04


改めて俺が身内の処分を通達した後、冷ややかな双眸をそのままに大和は再度小田桐にロープごと身体を引き立てられた浅野に視線を流す。

「浅野、とか言ったな。コイツはどうする拓磨?」

「バックについてるのが引田ってヤクザだってのは確定だが、その他の情報を素直に吐くとも思えねぇし…。どうせコイツは捨て駒だろ」

問い掛けてきた大和に続き、小田桐がわざと拘束している浅野を挑発するように嘲笑う。さすがと言うべきか、浅野は小田桐の挑発には乗ってこない。怒りで僅かに身体を震わせはしたが。賢明な判断といえよう。ここではあまり意味のないことだが。

浅野に意識を移す前に、反抗する気力を奪って地面へと転がしたレイヴンと七星の総長、突っ立ったまま動かない副総長二人を近くにいたチームに拘束させ、集会の輪の端へと連れていかせる。その際、自分達の仕出かしたことの罪悪感からか集会の中に加われずに端に避けていた杉浦へと目を止める。

「杉浦」

「っ、はい」

「お前はレイヴンと七星が逃亡しないよう纏めて見張っておけ。それぐらいは出来るな」

「もちろんっす!」

それから視線を切り、浅野に目を移す中で、尊敬や畏怖といった眼差しでこちらを見つめてくる面々の中に一つ異質な眼差しを見つける。途端に脳裏に閃いた考えに酷薄な笑みが口許に浮かんだ。
鬱陶しいと思っていた存在が案外使える存在へと、認識が切り替わる。

俺の微かな変化を感じ取ったのか、小田桐と大和が口を閉じた。俺はそのタイミングで鴉の中に自然とその身を溶け込ませていた猛が俺に付けた警護の名を呼んだ。

「周防。前に出ろ」

急に名を呼ばれた周防は一瞬戸惑ったような素振りを見せたが、俺の視線が真っ直ぐに自分へと向いていることに気付いたのか、落ち着きを取り戻すと堂々とした足取りで前に進み出た。当然見慣れぬ人間の登場に辺りがざわざわとざわめきだしたが構わずに続ける。
顔の見える位置まで歩み寄って来た周防に対し、浅野が何の反応も示さないことを目の端で確認する。
また、逆に周防の反応も確認しておく。

「名前は浅野。偽名かも知れないが、お前はソイツの顔に見覚えはあるか」

唐突に投げた質問にも関わらず周防は疑問も挟まずに、小田桐の元で拘束されている浅野の顔を一瞥すると顔を横に振った。

「ないです」

つまりヤクザの中でもしたっぱか。
日向直属の部下である周防はそれなりに高い地位にいる。ならば重要な面子の顔と情報はそこそこ持っているはずだ。
空気を読んで疑問に思っても無駄口を叩かない周防に、僅かながら周防への評価を変えつつ頭を巡らす。
猛がこれを狙って面のあまり割れていない周防を俺に付けたと思うのは些か穿ち過ぎか。
…とにかく、小田桐の推理も強ち外れてはいないらしい。

周防は猛が俺に付けた人間だと知っている大和はこれだけのやり取りで意図を察したのか、周防に訝しげな視線を向ける小田桐を小声で制す。

「アレは拓磨にとっては無害だ」

「へぇ…」

ならそれ以外には?と細めた眼差しに問われ、大和は拓磨次第だと返す。
拓磨に害あれば、拓磨自身が敵だと認めれば、アレは拓磨に降りかかる害意を払う為、容赦なく動き出すだろう。そう飼い主に言い含められた番犬だ。

「俺が知らねぇうちに随分恐ろしいもんに手ぇだしてんな」

愉快そうに口端を歪めた小田桐に大和は内心だけで真実はその逆だと呟く。決して声には出さない。
なぜなら、小田桐という男は余程親しくならない限り分かりづらいが本人が自覚している以上に仲間思いの男だ。その仲間に入るまでの、気に入る幅も極端に狭くはあるのだが。
また、小田桐は基本的に口が悪い。ただしそれも悪いだけで、小田桐は小田桐なりに拓磨のことを心配していたのを大和は知っているし、小田桐は性格的にも拓磨が心配だとは表情に出すこともしない。常に飄々とした姿で何事にも動じない態度をとってはいるが…。

