12
事務室で予備の上履き、スリッパかと思ったらそうじゃなかった、を貰い和真と共に教室へ向かう。
「あれはまた何か仕掛けてくるなぁ」
「だろうな。俺、煽ったし」
迎え撃つ姿勢は崩さない。それが俺のスタンスだ。
スッと伊達眼鏡の下で、鋭く瞳を細める。
ヒヤリと流れ出した冷涼な空気に、和真はふるりと体を震わせ、触発される様に口端を吊り上げた。
「お前のそう言うとこ好きだぜ」
容姿だけでなく、和真はその内面も好ましいと想う。親衛隊の奴らみたく女々しくもない。真っ向から向かっていく姿勢。
さらりと事も無げに告げられた台詞を、俺は褒められたような心持ちで受け止めた。
「俺もカズのそういうとこ好きだぜ」
男らしいさっぱりとしたとこ。性格、気質。戦ってる姿は力強く、特に憧れる。
恋愛対象としてではない返しに和真は苦笑を浮かべたが、今はまだそれでもいいかと、さんきゅ…と答えた。
「おいお前等。何、朝から不穏な空気撒き散らしてんだ」
その時だ、職員室の方から歩いてきた菊地にばったり遭遇したのは。
「お前…」
俺はその顔を見て、昨日の出来事を思い出す。と、同時に拳を握り締めていた。
「久弥」
だが、それを和真が俺の一歩前に踏み出して遮る。俺と菊地の間に立った和真は酷く冷めた眼差しで菊地を見た。
「何の用だ?」
「いっちょ前に番犬のお出ましか」
菊地のからかうような言葉に俺はムッとしたが、和真は聞こえなかったかの様に綺麗に無視をした。
「可愛いげがねぇなぁ」
「無駄口叩く暇があったらさっさと去れ」
和真は菊地に取り合わず、にべもなく言い返す。
「まぁいい。その調子でヒサを守るんだな」
「もちろん、アンタの手からもなぁ」
睨み合う和真と菊地。先に視線を反らしたのは菊地で。
「糸井。何か困った事があったら俺に言えよ。これでも担任だからな」
ふと見せた菊地の意外な顔は、先程までの浮わついた顔じゃなく、本来の教師らしい真面目な顔だった。
え…?
「二人とも早く教室へ行け」
戸惑った俺の前で和真は舌打ちし、俺の手をとる。
「行くぞ」
「あ、あぁ…」
俺は和真に手を掴まれ、何だか釈然としない面持ちで教室へと足を動かした。
何なんだアイツ。何がしてぇんだ?
「………」
「………」
繋がれた手は教室につく前に放され、その間和真が口を開く事は無かった。
かくゆう俺も、菊地の不可解な言動に気をとられ、自ら話題を振ることもなかった。
更に教室に入ってからはまた不愉快な視線と身に覚えのない噂、罵詈雑言を向けられ、いつしか菊地の不可解な言動のことは遥か彼方へいってしまった。
和真も自分の席に座り、朝のホームルームが始まるまで教室内はざわざわと落ち着きが無く騒がしかった。
朝のショートホームルームを終えると、十分の休みを挟んで授業が始まる。
相変わらず廊下側の一番後ろが空席で、何か静かだと思ったら來希の席も空席だった。
そして、真新しい教科書とノートを開き、シャーペンを走らせたのも束の間。
俺は眉を寄せた。
「どうした糸井?答えられないのか?」
これで三回目だ。
教壇に立つ教師が俺を指名したのは。
それも今習っているところから先に進んだ問題ばかり。
すぐには答えず沈黙を守れば、斜め前に座る宮部がチラリと振り返った。想像通りその口元は笑みを形作っていて。
今、教壇に立つこの教師が俺の敵だと確信する。名前はありきたりな佐藤とか言ったか。
どうやって教師を自分の側に抱き込んだのかまったく興味はねぇが、俺の敵に回るならそれ相応の覚悟はしてもらわねぇとな。
ピンと張り詰めた空気を敏感に感じ取ったのはただ一人。後方で机に体を伏せていた和真が体を起こし、決まりきった結果を冷めた目で眺めていた。
そんな事はいざ知らず、俺は笑いそうになる口元を押さえ、ふぅと一つ息を吐いてから口を開いた。
「当然分かります。が、俺ばかり答えては他の生徒の為にならないのでは?」
「…何だその言い方は。まるで私が糸井ばかりあてているような。私はだな、外部入学のお前がどの程度理解しているかを」
「それはまた可笑しな事を」
俺は教師の言葉を遮り、わざとらしく肩を竦める。
「だからってまだ習ってもいない、今教えてるとこよりずっと先の事を問題として出すんですか?それとも…これがアンタの授業の仕方ですか?」
「なっ―…っ、教師に向かって何て口の聞き方だ!!」
うっかりアンタとか素がでてしまった。しかし、それ以上に相手は俺の物言いに怒りで顔を赤く染めた。
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