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Side 夏野



一人暮らしを始める予定を変更してオトウト兼恋人になった千尋と二人暮らしを始めて早半年。

大学生活に慣れてきた千尋は時間に余裕が出来ては何かと俺の世話を焼くようになった。

昨夜の時点で一コマ目の授業が休講だと分かると自分の為に使っていた朝の時間を俺の弁当作りにあてたり、休みになったんだからまだ寝てて良いと言ってもわざわざ起き出してきて一緒に朝御飯を食べる。

夜は夜で、夕飯を作り、お風呂を沸かして俺が帰ってくるまで起きていたり、睡魔に負けた日は俺のベッドの中で丸まって寝ていたりもする。

「別に面倒を見させる為にお前と暮らしてるんじゃないんだぞ?」

青い弁当包みを受け取りながら、まだパジャマ姿でいる千尋を見下ろして言う。すると千尋はきょとんとした顔をしてから嬉しそうにふにゃりと笑った。

「ん〜ん、オレがやりたいからやってるの!夏野のことならオレ、何だって嬉しいよ」

「……そうか」

「うん」

弁当を鞄にしまい、千尋の頭をくしゃりと撫でる。その感触をにこにこと嬉しそうに甘受する千尋に俺は瞳を細めた。

頭を撫でていた手を下ろし、玄関に向かえば千尋が後をついてくる。
一旦鞄を脇へ置き、靴を履いて立ち上がる。

「じゃぁ、行って来るな」

「うん。いってらっしゃい」

微かに浮かんだ寂しさを隠すようにパッと笑った千尋に苦笑して、俺は鞄を持っていない方の手を伸ばした。

「千尋」

「夏…ン、ぅ…っ」

身を屈め、伸ばした手で千尋の顎をすくい上げて口付ける。唇同士を触れさせ、軽く千尋の下唇を吸い上げて離れた。

「約束、だろ」

行ってきますのキス。

「〜〜っ」

かぁっと顔を赤く染めた千尋の目元にも唇を落として、俺は家を出た。

どうしてこう千尋は一々可愛い反応を返すのか。出社した俺は同僚から良く機嫌が良いなと言われることが多かった。

昼は弁当を持って複数の同僚と共に社員食堂へ行き、独り身の同僚達に手作り弁当を見られて羨ましがられる。

「良いよなぁ、藤宮の彼女って料理上手で。俺の彼女なんてまぁ、食べれなくはないんだけど…」

「でも、作ってくれるだけ羨ましいじゃねぇかこの野郎!俺なんて作ってくれる彼女すらいねぇよ」

千尋のことを詳しくは喋っていないが、初めて手作り弁当を持って行った日に同僚達に誰に作ってもらったんだ?と何故だか激しく追及されて、俺はただ一言可愛い恋人がと返した。
その後から職場では俺に料理が出来る可愛い彼女がいるという話になっていた。

「まぁ、間違いはないな」

性別を口にした覚えはないし、まして相手が義理の弟だとは言ってない。勝手に女性だと思い込んで話を進める同僚達を他所に俺は千尋の手作り弁当を堪能した。

電子レンジでチンするだけのオカズじゃないってのが、手が込んでるよな。

キッチンに立ち、一生懸命作ってくれている千尋の姿を思い浮かべてつい頬が緩む。

「畜生、幸せそうな顔しやがってー」

悔しさ半分からかい半分で俺を見てきた同僚に俺はゆるりと口端を持ち上げた。

「良いだろ?幸せなんだ。お前も早く可愛い恋人作って、弁当作ってもらえよ」

「かーっ!むかつく!」

「どんまい、土井ちゃん」

軽口を叩き合い、どっと笑いが沸く。
同期入社の同僚達は付き合いやすく、職場も明るい雰囲気に包まれていた。

そして、今夜は残業もなく家に帰れば千尋がパタパタと玄関まで出迎えに出て来る。

「ただいま、千尋」

「お帰り〜」

朝とは違い、千尋の方から背伸びをしてお帰りのキスをしてくる。
唇を合わせ、頬を赤く染めながらもちょっぴりもの足りなそうに覗いた千尋の赤い舌がぺろりと唇を舐めた。

「ン…、夏野…」

「後でな…」

それをやんわりと押し留め、俺は千尋を促しリビングに入る。
既にテーブルの上には二人分の料理が並べられており、千尋は俺を見上げて嬉しそうに笑った。

「ちょうど並べ終えたとこなんだ。一緒に食べよ?」

「あぁ、じゃぁ着替えて手洗ってくるな」

「うん、待ってる」

千尋をリビングに残し、自室に入った俺は鞄を置いてスーツからラフな服装に着替えた。洗面所で手を洗い、千尋と向かい合う形で席につく。

「今夜は野菜と鶏肉団子スープか」

「うん。味見はしたけどどうかな…?」

ちらりと感想を求めてくる眼差しに、俺はふと表情を和らげた。
…感想なんて決まってる。






夕飯を食べ終え、千尋が洗い物をしている間に風呂に入り、俺が風呂から上がる頃には千尋も片付けを終えていて、交代で千尋が風呂へと入った。

リビングのソファに座り、何か面白い番組でもやってないかとリモコンで次々とチャンネルを変えていく。
途中で席を立ち、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してまたリビングに戻った。冷えた水で喉を潤し、何とはなしにかけた恋愛ドラマに視線を移して頭の中では別のことを考えていた。

「たまにはご褒美をやらないとな…」

やがて風呂から上がってきた千尋が髪の毛からポタポタと水滴を落としながらリビングに顔を出す。

「何見てるの?」

ソファの後ろから覗きこんで聞いてきた千尋に俺は体の向きを横にして手を伸ばした。

「またお前は。髪はちゃんと拭いてこいって言ったろ?」

頭に乗せてあるだけで意味をなしていないタオルを掴み、ソファの上で向きを変えた俺は背後に立つ千尋の髪を、手にしたタオルでわしゃわしゃと拭いてやった。
すると千尋は悪戯が成功した時の子供の様な顔を浮かべた。

「だって夏野が拭いてくれるから」

「何言ってんだ。お前もう大学生だろ」

「関係ないもん。恋愛に年齢なんて」

髪を拭いたタオルを渡してやれば、そのタオルを首にかけ、ソファの前に回ってきた千尋はソファの上に上がってくる。
それも上機嫌でにこにこと笑いながら、横を向いて座っていた俺の胸元へ抱きつくように飛び込んできた。

「夏野ー」

「はいはい」

その甘えた振りに苦笑が浮かぶものの、嫌だとは思わない。むしろ俺にだけ向けられる好意は嬉しいものだ。

そういえばついさっき頑張ってる千尋に何かご褒美をやろうと思ったんだか。

ぐりぐりと頭を押し付けてる千尋の頭を撫で、少し離れさせると俺はそのままソファの上で千尋を押し倒した。

きょとんと吃驚した顔で見上げてくる千尋に、ゆるりと口角が吊り上がる。風呂上がりでほんのりと色付いた頬に指先を滑らせ、瞳を細めて俺は囁くように口を開いた。

「キスだけじゃもの足りないんだよな?」

そして玄関でのやりとりを思い返して、頬に滑らせた指先で千尋の唇をなぞった。



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