で仕事を一時中断してもらい、今は席を外して貰っていたが。当の雪谷は始めから空気を読んでか、自ら食堂の方へお昼を食べに行ってきますと言って風紀室を出て行ったきりだ。
その気遣いを無駄にせぬよう東雲は話を続ける。

「いいか、お前が生徒会室で高杉に転がされたってのは多分、お前が北條に手を出そうとしたからだ」

「ちょっとその言い方はどうかと思います。私はただ会長の身を案じて…」

不満そうな顔で言い募った副会長の横で双子がうんうんと力強く頷く。
しかし、それは副会長達から見た時の話だ。

「高杉はそうは思わなかったんだろ。アレは人一倍、独占欲の強い男だ」

相手が自分の溺愛する恋人、タイガーであるなら尚更。ウルフは自分じゃ人目も憚らず恋人を溺愛する癖に、恋人が誰かに指一本でも触れられる事を酷く嫌う。その点はその恋人も似たり寄ったりな性質を持っていた。まさしく、面倒くさくて実にお似合いな二人だ。

「…なんて理不尽」

その場には居合わせなかったが、一緒に静かに話を聞いていた、普段から口数の少ない生徒会補佐が思わずといった様子で口走る。
だが、それがあの二人にとっての普通だとその言葉を掬い上げて言う。

「いいな。馬に蹴られて死にたくなきゃ、余程の事がない限りあの二人の事は放っておけ」

高杉がいるからといって、いくら北條でも生徒会業務に支障をきたすことはないだろう。今日は生徒会室の方に顔を出したらしいからな。

渋々とではあるが「分かりました」と副会長が頷き、「善処する」と補佐達がそれに続き、双子は「結局は放置なの」とひそひそとこちらに聞こえる声で言っていたが東雲はあえてそれ無視をした。


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