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來希へ向けられていた暴力的な視線が自分へ向けられる。

是非とも安い挑発に乗るなと言ってやりたい。

にやにやと笑う來希が癪に障り、口からは溜め息が溢れた。

「…だから雑魚なんだ」

本音も一緒に。

「コイツ!」

それを聞き咎めた不良達の顔が怒りに染まる。掴まれた腕がギリギリと絞まるのに顔をしかめ、俺はお返しに踵で思いきり足を踏みつけてやった。

「ぎゃっ!!」

痛みに緩んだ手から腕を取り返し、振り返って膝を不良の腹に埋める。

「ぐっ……」

右手で腹を庇って崩れ落ちる不良を尻目に、膝を下ろし、しっかりと地に足を付け、握った右拳を驚いて動きを止めたもう一人の不良の腹に突き刺した。

「はっ!」

「がはっ…!!」

とりあえず自分を拘束していた不良をのし、満足した俺は残りの奴等に向き直る。
と、優等生然としたその姿からは想像できない一方的な暴力を目の当たりにした不良の面々は唖然とした表情を浮かべて固まってしまっていた。

「おもしれぇ」

その中でただ一人、來希は瞳を鋭く細め、愉快そうに笑う。そして、何の前触れも容赦もなく、來希は立ち塞がる不良の横っ面に拳を叩き込む。

「邪魔だ、退け」

「ぐぁっ!!」

「てめぇ!橘ァ!ぁぐっ…」

鈍い音と醜い悲鳴が人気の無い廊下に木霊する。

「お前…」

「雑魚に用はねぇんだよ。そうだろ、ヒサ?」

ニィと闘志を剥き出しにした來希が獲物を前に荒々しい牙を見せ笑う。

まるでこれまでが前遊戯だったかの様に、抵抗する間も与えず不良達を昏倒させ、來希は弧を描いた唇を舐める。

「さぁ、殺ろうぜ」

鋭い眼光に見据えられ、俺の意思とは関係なく身体がふるりと震えた。

これまでの來希のふざけたイメージを覆すような、研ぎ澄まされた気。間違いは許されない。
不用意に飛び込めば殺られるのは自分だ。

「………」

ピンと張り詰めた空気に肌が粟立つ。向けられた射抜く様な視線に口角が上がるのを抑えられない。

鋭い風切り音と共に繰り出された右拳を、僅かに体を動かしてかわす。と、同時に右足で來希の脛を狙うも上手くかわされた。

「ククッ…そうだ。俺が見たかったのはその顔だ。優等生面よりそっちの方が似合ってるぜ、ヒサ」

攻防の合間に無理矢理眼鏡を引き抜かれる。
耳に掛かっていた部分が頬に一線の傷をつけた。

「――っ!」

剥がれかけた優等生の仮面を完全に砕く様に來希の鋭い攻撃は続く。

「見せてみろよ。お前の本性を、この俺に」

ギラリと光った獰猛な眼差しに、俺の胸の内に燻っている攻撃的な面が引き摺り出される。
チリッと頬を掠めた來希の拳に、俺も右拳を握っていた。

ゆるりと吊り上げた唇からふっと息が漏れる。

「今さら後悔してもしらねぇからな」

目の前を遮る硝子が無くなった事ですっきりした視界で、スッと細めた瞳で來希を見据えた。

その先で何故だか來希が目を見張ったのが見えたがもう遅い。

俺を誘ったのはお前だ。

一瞬の隙が命取りになる。何かに動揺を見せた來希の顎に硬く握った左拳を叩き込む。

「ぐっ――!」

叩き込んだ拳も痛かったが、いくらかダメージは与えられたのか來希の体がふらつく。
ジンジンと痛む左拳を下げ、今度は右拳で來希の鳩尾を刺した。

「っは、…調子に乗るなよ」

だが、流石というのか喧嘩慣れしている上、打たれ強い來希はすぐさま反撃に転じてきた。

鳩尾に突き刺した右腕を、退くより先に掴まれ捻り上げられる。

「いっ―!」

痛みに顔を歪ませながらも俺は踵で來希の足を狙った。しかし、その足は空振りに終わる。それだけならまだしも、軸にしていた足を払われドンッと力任せに俺は廊下の壁に押し付けられた。

「がっ―…」

壁に押し付けられた拍子にぶつかった鼻と後ろ手に捻り上げられた右腕がギチリと痛む。

「もう終いか?」

クツクツと耳元で笑う声が癪に障り、俺は痺れの残る左拳を握った。そして、後ろに立つ來希に向けて肘鉄を繰り出す。

「ンなわけねぇだろっ!」

「おい、そこ!何してる!」

そこで俺は致命的なミスをおかしてしまった。いきなり俺の声に被るように投げられた第三者の声に気をとられた。

一瞬、生まれてしまった隙は取り返せず、肘鉄は來希に押さえ込まれる。
次の瞬間、

「ぐっ、っぁぁあっ――!!」

俺の体に激痛が走った。



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