26
こくりと喉が動く。
酷く熱くてからからに渇いた喉を冷たい液体が滑り落ちる。
その心地よさを朦朧とした意識の中俺は求めた。
「…ぅ…ン…」
「そう慌てるな。ゆっくり飲め」
ひやりと冷たくも温かな感触を唇に感じ、求めていた冷たい液体が口内へと流し込まれる。
「んっ…ン…ッ…」
無意識に涼を求めて冷たい液体が注がれる先に舌先を伸ばせば生温い温度に触れた。
それでもこの身を蝕む熱とは違う低い熱。
「ぁ……っと…」
冷たさを残すそれに自ら舌を絡めて自分の奥へと引き込む。
「…ぅ…んっ」
「っ…、おい。待て」
しかし、それは直ぐにするりと離れていってしまった。
「薬に浮かされた奴とやるのは俺の趣味じゃねぇ」
そしてぼんやりする意識の外で誰かが何かを言っている。
「だ…れ…?」
「俺が分からねぇのか?チッ、これも薬のせいか。けっこう飛んでるな」
一度熱を吐き出させねぇとダメか。
何だか他人事のように頭の中に言葉が入ってくる。
「生意気なお前を組み敷くってのが愉しみだったんだが…仕方ねぇ」
最後まではしねぇから安心しろ。それは意識のある時じゃねぇと面白くねぇからな。
わざと耳元に寄せられた唇が甘く囁く。
ぞわりと腰に走った甘い痺れにも似た感覚に熱い吐息が零れた。
「はっ…ぁ…っん」
「大人しく感じてろ」
無遠慮に内股に滑り込んできた手が既に熱を持って熱くなっている中心をズボンの上から撫でてくる。
それだけでビクビクと腰が震えて、変な声が口から零れた。
「ゃ…ぁっ…う…っ」
「声だけでこれとか、堪んねぇな」
性急な動きでベルトを外され、ズボンと一緒に下着が下ろされる。
何が何だか頭の中に霧がかかったようにぼやけて自分が何をしていて、何をされているのか理解が追い付かない。
ぐじゅぐじゅと下肢から響く水音とこの身を襲う甘い疼きと熱に俺の意識は再びどろどろに溶けていく。
「…ゃ…だ…ぁっ、あ…」
そんな中に生まれた微かな恐怖。溺れてしまうと、助けを求めるようにすぐ側にいた温もりに腕を回していた。
「怖いことなんてねぇ」
優しく背中を抱かれる。
「全部出しちまえ」
促すように動かされた手と、包み込むようなぬくもりに俺は全てを預けて意識を落とした。
ぱちりと目を開く。
嫌にスッキリとした目覚めに見知らぬ天井が映った。
「………あ?」
意味が分からない。
此処が何処だとかいう以前に何で俺はベッドに寝ているんだろうか。
様々な疑問符を飛ばしながら起き上がってみれば着ていた服も違う。
指定のジャージから黒のTシャツに下はスウェットパンツに変わっている。
「Tシャツぶかぶか。…別に俺は小さくない」
ジャージで思い出したが、確か俺は今新歓の鬼ごっこの最中で…。
「起きたなら声をかけろ」
そう思い返している途中でいきなり声を掛けられて大袈裟なほど肩が跳ねた。
併せて、聞いたことのある声に勢いよくそちらを振り向く。
部屋の入り口とおぼしき扉を開けて、そこには見間違いでもなく志摩 遊士が立っていた。
「惚けた顔だな」
「何でアンタが此処に…」
いきなりの言われようにむっとして返せば遊士は僅かに口端を吊り上げる。
一歩と近付いて来る遊士に警戒して俺は身構えた。
だが、次に口にされた言葉に俺はぎょっとした。
「ここは俺の部屋だぜ」
「はっ…!?」
それは一体どういうことか。最早どういう意味か。
「まだ記憶が混乱してんのか」
何だか面倒臭そうに呟いた遊士は俺がいるベッドの側で足を止めると、纏っていた雰囲気をがらりと変えた。
鋭さを増した漆黒の双眸が俺を見下ろす。
緩やかに弧を描いた唇が捕らえた獲物を前に舌舐めずりするように動き、酷く甘い声音を吐き出した。
「それともまた俺の前からどう逃げ出すか算段でもしてるのか…なぁ、蒼天のヒサ」
「っだれが、人違いじゃ…」
急な不意打ちに目を見開くも、これまで培ってきた経験で何とか動揺を抑える。しかし、
「見事な銀髪だな」
自然な動作で伸ばされた手が俺の髪に触れる。
その時になって視界の端に映った自分の髪色が銀に戻っていることに気付いた。
「なっ…」
いつの間に!
