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事務所を出ると、ビルの前に黒塗りの車が横付けされていた。

唐澤がドアを開け、猛が乗り込む。

それに俺がどうしたものかと立ち止まれば、先に乗り込んだ猛が俺に鋭い視線を向けてきた。

「何してる?早く乗れ」

「…おぅ」

そう言われて素直に乗り込む俺は自分で言うのもなんだが、度胸がある方だと思う。

最後に唐澤が助手席に乗り、車はゆっくり走り出した。











車は数十分程走り、高級感漂うマンションの前で停車した。

車から下りて、複雑そうなセキュリティが施されているエントランスを抜け、エレベーターに乗る。

「随分厳重なんだな…」

壁に背を預け、腕組みをしている猛の隣に立ち、エントランスで行われたセキュリティ解除の事について俺はそう口にした。

「こんな職業だからな」

猛はニィッ、と愉しそうに唇を歪め、今さら怖くなったか?と俺に聞いてきた。

それに俺は率直な感想を返す。

「別に」

ただ凄いな、と思っただけだ。

それきり会話は途切れエレベーター内は沈黙に包まれた。







パネルに幾つかの数字が打ち込まれ、指紋認証が行われる。

その後ロックの外れる音がして扉が開かれた。

「入れ」

猛にそう促されて、俺はお邪魔しますと言って部屋に入った。

「会長、明日は…」

「そうだな、九時に迎えに来い」

「分かりました。ではまた明日」

背後で猛と唐澤さんのそんなやりとりを聞きながら、俺はリビングの入り口で立ち止まった。

広い。リビングだけで一体何畳あるんだこの部屋は。

驚きに微かに目を見開いた俺の耳にガチャン、と扉が閉まった音が聞こえ、足音が近付いてくるのが分かった。

「そんなとこに何突っ立ってんだお前は」

グイッ、と肩を抱かれ、リビングのソファーに座らされた。

「おい!」

「何だ?」

「手離せよ」

肩に回された猛の手の事を言えば、猛はさも可笑しいと言わんばかりに口端を吊り上げた。

「お前は俺に買われたんだぜ。その意味ちゃんと分かってんのか?」

「―――」

頭では分かっている。まだ心がついていかないだけで。

押し黙った俺をどう思ったのか猛は舌打ちを一つして、俺から離れた。

「寝る前に風呂入ってこい」

風呂はリビングを出て左奥だ。タオルも着替えも用意してある。

そう言って猛はリビングを出て行ってしまった。







side 猛



「…嫌な眼ぇしやがって」

唐澤の調べによれば拓磨はまだ十九歳のはずた。

それがどうしたらあんな、暗く沈んだ眼になる。

事務所で初めて会った時も、借金の片の話をした時も、拓磨の瞳には諦めと絶望、始めからそれら全てを許容したような感じがあった。

思わず漏れたといったふうな笑い声は、その風貌に似合わずどこか異質に聞こえた。

また、風貌といえば拓磨はそこらの男子大学生と比べ華奢で、その顔立ちは男性的でもあり女性的でもあった。表情一つでその雰囲気と印象が変わるのだ。

唐澤につれられ室内に入ってきた拓磨は冷たく硬質な雰囲気を纏い、鋭い相貌でもってして全身で俺を警戒していたのが丸解りだった。

一般人にしては肝も座っており、その容姿・態度を俺は一発で気に入った。

だから普段は誰も入れない自分のマンションまで連れてきたのだが…。

さて、これからどうするか。

そう考えて、考えるまでもなく出ている己の結論に笑った。

「俺を楽しませてくれよ、拓磨」



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