03
「で?俺は何すればいいわけ?バラされんの?」
感情の籠らない声で聞けば、目の前の男は足を組み替えてそうだな、と考える仕草をみせた。
「…俺が買う」
「あ゛?」
俺が買うってどういう意味だ?
意味を図りかねていた俺に男はニイッと口端を吊り上げた。
なんだかここへ来て一番嫌な予感がする。
「言葉通りだ。草壁 拓磨という人間を俺が買う」
「俺は物じゃねぇ」
「ほぅ、お前はその他大勢に買われて、可愛がられるのがいいのか?」
その他大勢って何だよ。
俺が疑問に思ったのが伝わったのか男は続ける。
「行き先は色々あるんだぜ。お前ぐらい顔がよけりゃそっちの趣味がある奴等に高く売れる。さて、どうする?」
この俺に買われるか、その他大勢に買われるか?
たしかに見知らぬ大多数よりは一人に買われた方がいくらかマシだろう。
だがその前に確認しておきたいことが一つあった。
「借金の額はいくらなんだ?」
「五千万だ」
五千万、これじゃ今から働いても返せない。覚悟を決めなきゃならねぇ。
俺は一つ息を吐き出し、目の前の男を見据えた。
「分かった。お前が買ってくれ」
俺の視線を受け止めた男は、賢い奴は好きだぜと言って口元を緩めた。
「お前には今日から俺の家に住んでもらう」
買われるってやっぱりそういう意味だよな。
「俺の今住んでるアパートと荷物はどうなる?」
「アパートは解約だな。荷物は後で運ばせる。唐澤」
「はい、そのように手配しておきます」
「他に聞きてぇことは?」
そう促す男に俺は今更ながらな質問をぶつけた。
「アンタの名前は?」
「氷堂 猛だ。アンタじゃなく猛って呼べ。いいな」
疑問系じゃない所がコイツには似合っているような気がした。それが許される人種って感じで。
もちろん異論の無かった俺は素直に頷いた。
「分かった。で、大体予想はつくけど猛の職業は?」
「一般で言うところのヤクザだ。氷堂組っていや分かるか?」
氷堂組、関東の極道界の中でも名の知れた組。裏の世界に足を突っ込んでない人間でもその名を聞いた事がない人間はいないだろう。それぐらい有名で俺もいくつか噂は聞いたことがある。
かくいう俺も別の意味じゃ有名だがコイツ等は知らないだろう。関東一帯を仕切る族、鴉の総長が俺だなんて。
実際知ってる奴は少ないし。群れる事を好まない俺はあまりチームに顔を出さない、出して精々二週間に一回ある集会の時だけだ。その間は副の奴が上手いこと回してる。
「ふぅん。大体分かった」
「そうか。唐澤、この後の予定は?」
「ありません」
猛は唐澤の言葉におうように頷き、立ち上がった。
「帰るぞ拓磨」
「ん…、おぅ」
ガチャ、と唐澤が扉を開け猛が堂々と足を踏み出す。
その後を俺がついていく。
ここを出るという事は必然的にもう一度事務所内を通るということで…。
「「「お疲れ様です、会長」」」
「おぅ」
事務所内にいた人間全員が猛に頭を垂れた。
そして、俺には訝しげな視線。
そういった視線に慣れているとはいえ、俺は早くここから出たかった。
しかし、前を行く猛が不意に足を止め振り返って俺の右腕を掴んだ。
「あぁ、そうだお前等。コイツは今日から俺のもんになった。面覚えておけ」
それにより更にジロジロ見られるはめになった。
「会長、この人はどこから拾って来たんですか?」
一番近くにいた、この事務所には不似合いな感じの優男がそう聞いてきた。
「コイツは借金の片で、俺が買った」
「へぇ」
優男は軽く目を見張って、何とも言えない声を出した。
何だコイツ等…?
事務所内にいた人間全員が優男と同じ様な反応をした。
そんな中、俺を所有物宣言した猛はそれだけ言うと周りの反応など気にも止めず、俺の右腕を引っ張り飄々とした態度で止まっていた足を動かし始めた。
これが氷堂 猛と俺、草壁 拓磨の出会いであった―。
借金×出会い end.
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