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そして事件として騒ぎにならなかった理由、それは…
「立場が悪かった。志郎はここらの不良達を束ねる鴉ってチームの総長だった。そんな奴ならどこで恨みを買ってるか分かったもんじゃねぇ」
数ある事件の中の一つ。人手を割くような事じゃない。サツはそう勝手に決めつけた。
「加えて騒ぎ立てる様な人間が志郎にはいなかった。志郎は施設育ちで親がいない。…今思えば志郎は家族ってのに憧れてたんだ」
懐かしむような遠い目をしたトワの隣で、冷たさを増した相貌で大和が更に言う。
「マキは志郎さんが亡くなった後すぐに鴉を抜け、姿を消した。いや、マキだけじゃない他の奴等も同じ様に皆抜けたから俺達は誰も不思議に思わなかった」
それで今回の騒ぎか。
スッと胸の前で腕を組み情報を整理する。
鴉という名のチームは耳にした事がある。たしか不良どもの頂点に立つチーム名で、ガキの間じゃ強い影響力を持つ。
「今の総長はお前か?」
唐澤から受けた報告と指示を飛ばしていた姿を思い浮かべ、大和に鋭い視線を向けた。
それに大和は首を横に振る。
「俺じゃない。今の鴉の総長は拓磨だ」
「…そうか。目的は」
日向がいたら確実に驚く情報を静かに飲み込み、思考を巡らす。
「マキを見つけ出すのに手足となる人間が欲しかったからだ」
そこまでして仇を取りたいと拓磨は思っていたのか。
拓磨の抱えている闇が少し見えた。
しかし、拓磨はこれまで俺の前でそんな素振りは一度だって見せたことがない。
拓磨は家庭事情が複雑な、どこにでもいる普通の男子大学生だ。
「犯人が分かっていながら拓磨さんは何故、自分で探さなかったのです?私達が見たところ、拓磨さんは普通に大学へ通っていたようですが」
唐澤が横から、気付いた疑問を二人に投げ掛ける。
「大学へ行く、それが志郎さんと拓磨の最期の約束だったからだ。高校へ行ってない拓磨は志郎さんに勉強を教わりながら大検を取得して大学へ入ったんだ」
「アイツ、拓磨の入学費やら学費は全部もう用意してたんだぜ。ほんっと志郎らしくて笑っちまうぜ」
故人を思って浮かべられた笑みは、どこか寂しさを滲ませる。
それきり口を閉じた四人の間には静かな静寂が残された。
良い意味でも悪い意味でも後藤 志郎という人間は拓磨に大きな影響を与えたことに違いはない。
だが、それも一年前までの話。
いつまでも過去に囚われていては先へは進めない。
それが分かっているからトワと大和は重い口を開いた。
トワは笑みを消し、俺を真っ直ぐ睨み据えて沈黙を破る。
「認めたくはねぇが今の拓磨にはアンタの声だけしか届かねぇようだ。…拓磨が大事だと思うなら、拓磨を助けてやってくれ―」
その時、カツカツと観葉植物の向こう側から上総が近付いて来るのが見えた。
呼びに来た上総に案内され、拓磨のいる個室へと移動する。
そこで三輪がカルテを片手に待っていた。
俺はベッドに近付き、真っ白い布団に沈む拓磨に視線を落とす。
穏やかな表情で閉じられた瞼、微かに上下する胸だけを見ればただ眠っているように見える。
それだけを見れば、だ。
しかし、それを否定する様に頭に巻かれた包帯、服の隙間から見え隠れするガーゼや治療の後、右腕を固定する三角斤が大きく現状を裏切っていた。
左腕からは細い管が伸び、吊るされた透明な袋からポタリポタリと一定して滴が落ちる。
「身体中痣だらけで、肋骨には罅。内臓が少しダメージを受けてます。それから、頭部を五針程縫いまして、以前治療を施した右腕の罅ですが、そこだけは綺麗に折れてます」
神経は無事ですので、肋骨の罅よりは早く治る筈です。
背後ですらすらと告げる三輪にそうかと返し、側にある椅子に座った。
「唐澤、今日の予定は」
「はい、全てキャンセルしておきます」
続きを口にしなくても、先を理解した唐澤はそれだけで頷く。
「日向の方はどうしますか?」
「俺が行くまで適当にやらせておけ。逃がすなよ」
はい、と頷いて唐澤が下がる。上総を見張りに立て、三輪は何かあったらすぐ呼んで下さいと言い残して通常業務に戻って行った。
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