01
ガチャリと鍵を回して、オレは扉を開けた。
「ただいまー」
いつもの如く返事はない。
「……夏野」
それはいつもの事だけど、流石に四日も続くと寂しくなってくる。
「今日も遅くなるって言ってたもんな…」
でも、しょうがない事なんだ。夏野は大人で、オレが大学へ行くように、夏野には仕事がある。
オレは自室に鞄を置いて、リビングに入るとテレビを付けた。なるべく明るく賑やかな番組を選んで、チャンネルを固定しリモコンをテーブルの上に戻す。
そして、夏野に選んでもらったエプロンを身に付け、キッチンに立った。
「疲れてるだろうから、サッパリ系がいいかな?」
まずはサラダに〜、と夏野の事を考えて今日も夕飯作りに取り掛かる。
「喜んでくれるかな…」
今は一人でも、夏野を想って料理を作っている最中は心がほんわり温かくなって、その時間だけは好きだった。
「ふんふんふ〜ん」
テレビの音をBGMにオレは鼻唄を歌いながら夕飯を作り続けた。
◇◆◇
カチカチと時計の針が進む。
オレは一人、ソファに座り、面白くもないテレビを眺める。
「遅いなぁ…」
テーブルの上には準備万端、箸と吸い物の器、お茶碗が伏せて置いてあり、冷めてしまった料理が主人の帰りを待っていた。
オレはソファの上で膝を抱え、夏野が帰ってくるのを待つ。
自分の分の夕飯は一人先に済ませて、…食べないで待ってたら怒られたことがあるから仕方なくだけど、お風呂にももう入った。
「夏野…」
時計の針は午後九時半を指そうとしている。
「う〜〜」
いい加減寂しくなったオレはソファから立ち上がり、夏野の部屋へと向かった。
そして、どきどきしながら夏野の部屋のドアノブを回す。
電気を付けて、後ろ手にパタンとドアを閉めた。
ここに来ると寂しさも少しは紛れる。だって、ここには夏野の温もりがあるから。
オレは静かにベッドの前に立つと、キシリとスプリングを鳴らしてベッドに腰を下ろした。
「早く帰って来てよ…。じゃないと夏野のベッド、オレがとっちゃうから」
フンと拗ねた様に呟いて、オレは夏野のベッドに上体を倒して転がる。
ごろりと横へ転がって、枕に顔を押し付けた。
「………ん」
そうして寂しさを誤魔化している内に段々と瞼が降りてきて、気付かぬ内にオレは夏野の布団の上で眠ってしまった。
「すぅ…すぅ…」
◇◆◇
千尋が眠ってしまった数分後、玄関の鍵が外され、千尋の待ち人が帰って来た。
「ただいまー」
いつもなら聞こえてくる声が返って来ない。
明かりはついているのにどうしたのかと、俺は靴を脱いで足早にリビングへ向かった。
「千尋?」
しかし、そこにはつけっぱなしになったテレビとテーブルの上に夕飯の準備だけがされた状態で、千尋の姿はない。
「千尋ー?」
キッチンを覗き、首を傾げて、とりあえず鞄を置きに自室に向かった。
先に寝たのか?いや、それにしてもテレビはついてたし…。と、千尋の部屋のドアをちらりとみやってから、自室のドアを開けた。
するとそこには、俺の枕に顔を押し付け、布団も掛けずに無防備に寝る千尋の姿が。
「んぅ…なつの…」
「………」
ソッと鞄を床に置き、ネクタイを外してスーツを脱ぐ。皺にならぬようスーツをハンガーにかけてから千尋の寝るベッドに近付いた。
「……千尋」
枕に顔を押し付けて寝る千尋の側に腰掛け、少し癖のある茶色の髪に触れる。
「ん…ぅ…」
「ごめんな。寂しい思いさせて」
聞かなくても分かった。何で千尋がここにいるのか。
すぅすぅと寝入ってしまっている千尋の髪に唇を落とし、起こさぬよう静かに自室を出た。
千尋の用意してくれた夕飯はいつも通り美味しく、沸かしておいてくれたお風呂で疲れた体を休める。
「ふぅ……」
それでも一番の癒しはやはりベッドで眠る彼で。
俺はスウェットを履くと、リビングの電気を消し、自室に引き上げた。
◇◆◇
カチャと静かにドアを開ければ、寝返りを打ったのか千尋はこちらを向いて寝ていた。
心なしかその寝顔が寂しそうに見えるのは俺がそう思っているせいか。
ドアを閉め、ベッドに上がる。
むにゃむにゃと寝言を漏らす千尋の髪に触れ、キスを落とす。前髪を払い、額にも一つ。
枕に乗る頭を少し持ち上げ、左腕を差し込む。
右手を千尋の腰に回して胸の中に抱き寄せた。
「ん…ん…?」
枕が変わったことに気付いたのか、ぼんやりとした声を漏らし、千尋の瞼が震える。
それを声を出さずに俺は間近で見守った。
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