19


ひくりと肩が小刻みに震える。
喉元へと突き付けられた鋭い牙に、弱まっていた瞳が強い光を取り戻す。

こんなことは多分普通じゃない。普通じゃないのにふわふわと、心が浮き立つように揺れている。

…俺も猛もどうかしている。

「っふ、は…っ…はは…」

零れていた涙が止まって、ゆるりと唇が弧を描く。

「拓磨…?」

相手を殺すかもしれないなんて普通じゃない。
正常な理性はそう訴えてくるのに本能は違うという。
これが猛の最上の愛し方だと身体を包むぬくもりがいう。
そしてまだ、触れられた心は向きを変えずに猛へと流れている。

いつの間にか俺は、猛を信じ身を預けていた。だからこそ。

「俺も…いつか、アンタを殺すかもしれない」

定まった心で真っ直ぐに猛を見上げて、想いを告げた。

裏切ればもう俺がアンタを信じることはない。
それがほんの少し、目に見える形に変わるだけ。

「ほぅ…それは面白い」

「それでもいいんだろ?」

時には殺意に変わってしまうかもしれない溢れた感情が、猛の注ぐ熱と同じものだというのならば。この身を苛み胸を焦がす、愛情よりも深く苛烈な名もなきこの感情を…人はきっと恋情と呼ぶのだろう。

「俺が、お前を…好きだと言っても…っン!?」

すっと近付いた猛の顔がニヤリと笑って俺の言葉を遮る。唇に触れた熱が愉快そうに動く。

「今回はお前の気持ちを優先してやってると言っただろう」

すっかり大人しくなっていた熱を、猛は俺のモノへと指を絡め、止まっていた律動を再開させながら言う。急速に動き出した熱が身体の中を巡り出す。

「ぁあ…っ!ぁっ…まっ…猛!話は…」

「そんなもの聞かずとも分かってる。好きでもない奴に抱かれたがるお前じゃねぇだろ」

たらたらとまた蜜を溢し始めた中心が猛の指を濡らし、何度も抜き差しされる秘所はぐちゅぐちゅと湿った音を立てて猛を奥深くまで誘い込む。ゆらゆらと腰が揺れ、イイところを突かれては身体がビクビクと跳ねる。

