05
「っ…ぅ…アンタは…信用、出来ない」
ひっと嗚咽でひきつる喉を震わせ、俺はぼやける視界で猛を見返す。
けど、…俺は今、自分が一番信用出来ない。
マキにとどめを刺すことも出来ず、体も言うことを利かない。
こうして伝わるぬくもりに怯える一方でまた、心の何処かで安堵している自分もいる。
それは志郎に対する酷い裏切りのようで。
でも、それでも、また…
「俺は…っ」
人のぬくもりが…欲しかった。
無条件で与えられるものなど、志郎がくれた六年という長くて短い日々だけだと。それ以外はありはしないと知っているはずなのに。
一度手に入れてしまったぬくもりが…恋しい。
幼き頃に唐突に取り上げられた愛情と名のつくぬくもりに俺の心は飢えていたのだ。
そして、唯一それを与えてくれた志郎を失った時、俺の内にあった歯車が狂いだした。
愛情を求める心が殺意を生み、理性が邪魔な感情を殺した。
伸ばしても届かない手。
届かない声。叶わない想い。
全て、諦めることで己を守ってきた。
「もう…二度と…」
握り締めた上着に俯いた顔を押し付ける。
恐怖と切望に震えるこの声は今度こそ届くのだろうか…?
「二度と…壊れないものが欲しい。二度と、無くならない…、ずっと…」
ずっと、俺の側に…。
「それだけで満足か」
猛の胸元に顔を押し付け俯いた、包帯の巻かれた後頭部にそっと掌が置かれる。
俺はかけられた言葉の意味が分からなくて口を閉ざす。
「欲しいものは口にしろと言ったはずだ。叶う叶わないはお前が決めることじゃねぇ」
「………」
「一番の願いをお前はまだ言葉にしていない」
それは…。
俺にとっては酷く恐ろしい言葉。他の人間にとっては当たり前でありふれた言葉。
さらりと、後頭部に置かれた指が包帯を避けて髪を梳く。
「言え。俺が聞いてやる」
傲慢な口調で告げる癖に、何故か抱き締めてくる腕は優しく温かかった。
だから言ってしまった。
俺は猛に…、
「…もう一度、…愛されたい…」
偽りで隠し続けてきた本心を。
人を信用出来ないくせにそう望む自分が尚更滑稽でならなかった。
けれども、猛は俺の望みを聞いても笑いはしなかった。
ただゆっくりと、俺の髪に触れていた手が離れる。
腰に回されていた腕が解かれ、ふっと緩く弧を描いた唇が言った。
「それならお前は大人しくベッドに戻れ」
三角斤で吊られていない左腕を掴まれ、部屋の入口からベッドの傍らへと腕を引っ張られ連れて行かれる。
流されるままベッドに腰掛けた俺は戸惑いを隠せないまま猛を見上げた。
「傷を癒せと言ってるんだ」
「…それは…っ出来ない。俺はまだ…」
何もしていない。
何もしないまま猛の言うことを聞いて流されてしまえば楽だろう。でもそれは同時に、これまでの事を無駄にするということで。
俺はまだ志郎の仇をとっていない。
それだけはどんなに言葉を尽くされても、繕われても譲れない。許せない。
「まだ、終わってないんだ」
ふいに戻った瞳の輝き。その強さに、猛はその名を口に上らせた。
「…高遠 真木か」
「アンタらが身柄を拘束してるんだろう?」
マキをどうするかまだ決められてはいない。だが、俺がやらなければ。他でもない俺が。
しかし、大和から伝え聞いた情報を元に猛に問えば猛はその情報を否定した。
「高遠の身柄は既に俺の元にはない」
「なっ…んだと!じゃぁマキはどこに!」
大和が偽の情報を掴まされるとは思えない。大和が伝えてくる情報はいつだって正確で確実なものだ。
噛みついた俺に猛はクッと口端を吊り上げる。
「信用出来ないという割に相沢のことは随分信用してるんだな。…まぁいい。相沢には俺が嘘を吐かせた」
「っ…大和に、何の為に」
「お前を動かす為だ。半ば賭けにも等しかったが、そう教えれば相沢は悩みながらも頷いた。今も病室の外で待機してるはずだ」
「大和…」
こういう意味だったのか。
確かに大和は俺にマキの居所を教えた。けれどその時、大和は休めとも言っていた。俺が飛び出していくのは目に見えていたはずなのに。
「奴は中々に良い目を持っているな」
「っ、大和を巻き込むな」
「それはお前次第だ拓磨」
腕を掴んでいた手が離れ、頬に添えられる。
間近で絡む闇より深い色合いの瞳に俺は言葉を詰まらせた。
「…っ…なら、マキは今何処にいるんだ」
己のすべては猛に囚われた。
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