思いもよらぬ事態に隠しようもなく俺は唖然としてしまった。
「お前によく似合ってる」
そして遊士は一体何を言っているのか。
「その目もコンタクトか何か入れてんだろ。外せ」
「………嫌だ」
不遜な態度で言われて思わず反抗する。もうバレたも同然なのだが、人に頼み事をするにしてももっと言い方ってものがあるだろ。
すると遊士は上から偉そうに言ってきた。
「誰が助けてやったと思ってるんだ」
「…助けて?」
ころりと変わった話に首を傾げる。
「薬盛られて熱に浮かされたお前を誰が助けてやったと思ってる」
「薬…」
もやもやと思い出してきた内容に俺ははっと目を見開いた。
そして自分の着ている服を見下ろし、次に遊士を見る。
遊士もジャージ姿ではなく見るからに私服を着ている。
「ま、まさか…」
あらぬ想像をしてしまいじわじわと顔に熱が集まり、瞬時に青ざめるという器用なことをしてしまう。
「うぶそうに見えて知識はあるのか」
だらだらと嫌な汗をかいていれば何だか愉快そうに瞳を細めた遊士がクッと低い笑い声を漏らす。
「お前ってイイ声で啼くな。初めてだから怖いって可愛く俺にしがみついてきてよ」
「な……っ」
「普段の生意気さはどこにいったのか、今のお前に見せてやりたかったぜ」
なぁ、と妖しげ熱を宿した双眸が近くなる。
「う、嘘だ…」
「意味もねぇ嘘を俺が吐くと思うか」
上体を起こした体勢でいる俺のすぐ側に手を付き、身を屈めた遊士が言う。重みの増したベッドがぎしりと鈍く音を立てた。
退けることもせずに俺は遊士と睨み合う。
そして、悔しいことに遊士が嘘を吐いているとも俺には思えなかった。
…グッと唇を噛む。
「………」
それを咎めるように伸ばされた指先を今度こそ俺は弾いて拒絶した。
「そんな泣きそうな面すんじゃねぇよ。萎える。…仕方ねぇから教えてやるがな」
弾かれた指先で前髪を掻き上げ、遊士は身を起こして俺から離れる。
「お前が使われた薬は厄介なことに熱を吐き出さねぇと終わらねぇもんだったんだ」
「………」
「その上意識も危ういお前が一人で処理できるわけねぇだろ。薬を使ってどうこうは俺の趣味じゃねぇからな、とりあえずお前の熱をとってやっただけだ」
その時に着ていた服は汚れたから着替えさせた。
最後まではしていないと言う遊士を俺はぽかんとして見上げた。
「なんだその目は」
「え…っと、何だか意外で…」
容赦ないといえばいいのか、問答無用といえばいいのか、これまでの遊士の所業を振り返って驚いてしまう。
自分の身に降りかかった出来事がそれだけで済んだことに。
思ったことが顔に出てしまったのか遊士は眉間に皺を寄せた。
「ふん、あぁいうのは自分の手で落としてこそ愉しいもんだろ。薬に頼るなんざありえねぇ」
「はぁ…」
何だかよく分からない拘りがあるようで俺は助かったのか。その点にはちょっと感謝だ。
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