「あっ…くっ…ぅッン…」

「お前が俺を好きなのは知っている。お前自身よりも先に」

「…っ…あ、ぁ、うそ…」

「嘘じゃねぇ、…っ今は、こっちに集中してろ」

ギリギリまで引き抜かれた熱塊に最奥を穿たれ背がしなる。これ以上ないぐらいの衝撃に思考が散らばる。

「んぁあっ…!」

「は…っ」

キツい締め付けを受け、中に埋め込まれた熱塊がぐぐっと膨張する。
それを直に感じて抑えきれずに声が上がった。

近くにあった猛の顔がしかめられ熱い息が吐き出される。
猛の手に包まれた俺のモノも、ぴったりと俺の中にいれられた熱塊も、どくどくと熱く昂っていて…。

「はっ…はっ…ぁ、あ…」

これ以上ないぐらいの快楽に俺を突き落とす。

「…っ…は…イイ声だ、拓磨」

「ぁあ…あっ…ぁ…」

次第に乾いた肌を打つ音の間隔が短くなり、ぐちゅぐちゅと湿った音も激しさを増す。
抑えきれぬ声を塞がれ、熱い舌が絡み合う。

「ン…ふっ…んん…」

くちゃりと舌先が擦れ、口端から飲み込みきれなかった唾液が落ちる。
その様を猛は熱情を宿した双眸で見つめ、口付けを解きながら熱で掠れた声で囁いた。

「…もうイキそうだな」

耳に届いた声に答える余裕もなく俺はぶるぶると身体を震わせ、猛の背に爪を立てる。

「はっ…あぁ…ンっ…ん…」

「そうか、今…っ楽にしてやる」

間もなく、がくがくと揺れる腰を押さえられ、ぎりぎりまで引き抜かれた熱塊に勢いよく身体の最奥を貫かれた。

「ん…ぁあっ――っ!」

ズンッと身を焼く灼熱に頭の中が真っ白に塗り潰される。
猛の手の中で昇り詰めた熱が弾け、シーツの上でビクリと身体が跳ねた。

乱れた呼吸の中から高い声が上がり、最奥に解き放たれた熱い飛沫を感じて猛を求めた心が満たされていく。

「ぁあっ…あっ…ぁ…」

「…くっ…っ」

どくどくと注がれた猛の熱に涙が滲む。

「はっ…ぁ、あ…たけ…る」

うっすらと額に汗を浮かべ、壮絶な色気を纏う猛が俺の声に応えて、包み込むように身体を抱き締めてくれる。耳元へ寄せられた唇が笑うように囁いた。

「怖いことなんざ何もなかっただろ」

「……う…ん」

「…明日は何時だ」

「え…?」

「相沢が迎えに来る時間だ」

「深夜の十二時、だけど…それがどう…ぅあッ!?」

喋っている最中に猛が腰を動かし始める。
ゆるゆると弱い刺激に猛のものは硬度を取り戻していた。

「なら、もう少しぐらいは大丈夫だな」

「あっ…だっ…、ッ…無理だ…もっ…」

「そうか?お前の中はまだ俺を離そうとしないぜ」

浅くぐちぐちと中を掻き混ぜるように動かされ、中へと注がれた蜜が秘孔を伝ってシーツへと落ちる。その感触にぞわぞわと背筋が震え、無意識にきゅぅっと猛のものを締めつけた。

「あ…っ…」

どくりと蠢いた内壁に、クツリと猛が低い声で笑う。

「身体は正直だ。もっと俺に愛して欲しいと言ってるぜ」

「――っ」

近付く唇から逃げることもせず、俺は背中に回した手で猛のシャツをぎゅぅっと握り返した。








取り換えたまっさらなシーツの上に拓磨の身体を下ろす。
シャワーで濡れぬようビニールを掛けていた右腕からビニールを外してゴミ箱へと投げ捨てる。

すぅすぅと規則的に上下するバンドを付けた胸元に、視線を上に上げれば拓磨の穏やかな寝顔がそこにはある。
深い眠りに落ちたその姿を眺めながらベッドに腰を下ろし、自身は適当に浴びただけのシャワーに、湿った髪を掻き上げた。

「………」

無理をさせたつもりはないとは言わぬが、帰宅して色を失っていく拓磨に妙な危機感を覚えた。
このまま放ってしまえば二度と拓磨は戻って来ない。そんな気が…胸騒ぎがして仕方がなかった。

それも今は綺麗に払拭されて、温かな凪いだ気持ちで拓磨のあどけない寝顔を眺める。まだ少し湿った髪に手を伸ばし、そっと頭を撫でてやる。

「ん…ぅ…」

小さく声を漏らした拓磨に、後回しにして結局答えなかったことを思い出す。

「お前がいつから俺を好きか…そんなもの、俺の手を取った瞬間からだろう」

病室でお前を追い詰め心を暴いた時、お前は子供のように泣きながら言った。
ただ愛されたいと、自身すら信用出来なくなったお前が、…俺を選んだ。

信用出来ないと言いながら、信用させろとお前が誰でもなく俺を選んだんだろう。
日常生活の中でも日向達を警戒するくせに俺といる時はその警戒心は働かないのか、こうして無防備な面を見せる。

「気付かない方がどうかしている」

拓磨の内情は、本人が思うより俺には分かりやすかった。

頭を撫でる手が気に入ったのか、拓磨の表情が和らぐ。

「ふっ…」

拓磨には大人な面と未だ未熟な子供の面が混在している。
撫でていた頭から一度手を離し、ギシリとベッドを軋ませて拓磨の隣に身体を滑り込ませた。

右腕の怪我に障らぬよう、腰へと腕を回して引き寄せて胸の中に抱き締めてやる。
ぴくりと一瞬、強張った身体は馴染んだ温もりに気付くと警戒を解いて自ら擦り寄ってきた。

「昼間もこれだけ素直になれば可愛がってやるぜ」

寄ってきた拓磨の額に唇で触れて一人囁く。

「昼間の誰も寄せ付けない雰囲気を纏ってるお前も気に入ってはいるがな」

拓磨、と密やかに告げて腕の中で安心したように眠る拓磨の寝顔を暫く間近で堪能してから猛もそろそろと瞼を下ろした。



温かく静かな空気とぬくもりに包まれ、拓磨はすやすやと眠る。
やがて空が白み始めて、陽が昇っても拓磨が起きる気配はなく、時折誰かに優しく頭を撫でられ表情が緩む。

《…今は幸せか?》

遠くで誰かが優しく拓磨に問う。

それに拓磨は小さく頷き、安心させるように笑い返した。

《俺は今も、幸せだよ…志郎》



すぅっと眦から零れた一粒の涙を指先が掬う。

「泣いてるのか、拓磨」

落とされた低い声音が鼓膜を揺らし、瞼が震える。ぼんやりと開いた瞼の向こう側には淡い光を背にした猛の姿がある。

眦に触れた猛の指の感触に瞳を細めて口を開く。

「…泣いて…ない」

掠れた声は昨夜のせいか俺から離れて猛が水の入ったグラスを差し出してくる。
俺はグラスを受け取ろうとして、ベッドの上で身体を起こそうとした。
すると途端に腰に鈍い痛みが走る。

