03
書記と補佐以外の役員が生徒会室で黙々と仕事をこなす中、俺は手にしていたペンを置いて立ち上がった。
「会長?」
「どうかしました?」
急に立ち上がった俺に会計と副会長は不思議そうに聞くが、俺は構わず生徒会室と廊下を隔てるドアまで足を進め、ガチャリとドアを開けた。
するとそこには、
「ちょうど良いタイミングだ鷹臣」
職員室で別れた瑛貴が立っていた。
「来ると思ってた。入れよ」
促されて足を踏み入れた瑛貴。その姿を目して副会長と会計が息を呑んだのが分かった。
警戒するようにピリピリと張り詰めた空気をものともせず、瑛貴は平然とした顔で室内を見回す。
そして、副会長と会計で目を止め、口を開いた。
「誰だコイツら」
「一昨日食堂で会っただろう?そっちが生徒会副会長でそこの二人が会計だ」
「ふぅん」
聞いておきながら瑛貴はどうでも良さげに相槌を打ち、視線を外す。するとそれに耐えかねてか、副会長がやんわりと口を挟んできた。
「…会長。何故、彼がここに?」
「そうだな…」
瑛貴を隣に留め置くには理由が必要か。
考えるまでもなくパッと閃いた考えを俺はそのまま口にだした。
「瑛貴を会長補佐に任命する」
「「えぇ〜〜っ!!」」
副会長の疑問に宣言する様に言えば、会計から悲鳴が上がる。それは決して嬉しいという意味ではなく。
「うるせぇな、黙れ」
近くで叫んだ会計を瑛貴は不快だと眼光を鋭くし、睨む。
「「ひっ……」」
瑛貴に睨まれぷるぷると震える会計を目の端に留めながら、俺は詰め寄ってきた副会長の相手を続けた。
「本気ですか会長!?私がさっき言ったこと覚えてますよね?」
「俺は本気だ。それに問題はないとさっきも言っただろう」
「ですが、会長…」
心配というより俺の邪魔をしてくる副会長に若干の苛つきを覚え、すぅっと眼差しが鋭くなる。
そんな俺の心情など気にすることも無く副会長は尚も言い募り…。
何がきっかけだったのか、理性的に話し合いで解決する前に瑛貴が動いた。
俺の目の前まで来ていた副会長の襟首を後ろへと力任せに引き、同時に足を払って乱暴に床へと引き倒す。
その一瞬の出来事を俺は瞬きもせず冷静に眺め、会計は声も出せずにただ目を見開く。
ドサッと倒れる音がやけにゆっくりと聞こえ、副会長を床に転がした瑛貴は、一瞬首を圧迫されたことで咳き込んでいる副会長を酷く冷めた赤い目で見下ろした。
「鷹臣に触れるな」
「ゴホッ、ゴホッ…」
感情を消し去ったその一言が瑛貴の本気を感じさせ、ヒヤリとした冷気が室内を支配する。
あぁ…、守ってくれたのか。何とか説得しようと、切羽詰まって俺の肩を掴んできた副会長の魔の手から。
俺は一人納得し、そのまま副会長を踏みつけかねない雰囲気の瑛貴に声をかける。
「瑛貴。俺は大丈夫だ」
それに、副会長を再起不能にしてしまうと後々面倒なことになる。その分俺の仕事が増え、瑛貴といる時間も削られてしまう。
しかし、瑛貴は、
「俺が大丈夫じゃねぇ」
そう言ってうっすらと唇に弧を描いた。冷えきった眼差しは揺るがず。
だが、次の瞬間、
張り詰めた空気を壊すように勢いよく生徒会室のドアが開かれた。
「会長ー、印刷機の調子が悪くて今日は…って、何転がってんの副会長?あ、ウルフだ!」
室内に渦巻いていた冷えた空気を相殺しながら、暢気に書記が入ってくる。
やる気を削がれたのか、瑛貴は舌打ちし、副会長の側から離れた。
「ケホッ、…ッ助かりました椿」
「ん?」
何とか立ち上がった副会長に書記は首を傾げ、次に会計を見る。
「どーした?二人とも顔が青いけど具合でも悪ぃのか?」
「ちがっ…」
震える彼らには書記が救世主の様に見えたに違いない。
「具合悪ぃなら早めに保健室に行けよ。で、会長ー。印刷機の調子が悪くて会議の資料は明日以降になっちゃうんですけど大丈夫ですか?」
「あぁ。来週までに出来れば良い」
良かったと胸を撫で下ろす書記を眺め、俺は書記にも瑛貴の事を告げた。
「書記。瑛貴は今日付けで会長補佐になった。覚えといてくれ」
「はいはーい。これからよろしくお願いします、高杉先輩」
ニッと笑って右手を差し出した書記を無視し、瑛貴は俺の腰を抱く。
そして、食堂の時と同じ様に周囲を牽制した。
「先に言っておく。鷹臣は俺のだ。もし鷹臣にふざけた真似してみろ、徹底的に潰してやるからな。例え韋駄天であろうと例外はねぇ」
鋭い眼差しで室内にいる面々を睨み付けた瑛貴に逆らう者は誰もなく。
「うはー、格好良いー」
ただ、睨まれたにも関わらず、瞳を輝かせて瑛貴を見つめる書記に俺は眉を寄せた。
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