02
ビルに入り、エレベーターで三階へ上がる。
綺麗に清掃された廊下を歩き、突き当たりの扉を唐澤が開けた。
唐澤が中に足を踏み入れると部屋の中にいた奴等が一斉にこちらを向き、頭を垂れた。
「「お疲れさんです、唐澤幹部」」
「会長は奥の部屋でお待ちです」
「分かりました」
続いて入った俺には不躾な視線が方々からぶつけられた。
物凄く居心地が悪い。帰りてぇ。
それに嫌な予感がする。
事務所?内にはやはり人相の宜しくないのや、やたらガタイの良い男達がいた。
数名顔の良い奴等もいるが、俺の前を歩く唐澤って奴はその中じゃダントツで顔が良いかもしれない。クールな知的美形って感じで。
俺がどうでもいいことを考えている内に、奥の部屋というのに辿り着いた。
「お前達は外で待ってなさい」
「「は」」
俺も外で待っていたかった、がそうもいかないらしい。
唐澤がドアをノックし、俺を連れて来たと中に声をかければ男らしい低い声が入れ、と返ってきた。
「失礼します」
中には、唐澤の更に上をいく美形が机の向こう側、黒革の椅子に座っていた。
ソイツから放たれる威圧感は唐澤とは比にならないぐらいで、俺の本能がヤバイと告げていた。
ジロリと漆黒の瞳が一度俺に向けられ、外される。
「座れ」
そう言って机の前、向かい合うようにセットされたソファーに座るよう促された。
俺が座った後、男は椅子から立ち上がり俺の前のソファーに移動してくる。
唐澤はその男の側に控える形で下がった。
「お前、草壁 良治を知ってるか?」
「は?」
唐突な問い掛けに俺はつい間抜けな声を出してしまった。
「草壁 良治だ」
もう一度聞いてきた男に俺は一応、と返した。
草壁 良治。書類上の俺の保護者。だからといってアイツが俺に保護者らしいことをしてくれた事は一度もない。その点では俺も一度足りともアイツを保護者だと思ったことはないからお互い様だ。
俺の返事を聞いた男は唐澤から何か書類を受け取り続けてこう言った。
「草壁 良治に借金があったことは?」
「知らねぇ」
あの日以来一度も顔を会わせていないし、会いたいとも思わない。
「そうか」
「何で俺がそんな事聞かれなきゃならねぇんだよ。俺には関係ねぇだろ」
アイツの話は不愉快だしなにより俺は帰りたかった。
しかし…、
「そうもいかねぇな。草壁 良治がお前を借金の片に、って差し出してきた」
「なんだと!?」
俺は思わずソファーから立ち上がり拳を握り締めた。
「詳細を知りたいか?」
こうなった経緯を聞きたいか、と告げる男は長い足を組んで持っていた書類を捲る。
俺はそれに頷いて腰を落とした。
話は会社の経営不振から始まり、ギャンブルで終わる。
それはどこにでもある話だった。
「以上だ。分かったな」
バサリ、と書類がテーブルの上に投げ捨てられる。
アイツはあの日からまったく変わっちゃいねぇ、最低な奴だって事が分かった。
「それで何で俺が?」
「草壁の持つ全てを差し押さえても足りなかった。だから身体をバラすと言ってやった」
その時の光景が目に浮かぶようだ。
「それで俺が代わりに差し出された?」
そうだろ?アイツならそれぐらいやりそうだ。
そう考えれば考える程、嫌に頭がスッキリしてくる。
「そうだ」
短く返された返事にほら、やっぱりと心が凍る。
信じられるのはいつだって自分だけ。俺は誰も信じない。
「ふっ、ははは…」
俯き、肩を震わせる俺に二人の視線が突き刺さるのを感じた。
「何が可笑しい?」
「別に」
ピタリと笑うのを止めて顔を上げた俺を見て、男の眼差しが鋭さを増した。
きっと今の俺は酷い顔をしているんだろう。
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