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その夜から五日、來希は掃除屋が監督管理する反省室とやらで授業時間以外の時を過ごし、反省文も書かされたらしい。
そしてその間も親衛隊から些細な嫌がらせは続いていたが俺は気にも止めず、寮に帰りつくなり來希のいない分、思う存分羽を伸ばした。歓迎会の鬼ごっことやらに向けての英気も十分に養えた。
「ったく、あんまりヒヤヒヤさせるなよ久弥」
「それは敵に言ってくれ」
ニィと不敵に口端を吊り上げ、俺は今、鬼ごっこの鬼として配布された赤い布を和真に右腕に巻いてもらっていた。
「それと何度も言うが親衛隊には気を付けろよ」
「あぁ。けど、やられたらやり返す。これだけは譲れねぇからな」
「程々になぁ」
出来たと、結び終わった布から手を離した和真に礼を言い、俺は周囲を見回す。
各学年の中から一人、選ばれた鬼は俺と同じ赤い布を腕に付けている。
これから行われる歓迎会という名の鬼ごっこのルールは至って簡単。
まず最初に設けられた十五分で先に鬼が逃げる。その後、捕まえる側、ようは鬼以外の全校生徒が鬼を捕まえにスタートする。余談で、鬼を捕まえた生徒には生徒会からご褒美が貰えるとか。…いらねぇよ。
制限時間は一時間目開始のチャイムから四時間目終了のチャイムまで、だから午前中いっぱいだな。
逃げる範囲はプライベートスペースや日常生活でも立入禁止にされている場所、寮や生徒会室、風紀室、屋上などを除いた学園の敷地全体。入れない場所は一応鍵が掛けてあるらしい。
もし偶然にも入ってしまったら直ぐに出ること。その場でサボろうものなら失格の上、単位も貰えなくなるんだそうな。
既に説明と注意事項を話し終えた生徒会は壇上から降りている。
俺は入念に準備運動をし、その時を待つ。
「そんなことしても無駄なのにねぇ」
「ほら、見て。アイツ、バカじゃないの」
「潰されちゃえば良いんだ」
クスクスと耳障りな雑音がそこかしこから聞こえるが俺は相手にしない。
ただ、その中で一瞬俺は強い視線を感じた。
ざわりと肌が粟立つ。
悪意では無い、何か。
咄嗟に首を巡らせて見たが既に視線は切れていた。
「どうしたぁ?」
「…いや、何でもない」
視線は三年の居る方角から。俺に三年の知り合いなどいない。
「それでは鬼の人はこちらへ集まって下さい」
呼ばれて体育館の出入口まで人の波を抜けて出た俺は同じ鬼として選ばれた生徒を初めて間近で見る。
一学年からは黒髪に眼鏡と優等生スタイルの俺。
二学年からは栗色の髪に幼い顔立ち、背も低いアイドルみたいな先輩。
三学年からは紫の髪にピアスやアクセをジャラジャラとつけた不良に分類されると思う背の高い先輩。
俺以外何故選ばれたのかまったくもって不明な人選だ。
共に鬼ごっこの生け贄としては場違いな気もするが、他の学年の事情など俺が知る由もない。
「では鬼の人もご褒美に向けて頑張って逃げて下さい。スタート!」
その声に重なって一時間目の始業を告げるチャイムが鳴り始めた。
「逃げなきゃ…」
「チッ、面倒癖ぇ」
二年の先輩は小走りで走り出し、三年の先輩は悠々と歩き出す。
かくゆう俺も逃げ回る気は無く、ゆっくりと歩き出した。
「さてと、何処で待ち伏せしてやろうか」
頭の中に叩き込んだ敷地内の地図を思い描き、一対多数戦に合わせて最適な場所を選ぶ。
背後をとられず、なるべく障害物のある場所が良い。
街へ出れば路地裏なんか良いんだけど、生憎ここは学園の敷地内だからなぁ。
最初は中庭辺りにでも潜伏しておくか。体力も温存しなきゃならねぇし。
俺は校舎でぐるりと囲われた中庭に足を向ける。中庭の中心には憩いの場としてか東屋があり、緑も多くあった。
その東屋から少し離れた場所にある背の高い木に俺は足をかける。
背後に校舎があるが、この木が接する高さにあるのは音楽室だ。
音楽室には高価な楽器が有り、今日の歓迎会では鍵の掛けられた立入禁止場所ともなっている。
だから、背後を気にする必要はない。
「よいしょっ、と」
俺は枝と葉っぱで遮られて下から見上げても見えない位置まで登ると、太い幹に背を預けて見える範囲を確認した。
「中庭は一望できるな。後は三年の校舎の中と…って、あの先輩何してんだ?」
先ほど別れた、紫頭の先輩は逃げも隠れもせず堂々と三年の教室に姿を見せると窓際の椅子を引き、座った。そしてそのまま体を前に倒して机に突っ伏す。
「…寝始めた?って、ありえねぇ…」
流石に俺もそこまでは出来ない。神経が図太すぎる。
ついそんなことに気をとられ観察していると、次第に遠くから人の走る足音と声が聞こえ始める。
「始まったか」
三年の校舎から意識を引き剥がし、俺は乾いた唇をぺろりと舐めて口端を吊り上げた。
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