07
ボタンを押し、降りてきたエレベータの扉が開くのを待つ。
静かに開いた扉から生徒が数人降りてきたが、彼等は俺の隣にいる瑛貴に気付くと顔を引き吊らせてそそくさと逃げるように食堂の方へ走って行ってしまった。
「知り合いか瑛貴?」
「さぁ。覚えがねぇな。もしかしたら潰したチームのメンバーかもな」
空になったエレベータに乗り、カードを通して生徒会フロアの番号を押す。
「ここはチーム関係者が多いみたいだから気を付けろよ」
「あ?さっき会った奴等みてぇにか。一人は疾風、他は韋駄天だったな」
韋駄天、たしか副会長以下が所属してるチーム名だった気がする。
それと疾風は…佐倉の方か。
「ただでさえ瑛貴は目立つし、恨みを買ってるんだ。本当に気を付けろよ」
俺が真っ直ぐ瑛貴を見つめて言えば、瑛貴は鋭かった眼差しをふと和らげ口元にゆるりと弧を描いた。…俺だけに向けられた笑み。
「分かってる。お前が悲しまねぇよう気を付けるさ」
ソッと伸びてきた手が顎を掬い、唇が重ねられた。
「ん…」
体に感じていた浮遊感がピタリと止まり、エレベータが生徒会フロアに止まったことを知らせる。
触れるだけで離れた瑛貴は酷く甘い眼差しをしていて、俺もきっと同じ目で瑛貴を見てるんだと思う。その証拠に俺の心は瑛貴への愛しさで溢れていた。
「瑛貴…」
「…鷹臣」
甘く低い声が鼓膜を震わせ、脳髄がジンと痺れる。ジリジリと発生した熱が体を震わせた。のも束の間。ゴホンとわざとらしい咳に遮られ、何処かで聞いた事のある声がかけられた。
「北條でもそんな顔するんだな」
そちらに目を向ければ、開いたエレベータの前に風紀会会長と副会長が並んで立ち、会長の東雲 昂輝は感心したような声を出し、副会長の雪谷 茜は気まずそうにゴホゴホと咳をして目を反らしている。
「は、韋駄天の総長ごときが。俺の邪魔すんじゃねぇ」
「お前、タイガーはどうした?アイツを泣かせたら俺が許さねぇぞ」
東雲はタイガーの時の俺とウルフの関係を知っていて、何故だか気にかけてくれている人物だ。
だが、俺をタイガーと知らない東雲は瑛貴を睨み付ける。
「タイガーを泣かせる?俺が?はっ、ありえねぇ。寝言は寝てから言え」
瑛貴に背を押され、俺は一緒にエレベータを降りる。
「北條。何でコイツが此処にいるんだ?」
東雲は瑛貴に言っても無駄だと分かっているのか俺に話を振ってきた。
「彼は編入生だ」
「それは分かる。でも、生徒会フロアに連れてくる意味はないだろ?もし脅されてここまで来たってんなら俺が変わってやるが」
どうやら俺と瑛貴に接点が無いにも関わらず、俺が一般生徒の立ち入りが禁止されているフロアまで瑛貴を連れてきた事で心配されたようだ。
俺はありえない東雲の想像にフッと唇を歪めた。
「その心配はない。瑛貴が俺にそんなことするはずがないし、する必要もない」
「瑛貴?…コイツの名前か。北條、お前ウルフと知り合いだったのか?」
不思議そうに俺と瑛貴を見てくる東雲に俺が答えるより先に瑛貴が口を挟んだ。
「ンなの見りゃわかんだろ。野暮なこと聞いてんじゃねぇよ」
「……北條。コイツの言ってることは本当なのか?」
「本当だ。お前に嘘を吐いて何になる。それより何か用が合ったんじゃないのか東雲。雪谷」
「あ!昂輝、会議の時間」
今まで黙って成り行きを見守っていた雪谷が俺の言葉に反応して慌て出す。
「もう少しだけ待ってくれ雪谷。それから瑛貴とか言ったかウルフ」
「高杉だ。俺を名前で呼ぶな」
言葉通り瑛貴は嫌そうに眉を寄せて言った。
険悪になりかけた雰囲気に、俺は口を挟む。
「瑛貴。この二人なら別に構わないだろ」
知られても問題にはならないだろうし、知らせておいた方が邪魔されなくてすみそうだ。何より、俺は瑛貴が誤解されて悪く言われるのが無視できない。
「お前が良いなら俺は構わねぇぜ」
瑛貴も邪魔された事に腹は立てていた様だが嫌いではないようだ。
俺達は不思議そうに瞬きした風紀会のツートップをすぐ近くにある生徒会小会議室に連れて行く。
「おい北條。俺達はこれから風紀会の会議があるんだが…」
「すぐに済む」
あそこでは他の役員が来るかもしれない。
生徒会のカードで扉の鍵を外して、二人を中へと入れる。
「いったい何だっていうんだ」
バタンと閉まった扉を振り返り二人は俺の真意を探るように見てきた。
「にしても、話は聞いてたがまさかお前まで気付いてねぇとはな」
瑛貴は俺の隣に立ち、クツクツと笑いながら東雲を見て言い、俺の腰に腕を回す。
そして愉快だと唇を歪め、二人に知らしめるように俺の事を別の名で呼んだ。
「なぁ、タイガー?これ程可笑しなものはねぇよな」
「………はっ?え!?嘘だろ!?北條がタイガー…!?」
「北條さんがあのタイガー!?」
目を丸くする東雲に雪谷。
俺は肯定するように頷き、腰に回された瑛貴の腕に右手を重ねた。
「だってお前…そんなキャラじゃねぇだろ。大人しく生徒会長なんて似合わねぇし、もっとこう」
「噂とは本当にあてにならないものですね。俺の聞いていたタイガーとは随分印象が違いますし…」
「おい、納得するな。コイツの場合噂の方が正解だ」
何だか変に納得した雪谷に東雲が突っ込みをいれる。
タイガーは群れる事を嫌い、自分のテリトリーには認めた者しか入れない。一見、温和そうに見えるがその本性は冷酷無比。敵と見なした者には容赦なし。迂闊に近付けば返り討ちに合うと、巷では囁かれていた。
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