氷堂のことについてはもう少し拓磨の周囲が落ち着いてから話した方が小田桐も冷静に受け入れられるだろう。

現に今も、どこか捻くれていて一筋縄じゃいかない男は大和と話ながらも、目の前の周防に警戒を解かないまま拓磨と周防の間で交わされる会話に耳を傾けていた。

拓磨が周防を呼び寄せた本題へと入る。

「引田という男に心当たりはあるか」

右手を顎に添え、中空を睨んで暫し考え込んだ周防は告げられた名前をなぞるように口の中で呟く。その間も拓磨の目は浅野から外されることなく、些細な反応も見落とさぬようにしていた。

「…つい最近、兄貴から聞いた覚えがあります」

「何て言ってた」

周防のいう兄貴はもちろん普通の兄弟のことではない。組織の中での呼び名だ。
周防の上司は日向であり、正式な呼び名は日向幹部かも知れないが、周防は敢えて名前を出さずに日向のことを兄貴と呼んだ。場を良く見ている。勘も悪くはなさそうだ。
その上続きを促せば、周防は俺達が欲しかった情報をすらすらと口に乗せた。

「佐稜会という系列の組に引田という名前の男がいて、なんでもソイツが近々この街の西の界隈は自分の物になるとか大ボラ吹いているそうです」

佐稜会という名前が出た時、浅野は僅かに目を見張り目線を泳がせた。

「−−それは是非とも挨拶に行きたいな」

言いながら浅野から小田桐へと目を移し、次に大和へと向ける。二人は一つ頷き、それぞれの持ち場を交代する。拘束した浅野を大和が引き受け、小田桐は一度話の輪の中から下がると、暗闇の中へと歩き出し携帯電話を取り出して何処かへと電話をかけ始めた。

「まぁでも、兄貴に言わせれば、自分の力量も分かってないただの馬鹿だって話です」

「それは居ても居なくても関係無いと言うことだな?」

「はい。特にうちにはどうなろうと知ったことじゃない相手ですので。煮るなり焼くなり、たく…総長の好きにして良いと思います」

「そうか。…大和、ソイツにはもう何も聞くことはない。落としていい」

拓磨の指示に周防が首を傾げ、浅野も意味が捉えきれずにいた瞬きの間に大和は最小限の動きで浅野の意識を刈り取る。無防備な後頭部への肘打ち。脳震盪を起こした浅野は強制的に意識を閉ざされ、ロープで縛られたままの身体が地面へと崩れ落ちた。

「周防、お前は浅野を見張ってろ。ソイツは後で使う。大和、お前は先に掃討作戦の成功報酬を与えといてくれ。俺は小田桐に話がある」

「分かりました」

有無を言わさぬ空気に周防は神妙な顔で頷き、大和は顎を引いて応えると心得た様にざわついていた空気を静めるよう冷涼な声でその場を制す。

「聞いての通りだ。浅野の件は一旦切り上げ、先に掃討作戦の報酬を発表する」

大和の声で一瞬静まり返った場は、大和が発した言葉によって一部の者達がまたしても騒ぎ出す。しかし今度は大和も咎める気はなく、掃討作戦によって空いた縄張りを、作戦に参加したチームの戦果と人数、そのチームの傾向を考慮した上で割り当てとして考えていたチームに順に報酬として与えていく。
もちろん先に拓磨の了承はとってあるし、縄張り編成に当たっては情報を扱う小田桐も了解済みだ。

大和に場を任せた拓磨は、暗がりで携帯電話を使い、ここには参加していない部隊へと指示を出してる小田桐の元へ歩みを進める。拓磨の接近に気付いた小田桐が振り向き、左手の人指し指と中指、薬指の三本が掌をこちらに向けて立てられる。

「三分待てか…。お前の部隊は相変わらず情報戦に強いな」

後三分待てば、今現在佐稜会のどこかの組に属しているという引田という男の居場所が割れる。周防の情報と小田桐と大和が一度目にした引田の容姿を併せて追えば、鴉が張る情報網ならばそう難しいことではないか。

