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「きゃっ、ちょっと何するの!汚い手で触らないでよ!嫌、離してっ」

座っていた椅子から腕を掴まれて無理矢理立たせられた女は、自分を拘束する男達にありったけの罵詈雑言を投げながら抵抗する。
良治も椅子から立ち上がり、叫んだ。

「っ、娘に何をするつもりだ!」

「何を、とは…らしくないな」

女を拘束した男達は猛の無言の指示で、騒ぐ女を引き摺り倉庫の出入口に向かって歩き出す。

「待てっ!娘を何処へ連れていくつもりだ!」

その後を追うとした良治の背を眺め、猛は冷ややかな声音で言った。

「何を慌てる必要がある」

「何だとっ!」

振り向いた良治に猛は嘲笑するように口端を吊り上げ、冷然と言葉を口にする。

「お前をバラしてもそれ程金にはならねぇし、処分にも手間が掛かる。だが、女なら幾らでも使い道はある」

猛の台詞に愕然と、顔色を真っ青に染めた良治は震える唇を動かす。

「まさか…」

「娘一人で片が付くんだ。命をとられることもなく借金も返済できる。お前には安いものだろう?…拓磨を差し出して来た時と何ら条件も変わらない」

ただし、借金を返し終えた後あの女がどうなってるかまでは保証しねぇがな。

「――っ、警察に…」

遠ざかる女の甲高い声に、喉の奥から絞り出したような良治の声が重なる。

「行けるのなら行けばいい。先に人身売買紛いの事を持ちかけてきたのはお前だ」

苦し紛れに出てきた言葉に猛は鼻を鳴らし、路傍の小石を眺めるが如く酷く冷えた瞳を向けた。
更に、傍らで控えていた唐澤が追い討ちをかける。

「証拠もきちんとこちらに残っています。他にも、色々と警察に調べられて困るのは貴方の方でしょうね」

がくりと膝から崩れ落ち、項垂れた良治を一瞥し猛はもう用はないと歩き出す。
そして、良治に背を向けたまま猛は最後に一つ釘を刺した。

「草壁 良治。命が惜しければ今後二度と俺達の前に姿を見せるな」

「上総。後は貴方に任せます」

「分かった」

先に歩き出した猛に、唐澤は後処理を上総に頼んで後を追う。
猛の命令で引き摺られていった女は二度と陽の目を見ることはないだろう。

倉庫に残された上総は項垂れた良治を引き立たせ、予め用意しておいた数枚の書類にサインと拇印を捺させた。

後々面倒が起きないよう処理するのも手慣れたもので、上総は流れるように仕事をこなす。
この後まだ、上総は部下達が連れていった草壁の娘を放り込む店を選定しなければならなかった。
それでも、

「会長がこれだけで済ませてくれて良かった」

地獄絵図を見ずに済んで良かったと上総はほっと息を吐いた。








その夜、猛がマンションへと帰ってきたのは日付を少し越えたあたりだった。
夕飯を食べ終え、拓磨は寝てしまったと日向から連絡を受けたのは十時で、マンションへと着いた猛はそこで日向を帰していた。

着替えの為に寝室に入った猛は深い眠りに落ちているのか、目を覚まさない拓磨を横目に呟く。

「さすがに疲れたか」

負った怪我も軽傷とは言いがたい。

クローゼットを閉め、一旦寝室を後にしようとした猛は小さく空気を震わせた声に気付いて出て行こうとした足を止めた。

「…ぅ…っ」

ベッドの方を振り返れば、シーツに身を沈めていた拓磨が身動ぎ苦悶の表情を浮かべて、固定されていない左手で胸の辺りを掴んでいた。

「っ…は…っ…」

苦しそうに息を吐き出した拓磨の目は堅く閉ざされている。

「拓磨」

ベッドの直ぐ脇へ歩み寄った猛は苦しそうな表情を浮かべる拓磨に声を掛けながら、拓磨の首筋に右手を伸ばす。
肌に触れた指先を滑らせ脈を測った。

「…っ…だ…」

その間にもぎゅぅと胸元の服を掴む力が強くなり、拓磨の瞼が震える。

「脈は正常だな。夢でも見てるのか?」

首元から離した手で、胸元をきつく握る拓磨の手に触れればほんの少し掴む力が弱まった気がした。

「起きろ、拓磨」

肋骨に入った罅を固定する為に付けられた装具がずれないように、重ねた手を胸元から離す。
近くから声をかけても拓磨はよほど深い眠りに落ちているのか起きる気配はない。

「…やっ……っ」

それでいて苦しそうな表情は変わらない。
やがて堅く閉ざされた瞼からすぅと一筋、涙が零れた。

その様子に猛は拓磨の手を離すと立ち上がり、寝室を出る。
点いていたリビングの明かりを消し、寝室に戻ってくると拓磨の眦から零れた涙を指先で掬った。

「夢なんかに囚われるな」

そうして、拓磨の怪我に障らぬようにしてベッドへ上がった猛に、側に近付いたぬくもりに反応してか拓磨の方から身を寄せてきた。

「眠ってる時は素直だな」

抱けない代わりに髪を撫でてやれば苦しそうにしていた拓磨の表情がふっと和らぐ。

暫く拓磨の髪を撫でながら寝顔を眺めていた猛もやがて瞼を落とし、寝室は夜の静寂に包まれた。



知らず、傷ついた心と身体を包むぬくもりに拓磨は微睡む。
新たに生まれた形無き想いは何処へ行くのか。

淡くも灯った光が、未だ見ぬ先を仄かに照らしていた―。



残光×選ぶ道 end.

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