「…っ…ぅ」

「大丈夫か」

猛を受け入れた場所にも何だか違和感が残っていて、思わず猛を睨み付ける。
身体は綺麗になっているし、わざわざ下着とスウェットを履かせてくれたらしいことには感謝するが、身体のあちこちに残る異変がどうにも気恥ずかしかった。

胸のあたりがむずむずする。
そんな俺の内情を知ってか知らずか睨み付けた先で猛がふっと口許を緩めた。

「大丈夫そうだな」

「どこが…」

勝手に納得して呟いた猛に俺は文句を言いながら何とか身体を起こす。
差し出されたグラスを受け取って、からからになっていた喉を水で潤した。

先に起きていたのか猛は昨夜とは違うラフな格好をしていた。
スーツ姿じゃない猛に、俺はまだカーテンの開けられていない、淡い光に包まれた室内に今何時かとそわそわする心を持て余して訊く。

「もうすぐ十二時だ。昼になる」

「え…?」

時間を聞いて驚いた。
いつ自分が寝たのか定かじゃないが、昼までなんて寝過ぎじゃないか。
そもそもこんな時間になるまで目が覚めなかった自分に驚く。

呆然とする俺の手から空になったグラスを取り上げ、猛は言う。

「昼ならリビングに用意してある」

「…あぁ…うん、食べる」

昼だと言われてお腹が空腹感を思い出したように空く。ぎこちなく腰を庇いながらベッドから降りようとして床に足を下ろす。
そして、立ち上がろうとして鈍く腰に響いた痛みに足元がふらついた。

「あ…っ…」

それを予想していたのか、グラスを持ったままの猛に正面から抱き止められる。

「わ、悪い…」

「いや、…まだ立てるだけの余裕はあったか」

「……?」

ぼそりと呟いた猛を見上げれば温かみのある眼差しと視線がぶつかる。
ばちりと絡んだ目線に、急に胸が熱くなり顔に熱が集まり出す。
俺はふぃと猛から視線を外し、抱き止めてくれた猛の胸を片手で押し返す。

「大丈夫だから、離せ」

「……まぁいい」

あっさり離れた猛を訝しげに思いながらも、俺はあちこち違和感を残すだるい身体でリビングまで向かった。
先にさっさと行ってしまうかと思った猛は、何故か俺の後からついてくるように後ろを歩いていた。

リビングに入れば、バスケットに入ったサンドイッチとボウルに入ったサラダ。どこのピクニックだというようなメニューが並んでいた。

「これ…」

「突っ立ってないで座れ」

テーブルの前で足を止めた俺に猛が座るよう促す。
俺は椅子を引いて座り、向かい側に座った猛の顔を見た。

「なんだ?嫌いなものでもあったか」

「ないけど…誰が作ったんだ?」

「昨日と同じ奴だ。食え」

「…あぁ」

サンドイッチに手を伸ばし、口へと運ぶ。
食事中は会話も少なくもそもそと、食べることに集中して時折向けられる猛の視線を受け流していた。

食後は自分で烏龍茶を入れて、リビングのソファに深く身を預けた。

「……」

その隣でそれが自然なことのように座った猛が新聞を広げる。
ちらりとその様子を視界に入れて俺は話し掛けた。

「…猛」

紙面へと向けられていた目が俺へと移る。

「今日は出掛けないのか?」

俺に合わせてかずっと側にいる猛に、俺は起きてから疑問に思っていたことをぶつけてみた。
しかし、猛は逆に質問を質問で返してくる。

「出掛けたいのか?」

「違う。…仕事はないのか?」

スーツを着てない時点である程度予想はしていたが、やはり猛は今日は休みだと言う。

「なんで…」

今までにない猛の行動に俺は口を閉ざす。世間が平日だろうが休日だろうが関係無く仕事に出ていた猛が今日に限って休みだという。

黙り込んだ俺に猛は広げた新聞を脇に置き、甘い雰囲気も何もなくただひたすら戸惑うばかりの俺の頭を、くしゃりと右手で撫でてきた。

「今度は何が不安だ」

「……別に、そういうわけじゃ」

「なら、素直に嬉しい顔してろ」

「っ――」

「お前は隠してるつもりかも知れないが俺には無意味だ」

無意識を指摘されてぴくりと肩が震える。頭を撫でる手を払わない俺に猛は尚も囁く。

「何度も言うが俺の前で我慢をするな。無駄に取り繕うともするな。…どうせ暴く」

頭を撫でていた手が頬へと下りてきて、猛と視線を合わせられる。

「…随分と横暴だな」

「クッ…、だがそれがイイんだろうお前は」



唇に触れた熱は熱く、凍っていた心を溶かしていく。形無き想いは取り戻した感情の中で、名を付け小さな花を咲かせた。

一身に注がれる熱に、力強い腕に包まれ、凛とした眼差しが猛を見据える。偽りのないぬくもりに抱かれ、自らの意思で拓磨は手を伸ばした―。



愛情×猜疑心 end.

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