「………」

大和が仕切る集会の様子と、その裏で小田桐が情報収集する姿を眺めながら、集会場が見渡せる位置に用意されていたパイプ椅子に腰を下ろす。
動く時を待って、休める時に身体を休めておく。まだ体調は万全とは言い難く、ふっと心の内で生じた苛立ちをまぎらわす様に三角巾で吊られた右手を左手でそっと撫でた。






「後藤。場所が割れたぜ」

耳から離した携帯電話を無造作にポケットに突っ込みながら、拓磨の座る椅子の横へ歩み寄ってきた小田桐が愉快そうな声で告げる。
目線を斜め上へと上げて先を促せば、小田桐はふと国道の方へと視線を流して口を開く。

「引田は組事務所が入ってるオフィスの一角にいる。今頃、予定通りに事が運んでないことに気付いて苛立ってるんじゃねぇか。鴉に差し向けた浅野とも連絡はつかねぇしな」

ついでに、事務所周辺には警察らしき覆面の刑事が複数張り付いている様だ。

「ま、当然だろうな。俺達でさえ情報を掴んでるんだ。サツもこれぐらい掴んでるだろ。それがどこまでの情報かは定かじゃねぇがな」

「どちらにしろ警察は信用できない」

これまでのことを思うと警察という組織は拓磨にとって信用するしない以前の組織であり、限りなく敵に近い認識である。たとえそれが検討違いの逆恨みだと言われても、まだ幼かった拓磨を救ってくれたのは志郎で、その志郎の死をいくらも捜査せず杜撰に片付けた警察官がいたというのは覆らない事実だ。
他にもこの組織が一般的に暴走族と言われる警察と敵対する組織だからだとか。猛の側にいることを自分で決めた以上、猛の不利益になりそうな警察との関わりはなるべく避けたいだとか。中には利己的な理由も幾つかあるが、拓磨にとって警察とはそんなもの。

「信用は出来ないが、近くに居るなら利用させてもらうまでだ」

「それとどうやら港の倉庫街をサツが張ってたのはクスリの流れを追ったからだ。後少しこっちの動きが遅かったら危なかったぜ」

「レイヴンと七星か」

「あぁ。念の為確認したら少年課の刑事も動いてやがったぜ」

遠くからバイクの走る音が集会場に近付いてきている音がする。

「けどお前が先んじて裏切り者達を粛清したお陰で、鴉がヤクザと手を組んでクスリを売り捌いてるっていう最悪の展開は免れたな。一人でも引っ張られてたらこっちがアウトだった」

「大和の手柄だ」

「そう思うならお前、あんま相沢に心配かけさせるようなことすんじゃねぇぞ。俺は別にお前がどうなろうと知ったこっちゃねぇがな」

「…善処する」

集会場となっている元遊技場の駐車場の敷地内へと3台のバイクとフィルムの張られたワンボックスカーが入って来る。
言葉を交わしながら小田桐と同じようにそちらに視線を移せば、緩やかに停車したワンボックスカーの後部ドアが横へとスライドして開き、中から黒ずくめにサングラスをかけた男が三人降りてくる。
ワンボックスカーから降りて先頭を歩く男の手には黒い革製の手袋。先頭の男に付き従う様に歩く後方の二人の手にも同様の手袋がはめられ、その手にはそれぞれポリ袋のような物と紙袋が提げられていた。

「信用ならねぇ返事だがまぁ良い。……レイヴンも七星の身柄も、証拠も今はこっちの手元にあるしな。さて、どう動く後藤?」

バイクの面子はレイヴン達の根城から出た例のクスリと現金の運搬を任せたチーム、ルーツの人間だ。バイクから降り、その場で待機する。だが、こちらに向かって歩いてくるのは…″居ない者″
存在しない部隊、Zero-ゼロ-。その頭。

何故、お前がこの場に来た?

双眸を鋭くし、咎めるようにゼロの頭を見る。

「その前に小田桐。もう一人、居場所を掴んで欲しい人間がいる。出来れば会って話がしたいが、無理ならそれはそれで構わない」

「いいぜ。誰を捜して欲しい?」

横顔に小田桐の視線を感じながら、拓磨は近付いてきたゼロの頭から目を反らすことなく小田桐に答えた。



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