15
俺は今まで志郎の死を乗り越えたフリをしていたんだ―。
「――っ」
胸が絞めつけられる様な息苦しさに、視界が揺らぐ。じわりと溢れ出した透明な滴が音もなく頬を濡らしていった。
「ぁ…っ」
涙なんてあの日に枯れたと思っていたのに。なんで今更。
「ふっ…っ、くっ――」
込み上げてくる嗚咽を漏らすまいと唇を噛み締める。
俺はもう、どうしたら良いのか。
マキを殺せば全てが終わると、この行き場のない苦しみをどうにか出来ると、そう思っていた。
けど、違った。マキを殺した瞬間俺の胸に去来したものは微かな高揚に更なる苦しみ。後は、恐ろしい程の虚しさだけだった。
「は…、俺は…ど…すれ…ばっ…良かっ…」
何も考えられない。
今はただひたすら胸が苦しい。
誰か――、
「…っ……助けて」
感じているのは悲しみか?恐怖か?痛みか?
震える体を抱き締めて俺は一人、白い部屋で声を殺して泣いた。
「独りは…も…嫌だ…」
もう誰も俺から奪わないで。誰か、
「…側に…――」
徐々に視界は狭まり、意識は闇の中へと沈んでいく。
「――っ…ぁ…ぁ…」
ベッドの上で子供の様に体を丸め、自身の心を、体を守るようにして俺は瞼を落とした。
「泣いたのか」
涙で濡れた頬を拭う指先がここにある。
それは決して甘くは無いが、夢でも無い。
「唐澤、三輪に宿泊許可をとってこい」
「…泊まるのですか?」
唐澤はその言葉に驚き、つい聞き返してしまった。
「二度も言わせるな」
「申し訳ありません。ですが、警備なら上総が…」
「唐澤」
ジロリと振り返った漆黒のその瞳は、電気の消えた室内でも効果を発揮する。
「―っ、すみません。出過ぎた真似を。今すぐ手配して来ます」
唐澤は続くはずだった言葉を飲み込み、訂正すると足早に病室を出て行く。
猛は日向の元へは行かず実は病院内に留まっていた。ロビーの一角で、携帯電話を通じて色々と指示を飛ばしている時に上総から拓磨の様子がおかしいと報告を受けて足を向けたのだった。
深い眠りに落ちている拓磨は、涙の痕が残るその頬に触れてもピクリとも動かない。
「は、この俺がまさかガキに動かされるとはな」
本来なら拓磨と顔を会わすこともなかった。借金の回収など部下に任せておけば良かったが、あの草壁と言う男。こずるいことにばかり頭が回る。猛は手に負えないとの部下からの報告に偶々動いたに過ぎない。
そして行き掛り上で拓磨を拾い上げた。
「中々楽しませてくれる」
始めに抱いた興味という感情からある種の感情へと傾き始めた針に、猛は丸くなって眠る拓磨を見下ろしたまま口元に薄く笑みをはく。
「だが、……」
そして、一瞬後には底冷えしそうな程の鋭く深い眼差しに変わりに、低い声が眠る拓磨へと落とされた。
「これが最後の選択だ拓磨。高遠はまだ生かしてある、…俺を失望させるなよ」
どちらを選ぼうとも拓磨に逃げ道はない。
次に目が覚めた時、拓磨が選ぶモノは過去か未来か。
その夜、拓磨が夢を見ることはなかった―。
後藤×復讐者 end.
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