02


美味しいと言ってビーフシチューを食べてくれた夏野にオレはタイミングを見計らって手作りチョコを手渡す。

ソファに座った夏野の前に立ち、オレは自分でラッピングした箱を夏野に向けて差し出した。

「これ、今年はちゃんと作れたから…」

「作ってくれたのか?」

驚く夏野に頷き返し反応を待てばまた腰を浚われる。夏野の足の上に乗るように下ろされ、掠めるように唇にキスされた。

「開けてもいいか?」

「うん。じゃぁオレも…」

手を伸ばし、テーブルの上に置いていた夏野から貰ったチョコを取る。
ガサガサと包みを開け、箱を開ければ中にはハート型のチョコレートが六個入っていた。

「ハート型…」

「言っただろう?俺の気持ちだって」

夏野が開けた包みの中にももちろんハート型が。オレが作ったものはハート型の生チョコタルト。
横から伸びてきた手が箱の中に鎮座していたハート型のチョコを摘まむ。

「ほら、口開けてみな。食べさせてやる」

「っ…」

摘まんだチョコを口許に持ってこられ、オレは恥ずかしさにちょっと躊躇ってから口を開けた。
夏野の指先が唇に触れ、チョコを舌の上に置いて離れる。

口の中でミルクチョコレートが溶け出し、程好いその甘さに頬が緩んだ。

「どうだ?美味しいか?」

「ん、美味しい!」

もしかしたら今までで一番美味しいチョコレートかもしない。とても甘くて。

オレの返事を聞くと夏野は笑って、今度はオレがあげたチョコを摘まむ。
それを見てオレはあっ…と声を漏らした。

「ん?どうした?」

「今度はオレが…食べさせてあげる」

お返しにと思って言ってはみたものの、無性に恥ずかしい。頬が熱い。

一度箱に戻されたチョコを指先で摘まみ、夏野の口許に持っていく。

「はい、あーん」

「あー」

口を開いた夏野の舌の上にチョコを置き、どきどきしながら指を引こうとしたその瞬間指ごとぱくりと食べられた。

「…っ、な、夏野!」

慌てて手を引き抜こうとすればその手を掴まれ、指先に舌が絡められる。ぬるぬるとした温かく柔らかい感触に指先を吸われ、軽く食まれる。

「――っ」

ゾクンと身体に走った震えに口内に捕らわれていた指先がひくりと震えた。
その反応に夏野は瞳を細め、最後に指先に口付けるとオレの手を放した。

「…ん。ごちそうさま」

かぁっと先程の比じゃなく顔が熱くなる。
美味しかった?とも聞けずオレは夏野に見つめられたまま狼狽えた。

「あの…その…」

「美味しかった」

「そ、そう…」

って、ちょっと待って。今、落ち着くから。

ぐるぐると一人慌てるオレの耳にくすりと笑う夏野の声が届く。

「顔真っ赤」

「それは夏野が…っ」

「お前が可愛いことするからだろ?俺が煽られた」

「なつ……」

再び唇をキスで塞がれ、手にしていた箱を取り上げられる。交換しあった二つの箱をテーブルの上に押しやり、後頭部に差し込まれた右手に口付けが深まった。

「ンぅ…ふっ…」

夏野の足の上に乗せられたまま、深く交わる口付けに息が上がる。

「ん…っン…」

真っ直ぐ見つめてくる夏野から逃げるように瞼を伏せて、オレはチョコレートよりも甘く熱い口付けに意識を浚われた。

くたりと力の抜けた身体を抱き締められる。心地好い熱に身を委ねれば、優しく髪を梳かれる。

「大丈夫か?」

「…ん。でも、何で…」

今日に限って夏野はやたら積極的だ。もの凄く嬉しいけど、どうして?

夏野に身体を凭れさせたまま聞けば、持ち上げられた夏野の手がオレの頬に触れる。すと指先が頬を滑り、唇に触れて止まった。

「こんな俺は嫌か?」

「ううん、嫌じゃない!嫌じゃ…。むしろ、もっと…もっと、触れて欲しい」

勢いのままに自分で言った言葉に恥ずかしくなって段々と語尾が小さくなる。
そんなオレの反応に夏野はゆるりと口端を吊り上げ、どこか意地悪気に微笑んだ。耳元に唇が寄せられ、何よりも甘い声が流し込まれる。

「もっと、触れていいのか?」

唇に触れていた指先が首元に下りてくる。首筋に触れ、セーターの襟ぐりから覗いていた素肌を撫でられる。

「ひゃ…っ」

擽ったいような恥ずかしいようなその感触に思わずオレは首を竦めた。

「千尋?」

返事を催促されオレは…。

「…う…ん。いい…」

「本当に?」

「本当に。…夏野にならいい」

嬉しいとぼそぼそ言えば夏野はまたくすりと笑った。

「去年と一緒だな」

「それは…違うよ。だってオレ、去年よりもっと夏野が…好き」

言いながらおずおずと夏野の背に腕を回す。

「誰にも渡したくない」

だから帰ってきた夏野がチョコレートを持ってたのを目にして嫉妬した。

「嫌だよ…オレ」

その気持ちを思い出してぎゅっと夏野のシャツを握る。

「馬鹿だな、千尋。そんな心配はしなくてもいいんだ」

「でも…」

言い募れば素肌に触れていた手が離れ、胸の中に抱き締められる。

「お前が去年と違うって言うなら俺もそうだ」

「……」

「俺らしくもなく、お前が喜びそうだと思ってチョコを買ってきた」

それには本当にびっくりした。嬉しかったけど。

苦笑して夏野は話を続ける。

「買うのに少し苦労したな。売り場は女性が多かったから」

「あ…」

「それでも喜ぶお前の顔がみたくて買ってきたんだ」

テーブルの上に置かれたチョコレートの箱に視線が移る。つられて目を向けたオレの先で、伸ばされた夏野の手が市販品のハート型のチョコを摘まむ。

自分の口許にチョコを運んだ夏野はハート型のチョコに唇を寄せると、オレを見つめて甘く囁くように名前を呼んだ。

「千尋」

そして、口付けたハート型のチョコをオレの口許に寄せるとゆるりと瞳を細めた。

「夏…」

「…愛してる。去年より昨日よりもっと。…受け取ってくれるか?」

ん?と口許に寄せられていたハート型のチョコにオレは唇を震わせ、唇で触れてから口の中へとおさめた。

向けられた眼差しに頬が、身体が熱くなる。どきどきと鼓動は忙しなく動き、言葉が出てこない。
…代わりに、オレも手作りチョコを指先で摘まみ唇を寄せてから夏野の口許に運んだ。

「ありがとう千尋」

「…ん」


その夜は二人の間に落ちた沈黙ですら蕩けるような甘さを帯びていた―。



END.


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