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時間は少し遡り、瑛貴が学園に来たその日の夜。風紀会会長、東雲 昂輝は風紀委員を集めて会議を開いていた。

それは通常総会と呼ばれ、親衛隊の動きから学園内の風紀について、細部に渡り話し合う会議。

「東雲会長、生徒会について二件ほど御報告が」

「何ですか?」

挙手して言った委員に、俺の隣に着席していた雪谷が視線を向けて発言を許す。

はい、と一つ呼吸を置いてその委員は報告を始めた。

「まず一つ目ですが。会長と書記を除いた生徒会役員が一月前に編入して来た一年の佐倉に構っているせいで、近々佐倉に制裁が行われるかもしれないと言う噂を耳にしました」

その報告に俺は眉を寄せ、無言で先を促す。

「二つ目は生徒会長北條 鷹臣についてです」

その名を出した途端室内がざわりと波打った。

今まで特に問題もなく、名さえ上がることの無かったその人物に、風紀委員の間に動揺が広がる。

「静かにしろ。まだ報告の途中だ」

ざわつき始めた場を、その一言で静め、俺は会議室内を一通り見回して続けた。

「続けてくれ」

「あっ、はい!…北條会長についてですが、昼間食堂にて見かけぬ人物を伴って食事をとっていたそうです。その際その人物が北條会長は自分のモノだと…」

食堂に居た生徒達の前で公言し、北條会長にキスをしたと。

委員から告げられる報告に俺は更に眉を寄せ、自分の忠告が後の祭りだったことを知る。

「それを聞き付けた会長の親衛隊が明日にでも動き出しそうです」

「そうか、分かった。報告ありがとう」

あの野郎…、と一つため息を吐き、俺は風紀を纏める者として気持ちを切り換え、やるべき事の指示を出した。

「一年の佐倉の周囲には気付かれぬよう監視の目を増やせ」

とは言っても、韋駄天と張る疾風の総長がそうやすやすとやられるとは思わないが。

なんであんな格好してるのか知らんが。まぁ、今は置いておく。

それより、

「北條については俺からも話がある」

ガタリと席を立ち、視線が集まったのを確認して口を開く。

「北條が伴っていた見慣れぬ人物というのは、明日編入予定の三年高杉 瑛貴だ」

高杉の顔を見れば分かる奴もいるだろうが、奴は夜の街を騒がせている二匹の獣の内の一匹…ウルフだ。

その正体を告げればどよりと空気が揺れ、今度こそざわざわと騒がしくなる。

「し、東雲会長!それ本当ですか!?」

「だとしたら学園が荒れますよ!」

風紀の中にウルフを知らぬ者はいない。
何故なら、雪谷を除き風紀委員のメンバーはみなどこかしらのチームに属しているからだ。

この中には他チームの総長、副総長、幹部がごろごろといる。

喧嘩にならないのは暗黙の了解が存在するからだ。学園内でチーム同士の喧嘩は御法度。例えどんなに叩き潰してやりてぇ相手でも、学園内に居る以上、同じ学園に通う生徒だ。

「東雲、どうするつもりだ?」

「僕としては関わりたくないなぁ」

冷静な眼差しで問うてくる委員に、俺は混乱を防ぐ為タイガーの事を伏せて言う。

「ウルフ…高杉は北條に何かしない限りは安全だ。俺も昼間二人に会ったが、どうやら北條は高杉のお気に入りらしい」

「と、言うことは北條会長の周囲に気を配っていればいいってことか?」

ウルフに恨みを持つ者が暗黙の了解を破って仕掛けるかもしれない。

ウルフを知らぬ無知な生徒、主に親衛隊が動くかもしれない。

そんな馬鹿なことを仕出かす生徒が出ぬように、先に手を打つ必要がある。

「そうだ。総長クラスの風紀委員には当分の間北條と高杉についてもらう」








風紀会の常会が終わった後、チームに属する者達はそれぞれの場所で学園内にいる仲間に招集をかける。

俺もその内の一人で、雪谷を部屋に帰すと学園内にいる韋駄天メンバーにすぐ集まるよう緊急招集をかけた。

その中には当然の様に、北條を除く生徒会副会長以下の顔がある。

「何かあったんですか?」

「あったも何もお前は会わなかったのか?仮にも副会長だろうが」

北條の隣に居たことを考えれば、風紀より先に生徒会が把握してるはず。

首を傾げた副会長と、何か思い当たる事があったのか、生徒会では会計を務める双子が口々に言った。

「あ!お昼に食堂で会った時、会長の隣にいた人のこと?」

「顔はあんまり良く見えなかったけど、銀の髪なんて目立つよね」

「あぁ、そう言えば。それで昂輝、彼がどうかしたんですか?」

何故奴に会っていて気付かないのか。鈍感すぎる副総長に俺はため息を吐きたくなった。

そんな俺の心の内を悟ったかの様に、生徒会では書記を務める幹部があっけらかんと言う。

「嘘でしょ?三人とも会っていながら気付かなかったのかよ。会長と一緒にいたのあのウルフだぜ」

「「「………!?」」」

近くで見ると更に格好良いよな。あと、握手求めたらうぜぇ、消えろって言われちゃった。

ははは、と明るく笑った書記の無謀さに俺は言葉も出ない。

「……何やってんだお前は」

「だって総長。手の届く距離にいるんですよ。触らなくてどうするんです。こんなチャンスは滅多にないでしょ?」

書記は高杉を動物園にいる珍獣と勘違いしているんじゃなかろうか。

コホンと咳払いを一つして、緩みきった空気を引き締める。

副総長を隣に立たせ、俺は総長の顔をして集まった仲間に向けて口を開いた。

「てめぇら良く聞け。もう知ってる奴もいるかもしれんが、この学園にウルフが編入して来た」

ざわりと動揺が広がるのを冷静に見つめながら言葉を続ける。

「ウルフへの対応は今までと変わらない。チームを存続させたければ奴には関わるな」

これは夜の街に繰り出す時から何度も口にして言い聞かせてきたことだ。
不満を唱える者は誰一人いない。

「それからもう一つ。こっちが重要だ。…そんな奴はここにはいねぇと思うが、生徒会長の北條には絶対手を出すな。北條はウルフのお気に入りだ」

「会長がですか?」

「え!?何で?会長ってウルフと知り合いなの?」

「……やっぱりなぁ」

副会長と双子の声に紛れるように、書記はどこか納得した様な小さな声で呟いた。

「北條とウルフは古くからの知り合いだそうだ」

疑問符を飛ばす三人に適当に返して、俺は北條と高杉には間違っても喧嘩を売るなと念を押す。

同じ様に、他チームの総長もこの件に関しては強く仲間達には言い聞かせ、解散とさせた。

しかしその翌日、学園内で鷹臣と瑛貴の姿を見たものは誰一人おらず、気を張っていた者達は何だか肩透かしを食らった様な気分を味合わされたのだった。



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