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「ちょっとちやほやされてるからって副会長様達のご好意にいつまで甘えてるつもり?」

「調子に乗りすぎなんだよ!」

「この前なんか生徒会室にまでついていったらしいじゃないか」

「何て図々しい。…僕達だってそこまで付き纏ったりしてないのに」

知らない生徒からの伝言で校舎一階の視聴覚室へと呼び出された佐倉は、やっぱり罠かと内心では溜め息を吐きながら自分を囲う、生徒会副会長及び生徒会会計の親衛隊の面々を度の入っていない眼鏡の奥から見据える。

「なに、黙ってんの!何とか言えよ!」

怒り心頭といった様子で親衛隊員に肩をどつかれたが、佐倉はびくともせずにただその場に佇む。例えここで言われたからと口を開いた所で、彼ら親衛隊は誰も耳を貸さないだろうことは編入してからこれまでの経験で分かっていた。だから佐倉は否定も弁明もせずに口を閉ざす。

「あんたの存在が副会長様達には迷惑だって言ってるのが分からないの」

「馬鹿なの?」

馬鹿はどっちだろうかと、佐倉は内心で思う。迷惑を被っているはこちらなのだ。
佐倉は思わずため息を落とす。
しかし、それが彼らの堪に触れたらしい。

「言って駄目なら身体に覚えてもらうしかなさそうだね」

親衛隊長の視線と親衛隊員達の視線が交錯する。そして、そのうちの一人が視聴覚室から続く視聴覚準備室へと向かった。

「ほら、出番だよ」

視聴覚準備室の扉が親衛隊員の手により開けられると、その扉の向こう側から親衛隊員達とは明らかに違う、喧嘩慣れした大柄な生徒三人が姿を現す。

「なに、コイツを潰せばいいのか?」

「そう、もうこの学園にいたくないって思うぐらい徹底的にやっちゃってよ」

「ふーん。吹けば飛びそうな身体だな」

「欲しいなら好きにしなよ」

親衛隊長と準備室から出て来た生徒三人の様子を窺い、佐倉は生徒三人に対してその警戒を強めた。

「じゃ、後はよろしくやってよ。終わったら僕達に連絡…」

して、と続いた言葉は視聴覚室の扉が開かれたことで掻き消える。

「てめぇら、ここで何をしてる?今は授業中のはずだぞ」

視聴覚室の扉を開けて室内を睨み付ける様に一瞥し、声を発したのは芦尾の部下から連絡を貰った風紀会長東雲 昂輝だった。
その姿に親衛隊員はあからさまに慌てた様子で、逆に佐倉はこれで解放されると安堵の息を吐く。不思議な事に準備室から現れた三人の生徒は動揺した気配すら見られない。

「もう一度聞くぞ。お前達、ここで何をしている」

再度の鋭い問いかけに急いで何とか口を開いたのは副会長の親衛隊長であった。

「し…東雲様、僕達はちょっと道に迷って移動教室先を間違えた編入生の佐倉君を連れ戻しに来ただけなんです!」

もはや同じ組の人間じゃない生徒もおり、色々と突っ込みどころ満載な苦しい言い訳だったが、隊長以下の隊員達も全員が似たり寄ったりな言い訳を口にし始める。
それが真っ赤な嘘であることは東雲も承知の上だが、人的被害がまだ出ていないことと被害者である佐倉が親衛隊の言い訳に首を縦振ったことで、東雲は親衛隊員に罰を下すことなく無罪放免で視聴覚室から追い出すことにする。

