01
――あれから三年。
俺は大学三年生に、オトウトは当時の俺と同じ高校三年生になった。
「ただいま」
高校の時と違い、大学に通う俺は家を出る時間も帰ってくる時間もオトウトとは別々になり一人玄関を上がる。
階段を上がり、自室に入ると鞄を机の上に置き、ベットに転がった。
「はぁ…」
右腕を顔の上に乗せ、先程大学の就職課で言われた言葉を思い出す。
『この会社の人事部の人から電話があってね、是非君を採用したいそうだ』
『本当ですか!?』
『うん。ただ、君の希望した自宅から通える距離には会社は無いんだ。どうする?』
『……えっと、両親と相談してから決めたいと思うんですが…』
『じゃぁ、三日以内にどうするか決めてまたここに来て』
『はい、分かりました』
何で俺は即答しなかった?
両親は俺が一人暮らしをしたいと言えば許してくれる。
なぜ、って自問自答しながら俺はすでに出ている答えに対して笑った。
「俺も重症だな…」
よいしょと起き上がり、室内の時計を確認する。
その時、階下で玄関扉が開く音がして男にしては少し高めな元気な声がした。
「ただいま〜」
次いで階段を上がってくる音がして、隣の部屋の扉が開けられる。
自室に入ったオトウトを確認して俺は階段を降りてリビングに移動した。
冷蔵庫からペットボトルを取りだし、コップに注ぐとそれを持ってソファーに腰かけた。
「何て言うかな…」
あれ以来オトウトに泣かれると弱い俺は何て伝えようか困っていた。
オトウトは高校生になって落ち着くかと思えば相変わらずで、それにプラスして最近ますます可愛くなったように見える。
男に可愛いは無いだろと思っていた昔の俺は何処に行ったんだか、あの出来事以来俺も変わってしまった。
いや、正確にはアイツが俺のオトウトになった日からかもしれない。
俺がリビングのソファーで考え事をしているとオトウトが二階から下りてきた。
「オニイチャンvV帰ってきてたなら返事ぐらい返してよ」
オトウトは頬を膨らませて俺を睨みつけた。
だから、男子高生が頬を膨らませて可愛いってどうなんだ?
「悪かったな」
俺のそっけない態度に負けること無くオトウトは俺に抱きついてくる。
「オニイチャンvV」
「何だ?」
「昨日女の人と一緒に喫茶店にいたでしょ?あれ、誰?」
「見てたのか…。あの人は大学の同級生で桜井さん」
これまた変わらず直球で聞いてくるオトウトに俺は苦笑しながら左手でオトウトの髪を撫でた。
瞳を細めて擦り寄ってくるオトウトは猫のようだ。
「なぁ、俺がいなくなったらどうする?」
「何でそんな事聞くの?」
オトウトは俺から少し離れて不安そうな顔で俺を見た。
「……俺は卒業したら家を出る」
結局良い言葉が思い付かず俺はそう言った。
しかし、オトウトは俺の予想に反して泣くこともなくこう答えた。
「じゃぁ、オレも家出る」
「は?」
「家出てオニイチャンについてく。オレ、大学はどこでも良いし」
俺の中に無かった選択肢をオトウトは事も無げに言ってのけた。
「本気か?」
「うんv」
オトウトは嘘や冗談を言っている様には見えなかった。
躊躇いもせずついて行くと言ったオトウトに、俺は嬉しさ半分戸惑い半分。
こいつ、まだ分かってないのか?
「お前、そんなに俺のこと好きか?」
「うん、大好きvV」
急に聞かれて照れたのかうっすら頬を染めてオトウトははにかんだ。
あぁ、ダメだ…。
俺の中で何かが音を立てて切れた気がした。
右手に持っていたコップをテーブルに置き、抱きついていたオトウトの体をソファーに押し倒す。
「え?何?」
オトウトは何が起こったのか分からず、俺を見上げてぱちりと目を瞬かせた。
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