「お前らはさっさと教室に戻れ」

追い払われた形になった親衛隊員達は皆一様に安心した表情を浮かべ、その指示に逆らう事無く視聴覚室を出て行く。

「お前は残れ、佐倉」

そしてその後に続こうとしていた佐倉は何故か東雲に引き留められた。

その場に残ったのは東雲を始めとして、佐倉と親衛隊が用意した準備室から出て来た男三人。
東雲は先に男達に目を向けると、気安く彼らに声をかける。

「付き合わせて悪かったな。芦尾には俺から言っとく」

「いや、別になにもしてないし」

「それがうちの総長のご意向ですから」

「今頃、血を見れなくて残念がってるだろうしな」

彼等は口々にそう言って東雲と二、三言、会話を交わすと視聴覚室を出て行った。

「あれ、もしかして…」

その様子を目に佐倉が呟けば、東雲は真面目な顔で一つ頷く。

「お前に護衛はいらねぇと思ったんだけどな、念の為だ」

身長差のせいか上から見下ろしてくる東雲の視線と眼鏡の奥にある佐倉の視線がぶつかる。

「…それは…ご迷惑をおかけしました」

ぺこりと頭を下げた佐倉に東雲はふと言葉を零す。

「しかしお前も良く分からんが、そんな格好をして大変だな」

「えっ」

「あ?」

下がっていた頭が勢いよく跳ね上がり、東雲を凝視してくる。あまりの勢いの良さに東雲も微かに目を見張り、声を漏らした。

まじまじと見つめ合うこと数秒。
佐倉が大きな溜め息を吐く。

「はぁー…、人が悪すぎる。気付いてたならもっと早く言ってくれよ」

大人しそうな雰囲気を一転させた佐倉はその口から愚痴めいた言葉を吐き出した。
東雲はその事に驚きを見せるでもなく、変わらぬ態度で応じる。

「なんだ、指摘しても良かったのか?何かしら事情があるもんだと思って敢えて触れないでいてやったんだが」

「んー、そう言われるとそうなんだけど。知ってるなら、こんな事態になる前にお前の所の副総長達を何とかしてくれって頼んだのに」

それともまさかあいつ等も俺の正体に勘付いてちょっかいを掛けてきてんのかと、佐倉は疑心暗鬼に陥る。

「椿の奴は俺でも分からねぇが、多分あいつ等は気付いてねぇから安心しろ」

「そっか…」

何故か正体を勘付かれたくないらしい佐倉に東雲は少し考えてから、言葉を口にする。

「それで、これからも俺は気付かなかった振りをしてりゃいいのか?」

「え…うん、まぁ。そうしてくれると俺は有難いけど、アンタの所の副総長達のことに関しては助けてくれると嬉しい」

「そこは出来る範囲で何とかしてやる」

ただ、副総長もとい生徒会関連は東雲の目の届く範囲外にある。

北條に注意してもらうこと以上に手はないだろう。だが、今の北條に言っても無駄な気がしなくもないのが東雲の見解だ。
韋駄天の総長として副会長達には言い聞かせるしかないか。

佐倉の要望をあっさりと受け入れた東雲の難しい顔を見て、佐倉は一つ宣言しておく。

「かわりに親衛隊のことは俺が自力で何とかするから。こっちまで面倒は見なくていいぞ」

腕っぷしの強さなら韋駄天の東雲に張る強さだ。佐倉は【疾風〈シップウ〉】の総長としての顔を覗かせ、東雲の負担軽減を申し出た。

「一応頭には入れておくが、ここは学園だ。風紀を取り締まる立場として一生徒であるお前を何の備えも無しに親衛隊の前に晒すわけにはいかねぇってことをお前も頭に入れておけ」

互いに譲歩出来る範囲で言葉を切った東雲に佐倉はごねることもなく、分かったと素直に頷いた。彼らの間には拳を交わした分だけの信頼感が存在していた。

「あと、お前もそのうち会うことになるかもしれねぇが三年に編入してきた高杉と生徒会長の北條には気を付けろ」

「それって昨日、食堂の入口で擦れ違った…」

「見たなら分かったと思うが、高杉はあのウルフだ。下手に奴らの周りをうろつくな」

「あぁ…分かった」

佐倉はウルフと何故生徒会長の北條がと疑問に思ったが、東雲からの警告に意味が無いことはないだろうとその二人を要注意人物として頭の中にインプットした。


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